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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第三章 薄亜麻色の地精霊
95/144

水鏡の精霊

こんにちは。

味醂です。

気が付けばエルフ 第95話公開です。

 水鏡の精霊




 まるで深さを感じない、澄んだ空色の水底は、堆積した砂を絶えず巻き上げていて、それでも尚、少しも濁ることはなかった。

 足を踏み込めばそのまま歩けてしまいそうに見えるその池は、その実は見た目以上に水深があることを、池に沈む倒木だけが告げていた。


 まだ九時前後と言う朝のうちに入るだろう陽を受けて、水底で白く光る砂粒はいつまでも見ていられるような、そんな光景を作り出していた。


 決して大きくない、精々直径十メートルちょっとのその池からは、信じられないほど大量の水をサイダの湖へと絶えず注ぎ込んでいるのだそうだ。

 フレバー子爵に許可を取り、精霊や妖精たちが居そうな場所を尋ねたら、本来領主だけしか立ち入ることを許されないこの池、というか、泉を教えてくれたのだ。


「お願い、アクア達。その姿を見せて頂戴」


 静かに呼びかけ、祈るように静かに泉を見つめていると、不意に水面(みなも)が揺らめき、そして盛り上がった。

 もこもこと湧き上がるその水は、いつしか人に似た形をとると丁度十歳程度の人の子の大きさとなって安定した。


 その光景に見入りながらも安堵した私は、姿を現してくれた精霊に感謝を込めて、微笑みながら挨拶をする。


「アクア、姿を見せてくれてありがとう。私はエリス。少しお話を聞けないかしら?」


 その様子に泉のほぼ中央にいたその水の精霊は、首を傾げながらにゆっくりと滑るようにこちらへとやってきて、その揺らめく水の手をそっと差し伸べる。


 どうしたの? と言われているような様子に私は思いついて、ゆっくりと指先を精霊のその水の指に重ねたその瞬間。

 ザバーと音を立てて崩れた人型を取る水の中から、本当に人のカタチをした身体が現れたのだ。


 流れるような銀色の髪。美しく輝く金の瞳。

 すっきりとした輪郭に、飛び出るのは、長く尖った耳であり、柔らかに実る双丘も、しなやかな曲線を描くその脚もただ全裸となったその姿のソレは、どう考えても私の身体そのものだった。


「え、エリス様……!?」


 驚くリーリカ首を傾げるもう一人の私。

 そして彼女は何かを確認するかのように――


「あ……あ……う……わぁ?」


 と、試す様に声を発した。


「流石にこれは、驚いたわね。でもどうかしら? 話すことはできそうかしら?」


「こんにちは。えるふ。えりす?」


「そう、私の名前はエリス。お話が出来るようで嬉しいわ。彼女はリーリカよ」


「エりす。りーりカ。あなタたちはなゼここニ?」


「世界樹たちが、セカイの危機を訴えている。私は世界樹に導かれ、各地の異変を探っているの。何か変わったことはないかしら?」


「この地にセカイジュはナいけれド……よくナイものが来たのだト、ナカマのオオくが怯えてる」


 私の問いに答えるアクアはそう言って、私の姿を模したままその金の瞳を伏せた。


 それにしてもよくないものか。

 それはもしかして私たちが追う薄亜麻色の髪の地精霊なのだろうか?

 姿を現してくれたアクアにそのことを訪ねてはみたものの、彼女は首を振るだけでどうやらその正体までは掴めていないようだった。


「ねぇ、アクア。あなた達にしか行けないような、大地の力が溢れすぎてしまうような、そんなところはないかしら?」


 そんな問いかけに、アクアは少し首を傾げると、どこかを思いついたのか大きく頷いた。


「リーリカ、あれを出してくれる?」


「しかし、アクアの領域で上手く行くのでしょうか?」


「多分なんだけど、大丈夫だと思うの」


 謎の自信に満ちる私に納得したのかリーリカは持ってきた荷物から小鉢を一つ取り出して、私に手渡してくれた。


「アクア、少しお水を貰うわね」


 一応断りをいれてから、その鉢を泉の水に静かに沈めながら、祝福(ブレッシング)を世界樹に向けて使用した。

 淡く輝く光の中で、広葉樹に似た世界樹は、清らかな水の中にあって、その姿そのものを変えたのだ。


「上手くいったと思うけど。……うーん、なんだか水藻みたいね」


「みたい、というかそれ以外に見えないのですが」


 それぞれの感想を述べるわたしとリーリカをよそに、それを興味深そうに眺めていたアクアはといえば目を見開いて凝視していた。


「アクア、これを持って行ってどうかその場所に植えてほしいの。見ていた通りこれは世界樹よ? きっとその清らかな場所を守ってくれるはずだわ」



「うえれバ、いいのネ?」


 聞き返すアクアに頷いて、水草鉢と化した世界樹をアクアに託すと、アクアはそれを胸に抱き、再び水の人型となり泉へと姿を消した。


「行ってしまいましたね」


「うん。でもこれでこのあたり一帯の力の還流は、より安定化するはずよ」


「それにしてもアクアの言っていた者、注意しなければなりません。まだこの辺りに潜んでいる事だって充分考えられるのですから」


「そうね。子爵も警戒にあたってくれるという話だけど、私たちも出来ることをしておかなければいけないわね」


 私の言葉に強く頷くリーリカと共に、私たちは小舟へと引き返したのだった。




 ◇ ◇ ◇



 白昼の湖畔を見渡せるそのダイニングは夜にみるその場所と、与える雰囲気を大きく変えて、開放的な大きな窓の外、湖畔の街が一望できる。

 遠くには小島の様に見える岬に建つ子爵城館の姿も見えており、連なる山々と湖と、その古城はそのまま絵のモチーフにでもなりうるのではないかと思われるほどの良い展望だった。


 私とリーリカはダイニングで昼食をとっている最中で、ミーシャは部屋で惰眠を貪っているはずだ。

 ちなみに、今日のランチはといえば……野菜のスープと、湖で採れたばかりの白身魚のソテー。よく判らないけどなんだかモチモチとしたパンと新鮮なサラダだった。

 白身魚のソテーは刷り込まれた香辛料がほのかに香り、なんというか、清涼感強めの香辛料なのだけど、それと胡椒がよく身の甘みを引き立てて、あっという間に食べ終わってしまったほどだ。


 そんな様子をみていたリーリカは「エリス様は魚料理のほうがお好みなのですか?」なんてことを聞いていたけれど……どうだろう? お肉中心の料理も好きだし、特別魚料理が好きといった傾向は無かったと思うんだけどなぁ。


 サラダもさっぱりとしたドレッシングであっという間に食べてしまったし、このサイダやエルフの里だったファージでは、その食欲が強まっているようにも感じるのだった。


 デザートの果物を食べ終わるのを見計らうように、リーリカはこんなことを言っていたのだ。


「エリス様。猫の事ですが――」


「なに? ミーシャがどうかした?」


「あの者は、シリウスか生まれの里に帰したほうが良いと思うのですが……」


「突然どうしたの、リーリカ? 何かまた喧嘩でもしたとか?」


「いえ、そういう事ではなく、多分あの――――」


 そこまでリーリカが言いかけたとき、突然窓の外でなにか乾いた炸裂音が鳴り響いたのだ。


 なにこれ、これってもしかして銃器の音!?


「リーリカ!」


「はい!」


 私の掛け声にいち早く反応したリーリカは、即座に窓に張り付いて周囲を窺い、私も何か異変はないかと同じように窓に張り付いた。


 微かに風に乗り漂う火薬の匂い。

 間違いない、これは火薬による炸裂音だ。

 そう確信していると


「おやおや、ついに念願の姫君が、御到着されたようですな」


 と、随分と落ち着いた様子で気配もさせずに背後から声を掛けてきたのは、ここサイダの山百合の支配人さんだった。

 どことなくシリウスの山百合の支配人さんに似ていると思ったそのサイダの山百合の支配人さんは、聞けばなんと兄弟なのだそうだ。


「お嬢様方、御心配には及びません。もうじき二発の応答が御座います。ほら、子爵城館のあたりを御覧ください」


 言われるままに子爵城館を見ていると、尖塔の一つから()()()()煙が上がったと思うと間もなく、パン。パン。と二発の発砲音が聞こえてくるのだった。

 もっとも周囲の山々にこだまして聞こえるそれは正味六発ほどに聞こえたのだけど。


「ほんとだ」


「ですね」


「あれは輿入れされる姫君の到着と、それを出迎えるための合図。いやはや久しぶりに聞きますな。いっときはこの領ももうおしまいかと、やきもきしていたものですが、こうして再び聞くことが出来、私としても安心でございます」


 支配人のその言葉は、つまりは子爵婦人のミントさんが来たときも、支配人さんはその音を聞いたという事なのだろう。


「さて、急ぎ食後の紅茶をもたせましょう。お嬢様方は席にお戻りください。遠からず城館から迎えの者が参りますよ?そうそう、ミーシャお嬢様はお休み中でしたな。供としてリップルをお連れ戴いて結構です。おそらくしばらくは、子爵城館へお泊りになることになるでしょう。」


「えっ?」


 戸惑う私を置いて、支配人さんはにこやかにダイニングを後にして、その真意を聞くことは出来なかった。


「リーリカ、今のって?」


 そう問いかけるも、リーリカは


「さぁ?」


 と首をひねるのみで、期待する答えを聞くことは出来なかったのだった。


 そして支配人さんの()()通りに現れた使者によって、至急城館への登城を要請されて、私とリーリカが山百合のロビーに現れたときには、既に馬車が用意されており、リップルさんも馬車の傍らで待機してくれていたのであった。


 なんだかもう、色々な手際が良すぎるんじゃないの?

 ともあれ。そうして私とリーリカとリップルさんを乗せた馬車は、子爵城館へと出発したのだった。


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