二人の教師
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第96話公開です。
お楽しみください。
二人の教師
風格のある玄関の傍に停められた馬車は白塗りの特注車で、金の縁取りで飾られていた。
実はこの馬車を私は一度見たことがあり、それはリオンの王城でのことだった。
なにせこの特注車は、王国の認めた正当な婚姻を示すためのもので、嫁ぎ先へと移動する花嫁のために、王家が保有し必要のある時に貸出される特別架装の客車なのだから。
その為荷物を積むような造りにはなっておらず、大柄な躯体に分類される客車の内部は、そのシートを簡易の寝台に出来たりと、様々な工夫が凝らされていた。
もっともその技術を流用して、私の馬車が魔改造を受けたのは、今更説明するまでもないことだろう。
城館には既にノーザ王国旗とフレバー子爵家の紋章旗のほかに、真新しいグローリー男爵家の紋章旗が掲げられており、ミリアちゃんの入城を周囲へと報せていた。
白い馬車の横にはもう一台、通常の馬車――とはいっても貴族が使用する馬車なので、十分豪華な仕様なのだが……が停められており、大小様々なトランクが城館へ運び込まれていた。
馬を使って山百合へとやってきた使者は、そのまま乗ってきた馬を馬車に加えると、御者を買って出てくれたので、私とリーリカ、リップルさんの三人は客車に乗っていた。
そのまま促される様に馬車を降り、屋敷の中へと案内された私たちは、驚いたことにそのまま面会という顔合わせ中の本人たちの前に通されることになったのだ。
屋敷の玄関で出迎えてくれたのは正当なメイド長であるミント夫人付きの年配のメイドさんだった。
「お連れ致しました」
の一声で、私たちを中に導き入れて、その部屋で目にしたのは機嫌の良さそうな子爵と、滅茶苦茶もうこれでもかというほどに緊張して、やや顔を引き攣らせているハッカー子爵公子と、入室した私たちを目の前に、とても驚いているミリアちゃんとその専属メイドのライカさんだった。
「エリスお姉様! どうしてここへ」
思わず声を大にして、感情の赴くままに近寄り、抱き付いてきた彼女を優しく抱きとめると、僅か数か月の間に、もう一回り以上成長した、成長期真っ盛りの可憐な少女をその腕に感じることが出来た。
「ミリアちゃんにおめでとうを言わないといけないわね、でもその前に――」
場を乱してしまったことを謝らなければならないのだ。
「申し訳ありません、皆様のご歓談をお邪魔してしまいました。お呼びということで伺いましたが、いかなるご用向きなのでしょう?」
「エリス様、気になされることは無い。事前の相談もなしにこうして呼びつけたのは当家の不徳。だがその様子を見るに、是非とも儂の提案は受けて頂きたいのだよ」
「提案、ですか?」
「そう、エリス様には、是非ともハッカーとミリア嬢の結納の儀の後見人となって頂きたいのだ」
なんだってーーーーー!?
その場でよく、そう叫ばなかった自分を褒めてあげたい。いや、むしろ褒めなさい。
例にもれず思考の追い付かない時に起きる暴走思考を軽く自覚しながら、その『はい』か『イエス』しか選択肢のないその提案という名の命令に、従うほかはなかった。
「何もわからぬ私で、果たして務まるかどうか……お二人の祝福に、精一杯に努力はさせて頂きますが」
「なに、そこについては問題ない。省略されることも多い後見人だが、それは国王が多忙なため。ならば国王に並ぶエリス様が折角この地に逗留されているならば、他に務まる者は居ますまい」
「そう言う事でしたら――わかりました。謹んでお受けいたします」
その声に、子爵とハッカーさんは大いに喜び、勿論ミリアちゃんも「エリスお姉様に見届けて頂けるなんて、ミリアは幸せ者です!」なんて言ってたり、なんか何かと風当たりの強かったはずのライカさんまで、深々とその頭を下げていた。
その様子に、なんとなく思いついて、私はちょっとだけおせっかいをすることにした。
「お二人とも? わたくし、エリス・ラスティ・ブルーノートの名の後見のもと、行われる結納の儀なのです、だから――絶対に幸せになってくださいね?」
「「勿論です!!」」
そこまでの反応を正直期待していなかった私は、僅かに顔を紅潮させながら、ぴったり揃う二人の声に、いつの間にか笑顔になっていたのだと、後になってリーリカに教えられた。
「それでは結納の儀はこれより三日後。正午に行う事とする!」
顔合わせは子爵のその一言で、解散となったのだった。
◇ ◇ ◇
顔合わせの後、後見人が必要な知識などを教わるために、私達は子爵城館の一室で過ごすことになり、サイダの山百合の支配人さんの言う通りになった。
「ウフフ、エリス様はなかなか面白いお方ですね。ねぇ? リーリカ様」
「面白い、そうかもしれませんね。共に居るとどこまでも何事かが巻き起こる、そのめまぐるしい状況に呆れることもありますが、素晴らしい方なのは間違いないことです」
「そうですね。ところで、アクアには会えたのでしょうか?」
「えぇ、無事に会えたわ。シルカと違って形を持たないとは、思ってなかったから、びっくりしちゃったけど」
「アクア達は水鏡の精霊です。触れたものの心を映す、水鏡の」
「たしかにあのアクアもエリス様のお姿になっていましたね」
「そうよね、でもどうせなら服ぐらいは着ていてほしかったのだけど」
「まぁ? アクアはエリス様のお姿をお借りしたのですね。それはどうな様子でしたか? リーリカ様」
「エリス様そのもののように、気高く、美しく、そして、清廉でした。なにより、溢れ出る優しさもそのままに」
「――少し、エリス様を見くびっていたようですね。それは本当に、エリス様の心の美しさがあってこそなのですよ」
「リップルさんそれはどういうことですか?」
「アクア達が映すのは、その触れたものの、姿ではなく、心の姿の在り様です。心醜き者が触れれば、その醜き心に住む獣が姿を現し、その身をたちまちのうちに食べ尽くしてしまうでしょう」
「「…………冗談、ですよね?」」
「ウフフ、冗談なんかじゃありませんよ? アクア達は水があればどこにでもいることは、エルフであるエリス様には特に良く判ることでしょう。しかし、アクア達がなぜ泉でしか姿を現さないのかというのは、そのことに理由があるのですよ? 現に原則領主家しか立ち入ることの出来ないことになっているのは、そういうことです」
「随分、お詳しいのですね」
その恐ろしいことをさらっと口にするリップルさんに、思わずそんな事を聞いてしまった。
「ウフフ。わたくし、実は以前はこの子爵家でメイドをしていたのです」
「「えっ?」」
いきなり告げられる驚きの過去。
「ウフフ、やっぱりビックリしましたか? あ、でも別に何かやらかしてお屋敷を去ったとかじゃありませんのでご心配なく。子育ての為に暇を頂いたのです」
「「ええぇ!?」」
続けざまにさらりと口にされた内容に思考と感情を揺さぶられながら、とどめとばかりにリップルさんが告げたのは。
「もう十年近くも昔の話ですもの。わたくしがハッカー様の目覚めのお手伝いを務めさせていただいたのは。そのとき頂いたお情けで身籠った子もいまでは立派に育ちましたし、上手くお世継ぎが誕生するなら、もしかしたら娘がまたお仕えできるかもしれませんね」
「――――!?」
つまりは、えーっと。
いや、特に継続爵位の貴族の中でそういった夜の授業が行われるのは聞いていたけれど、目の前のリップルさんにハッカーさんは…………。
ダメダメダメ。これ以上は私の口からなんか言えません。
そんな私はきっと今頃真っ赤な顔をしていることだろう。
ちょっとリーリカ何かいってよ?
とばかりに彼女の方を見れば――
「まあ、子爵家にお仕えしていたというなら、それについては良くあることですね。私もミリア様のお目覚めのお手伝いを務めさせていただきましたし」
その言葉に私はとうとう、目を回してしまうのだった。
男女の別で、実践と座学の違いはあれど、確かにそういう教育は必要だとは思うけど、私にとっては些か刺激が強すぎて、どう受け止めて良いものか、分からなかったのだ。




