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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第三章 薄亜麻色の地精霊
91/144

無自覚な王族

こんにちは。

味醂です。

なんとか間に合いました、本日二話目。

気が付けばエルフ 第91話公開です。

お楽しみください。

無自覚な王族



身じろぐ気配に目を覚まし、瞼を開ければ、胸元に寄せられた彼女の寝顔がまず真っ先に目に入る。

その温もりと、静かな寝息を擁きながら、私は目覚めの喜びを噛みしめるのだ。

綺麗に生え揃った睫毛は長く、その奥に今は眠る金色の瞳が私にどれほどの救いをもたらしただろうか?


――これまで。

私の中で目覚めとは、闇の中からぬるりと零れ落ちるような、得も言われぬ不安と絶望にも似た感情を(いだ)くものだった。


そして覚醒した意識のなかで、最初に感じるもの――それは闇。

神ならざる者であったはずのその者が、いかなる経験を以てして、その心を闇に染めたのか、到底想像の及ばない苦悩という名の時の河のはるか彼方にそれはあったのだろう。


そして、ようやく闇から這い出た私が見たものは――人という皮を被った悪意による洗礼だった。

その多くは闇に還すことで振り払いはしたものの、私の両手にべったりと染み付いた返り血は、例え悪魔の如き者であっても、その色はどこまでも赤かった。


無垢なる白銀、強き意志持つ黄金の双眸をもつこの妖精が手を差し伸べてくれるまで。


――美しい。


もっとも最初に抱いたその感想は、その整った外見ではなく、その心の在り方そのものに感じたものだ。

静かな森の中で射し込む柔らかな陽光の様に、優しく暖かく私を照らすその輝きに、黒く凍てついた心はゆっくりと溶け落ちて、いつしか白銀で満たされる様になっていた。


いつか還る定めにあって、その定めは平等ではない。

目の前に伸びるこの長い耳が、今は少し疎ましく思えるのだった。


――食べてしまおうかしら?


舌先になぞられるその鋭角の輪郭は、ピクンと小さくぶれて、頬にほのかな朱を差した。




◇ ◇ ◇



ハルシュタットという街がある。

ベネチアの北東約450キロ。アドリア海の北、オーストリアのほぼ中央にある山々に囲まれた湖畔の街だ。

世界で最も美しい湖畔の街として名を馳せるその街は、世界遺産としても有名で、かつての私がいつか行ってみたかった街のひとつだった。


ガイドブックや観光ページを眺めるたびに、決まってまず飛び込んでくる山々を背にした湖面に映る街並みは、どこかの模倣大国が街一つ、まるごと模倣して物議を醸したほどに、魅力あふれるその景観は今でも私の記憶の中にしっかりと残っている。


そして今私の前に広がるのもまた、その幻想的なまでの美しさを誇る湖畔の街、サイダの街だった。

早朝の湖畔は爽やかな風が吹き、私の長い髪をその手に絡め取り、吹き抜けていく。

なんだか挨拶されてるようで、吹かれるままに身を任せ、静かに目を閉じればどこからともなく小さな笑い声が聞こえてくるのだった。

そして傍らからハッキリと聞こえてくる笑い声もまた、褪せることなくと私の記憶の中で微笑み続けることだろう。


湖面を跳ねる何かを指さし、浮かぶ水鳥にはしゃぎながら、二人で過ごす平和な朝がゆっくりと流れていた。



「そろそろお腹すいたわね。山百合にもどろっか?」


「そうですね、大分陽も昇りましたし」


そう言って山百合へと引き返す頃には、街の家や店の前には掃除をしたり、共同井戸で水を汲みだす人々がちらほらと見受けられ、告げる6時の鐘の音が響き渡るなか、ゆっくりと始まる街の一日の光景を焼き付けながら、高台へと続く階段(ちかみち)を足取りもかるく上がっていた。


――昔はただ階段を上がるのも、楽しかったっけ。


いつしか楽しく無くなってしまったそれは、どこにでもある感動を、日常に麻痺した心が受け止めきれなくなっていたという事を、今更ながらに気が付いた私は、いかに無為な時間を怠惰に過ごしてしまったのだろうと、在りし日の自分に言ってやりたい気分だった。


平坦に押し込められた感情は、見つける力を鈍らせて、いつの間にか――どこにでもある感動を、発見することなく拾い損ねていたのだろう。


昔外国人に対して行った街頭インタビューで、感情を押し込める日本人が気持ち悪いという事を、ほんのちょっとだけその感覚がどういうものから来た言葉だったのか、分かったような気がする。


こうして自分の周囲を見るだけで、歩く人々によって穿たれた石積みの階段も、剥がれ落ちた壁の塗料も、目に飛び込んでくるあらゆる景色に潜んだ何かを、見つけることの喜びは、まるで世界を彩る色の数が、増えたような感じがしたのだった。


道を挟んで続く階段の下で、いきなりリーリカに抱き付いた私は、笑いながら階段を駆け上がり、それを慌てて追いかけるリーリカに、同じ世界が映るようささやかな願いを込めるのだった。



◇ ◇ ◇



湖に浮かぶ島に橋を架けるように、その道は真っ直ぐに続いていた。

真っ直ぐ続く道の先に見えるのは、フレバー子爵城館となっている城で、その歴史を表すかのように大きく育った周囲の木々が古城の風格を演出しているかのようだった。


ゆっくりと進む馬車の中、私はリーリカにふとこんなことを訪ねてみた。


「フレバー子爵ってどんな方かしらね?」


「存じ上げません――と、言いたいところですが、何度かグローリー男爵家を訪れたことがありますね」


「え? でも、子爵家といったら、継承爵位の上級貴族よね?」


「そうです。一代位ではない、生粋の貴族ですね。公爵、侯爵、伯爵、子爵の四爵位は領地を持ちますので」


私は正直こういった世事に疎い。

疎いというか、縁のない生活を送ってきたために、いまひとつ実感がないのだ。


「挙げた順番通りなら、その中でも一番下という事なの?」


「それは少々難しいところです。公爵、侯爵、は国の王家に連なる爵位ですが、フレバー子爵家は西の大陸の王家に連なる外戚で、縁あってこの国に起された際に、その慣習に則って子爵が与えられた事実上は公爵、侯爵に匹敵する影響力を持つ家柄ですから」


「うーん?」


「たとえば、親交のある他の国の第三王女が嫁いできたとして、新たに家を興されれば、それは子爵家を与えられることになるのです。そういった事情から、実際には公爵、侯爵家に続き、伯爵家などより、子爵家のほうがはるかに高い王位継承権を持つことが多いのは、多くの者が知るところですね」


「つまりは国賓クラスで対応されるべき相手が、何らかの事情で異動してきたときに、興される家柄なのね」


「その認識で大体あってます」


とはいったものの、やっぱり私はいまひとつ実感もわかないわけで――


「人柄はどうかしら?」


「私はただの男爵家に仕えるメイドでしたから」


「そ、それもそうよね」


「ですが、良政を行う評判の良い方ですよ。子爵婦人はグローリー男爵家の饗宴にいらしていました」


「えっ? そうだったの?」


「はい。真っ先にミリア様をご紹介されておりましたので、覚えております。」


そう言えば、既に記憶の隅っこに行ってしまったあの饗宴が始まった時、確か男爵とミリアちゃんは一際豪華なドレスを着た人と一緒にいたような気が……しないでもない。


朧気なのは、それ以上に自分に余裕が無かったためで、緊張であまり周囲を見ている暇が無かったからだ。


「なんだか心配になってきたわ」


「ダーハラ伯爵とも普通に接していたではありませんか」


「それは、そうなんだけど。あの人はなんというか、凄い気さくというか……」


「仕方ないですね、それではエリス様の緊張が少しほぐれるおまじないを教えましょう」


一体どんなおまじないを教えてくれるのだろう?

おまじない。という響きに興味を引かれ、在りし日の光景が思い出される。

好きな人や気になる人の名前をノートいっぱいに書いたり、触れた部分を触らずに、三日後にもう一度その部分で触れたら願いが叶うだとか、なんだかそんないかにも胡散臭いようなものばかり、脳裏に浮かんではいるのだけど。


「エリス様のその服に付けられている紋章を見てください」


「え?」


あまりに予想と違うその言葉に、思わず目を丸くした。


「その紋章をもとに、ノーザ国内でエリス様の紋章が新たに設定されたことはご存知ですね?」


「あ、うん」


普段は掲げられることのない、その紋章を、実は掲げられている場所があるのだ。

聖地ラスティ。

街を通り越し、村から都市としての格へ引き上げられたその村は、村人あげて世界樹の世話をしてくれているはずだ。

それにしても、それがおまじないとなんの関係があるのだろう?


「その紋章の、一番上の部分――屋根を表すその意匠の上に突き出た塔は、それが王城であることを示すのです。そしてあの城館に掲げられる二本の紋章旗には、両方ともそれがあるのがおわかりですか?」


「たしかに、同じね」


言われてみれば、確かにノーザ王家の紋章を囲うように変化させた王国の紋章にも、フレバー子爵家の紋章にも、どちらもそれが見てとれる。


「その王城の意匠は、正当な王家に連なることを意味します。お忘れですか? リオンの王城で、国王がエリス様をどのようにお迎えしたのかを?」


――偉大なる女神ラスティの神子たる蒼き魂を持つハイエルフの王女よ。


「あ……」


「やっと気が付かれたようですね? エリス様。そうです、エリス様は一国の王女、または女王として遇されているのです。それに聖地ラスティは、既にエリス様の領地(・・・・・・・)なのですよ? 内部的には国外王家の特別子爵遇ということです」


――なん……ですって……!?


「ごめん、リーリカ。やっぱり私、話の規模についていけてないかも」


思いもよらないその話に、眩暈を感じ、もっと早くに説明しなさいよと、当の本人をほったらかして色々と取り巻く状況が変わっていることに、私はぐうの音もでないのだった。




こんにちは。

味醂です。

気が付けばエルフ 第91話をお読みいただきありがとうございます。

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