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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第三章 薄亜麻色の地精霊
97/144

対極の彙類

こんにちは。

味醂です。


大変お待たせしました。

気が付けばエルフ 第97話公開です。

お楽しみください。

 対極の彙類(いるい)




 暗闇に染まる山の中。高い木の梢の上に、一人の少女が佇んでいた。

 一体そのような場所にどうやって立っているのか、仮にその姿を見る者があればそう思っただろう。

 冷たい山風に纏ったローブが揺らめくも、その少女の身体はなぜか揺れることは無く、まるで梢の一部となったかのように、そこから遥か下方を眺めていた。


 闇の中に怪しく光る、緋色の目を輝かせ、在りし日の思い出を、街と共に焼かれた想いを思い返していた。


帝国(くに)与した偽善者(ろくでなし)どもの血をもって、世界を闇に落としてやるかしら?」


 仕込みは上々の筈。

 その為に汚らわしい男の馬車に拾われるために、わざわざその出発を計って魅了した御者を魔物に襲わせて、哀れな襲撃に逢った小娘を演じたのだから。

 いちいちと嘗め回す様に身体を見ていたその汚らわしい商人には、いつか相応の対価を払ってもらう事にすると決め、なんとかその場で湧き上がる殺意を堪えてまで仕込みを行ったのだ。


 時期柄疼く下腹部に忌々しさを覚えながら、これだから地精霊の身体は、と心の中で悪態をついた。


 ――だったらさっさと出ていけばいいじゃない!


 何者かが声を荒げる。


「ええい五月蠅い、黙れ小娘。さっさと呑まれればいいものを、いつまで強情はるつもりかしら?」


 ――私は小娘なんて名前じゃない! 私はルーシアよ!


 いつまでたっても自我を失わないこの地精霊の娘は、隙あらばその身体を取り返そうと心を揺さぶりにかかっていた。

 エナジードレインで取り込んでやったはいいが、ラスティによって造られたエッセンスは何処までも強固で、いまだに己の中に取り込め切れていなかった。


 おまけにこの地は地母神の影響が強く、コフからこのかたサイダまで、一体何度ルーシアという娘が心のうちに声を響かせたのか数えきれないほどだった。


「この地に長く留まるは得策ではないかしら」


 真祖の吸血鬼としての自分と、高位地精霊としての小娘の心と身体。

 よもや真祖の身体を灰にされてしまうとは、考えても無かったのだ。

 力を取り戻すには、やはりイリスの娘が不可欠だろう。


 それにしても妹は何を考えているのだろうか?


 そんな事を思いつつ、心の内で騒ぐ声に抗いながら、少女は闇夜に溶けるように消え去った。



 ◇ ◇ ◇



「どれも素晴らしい品ですね」


「ほんとに綺麗ね。贈り物はどれにしたのかしら?」


 テーブルの上に並べられた装飾品を眺めつつ、私とリーリカは子爵家が用意したそれらを検分していた。


「この首飾りはタリスマンらしいのだ。結納の儀に護りのタリスマンは相応しいものではないかと思ってな」


「そうですね、見たこともない宝石だけど……これは何かしら? 不思議な色ね」


 まるでブラッドルビーのような輝きと、上等なサファイヤのような輝きを併せ持つその宝石は、見る角度により赤や紫や青と色をかえるのだった。


「まずはタリスマンから……だができれば全てを装備化して頂きたいのだが、大丈夫だろうか?」


「はい、この点数なら問題ありませんよ」


「流石はラスティの神子様、高い魔力をお持ちのようです」


 ハッカーが感心している間に、その作業はあっさりと終わった。


「なんという速さだ。通常であれば優に丸一日はかかるというのに」


「エリス様を他のエンチャンターと比べて頂いては困ります。私も呆れるほど無自覚にも規格外なのですから」


「いや、これは本当に失礼した。あとは姫が喜んでくれるといいのだが……」


 その様子に、うっかり見かけてしまった昨日の様子を思い出してしまう。

 入城したミリアちゃんと城館内を案内がてらに散歩して来いと発破をかけられたハッカーさんは、その通りにしたのだけど、その手を握りたいのに握れないという、なんとも微笑ましいほどの奥ゆかしさだったのだ。


「ヘタレですね」


 と、ぼそっとその時口にしたリーリカのジト目がなんだか妙に可愛くて、私はそれだけでもご飯二杯は行けそうな気分だった。


 そうそう、勿論姫というのはミリアちゃんのことで、ここのように地方の領主の子供は若様、姫様と呼ばれれていることが一般的で、グローリー家の旗が上がったその日には、ささやかな祝いの贈り物を持ってくる人達も多かった。


 流石に儀式前という事で、城館の前で対応にあたったその姿は、にこやかな領民に囲まれる次代の領主の良好な関係性の片鱗を示していたのだろう。

 その姿を屋敷の中からコッソリと窺っていたミリアちゃんに、私はこんなことを聞いてみたのだった。


「まさかこんなにも早く結婚を決めるなんて、ちょっと驚いたけれど、旦那様になる方を見てどう思う?」


「エリスお姉様。まだ旗が上がって半日と経たないのに、あんなにもお祝いに駆けつけてくれる領民が、人柄を表しているのでしょう。きっとミリアは大丈夫です」


 と、潤みを帯びた瞳は真っ直ぐに彼を捉えて、何かを想像している様だった。

 一つ残念なことと言えば――「もっと強引に手を取ってくださっても良かったのに」なんて……


 ほら、若様? しっかりミリアちゃんにバレてるじゃない。もう、ちゃんとして!?


 なんて状況に周りがやきもきしているなんて、当然ハッカーさんは知る由もないのだけど。


 私がそんな回想に浸っていると、リーリカが休憩を勧めてくれたのだった。


「エリス様、装備化でお疲れでしょう? リップルさん、お茶の準備をしていただけますか? 私は厨房で何かお茶菓子を分けて貰ってきますので。ハッカー様もミリア様をお誘いになってください。わかっているとは思いますが、御自分で迎えに行ってくださいますよね?」


 要約すれば、仲良くお茶する機会を作ってやるから、さっさと愛しの姫を迎えに行ってこい、この朴念仁が! である。

 無論それに反対する者もなく、リーリカと共に一旦退室するハッカーさん。

 手持ち無沙汰な私はお茶の準備を進めるリップルさんに、いい機会とこんなことを聞いてみた。


「あの、リップルさん、ちょっとだけいいですか?」


「ウフフ。何でございましょうエリス様」


「その、凄くプライベートな事を聞いてしまうようだけど、生まれた娘を……その、ち、父親に会わせたいとかっていう気持ちになったりしないんですか?」


 そんな質問に彼女は少し考える様子を見せて、でもきっぱりとこう言った。


「そのうち成人したらお役に立てさせたいとは思いますが、父親として会わせたいといような気持ちは全くありませんね」


「そうなんですか……」


「私たちアプサラスやノームのように、生まれる子供が必ず女性と決まっている種族の者にとって、父親とは発生のきっかけでしかないのです。酷い言いように感じるかも知れませんが、そういった都合の良さを武器に、私たちは種を絶やすことなく続いているのですよ。最近ではアプサラスは里を作り、そこで子供をもう産めない者と、産んだばかりの者達で、子供たちの世話をして、母親は二年程で再び新たな相手を探すために里を出ます。」


「つまり、男性を攫わないようになった代わりに、そのように変化した、ということでしょうか?」


「そうですね。時の流れと共に環境というものは常々変化するのです。それこそ水の流れの様に」


「その、妙な事を聞いてすみませんでした」


「大丈夫ですよ。エルフであるエリス様とアプサラスである私は、ある意味最も近く最も遠い者。一瞬を駆け抜けるアプサラスにエルフは悠久の時を漂いますから。私からしてみれば、長命の定めにある者たちの、その多すぎる別れに耐え続けるという事の方が、よく気が触れないと思う事もあるのです」


「私にはまだあまり、実感がないのですけれど――あるいはだからこそ、エルフは里を閉鎖的にするのかも知れません」


「……そうですね」


 いずれ訪れるその時を、どう受け止めるのか?

 ――その時が来るまでに、果たして私は何らかの答えを見つけることは出来るのだろうか?




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