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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第三章 薄亜麻色の地精霊
90/144

春宵一刻

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第90話公開です。

お楽しみください。

 春宵一刻(しゅんしょういっこく)



 外の景色を歪ませることなく、部屋の一面に一際大きくはめ込まれているその硝子の窓は、こちらの世界でみた中で最大級の継ぎ目のない、一枚の板硝子だった。

 波打つように景色の歪む、或いは気泡すら入っていることすら当然の、この世界の硝子事情に鑑みれば、それがいかなる技術と拘りを以て作られたかというのが窺える。


 恐らく天井知らずであろうその硝子の向こう、夕日に染まる湖面と背後に聳える山々が影となり、無限の色調に変化するその空が、コントラストをより一層際立たせていた。


 案内されたままの状態で、その景色に息を飲む私たちに微笑みを投げかけるのは、水の精霊ウンディーネに連なるとされる亜人、アプサラスである美しい女性だった。


 水の如き流れる錆浅葱(さびあさぎ)長髪(ながかみ)は、受ける光によってクロームのようにその色を変え、銀の輝きと白群(びゃくぐん)の輝きを併せ持つ。


 静かに光る瑠璃色の虹彩が、その神秘的な雰囲気にさらに拍車をかけていた。



「お気に召して頂けたでしょうか?」


 鈴を転がしたようなその声に、現実に戻ってきた私といえば


「――ええ、とても」


 と一言返事するのが精一杯なのだった。



 精霊に連なる亜人多しといえど、その容姿の端麗さを比べれば間違いなく五指に入るだろうその女性(ひと)はこの特別室付きの給仕であるリップルさんだ。



「素晴らしいお部屋ですね、エリスお嬢様」


「ほんとにそうよね素敵だわ」


「こんな大きな窓初めて見たニャ」


「当亭自慢の一つでございます」


「この厚みにしてこの透明度――これだけで家が一軒建ちそうです」


 褒め湛えるわたしたちの言葉をにこやかに聞きながら、さすがにリーリカの言う家が一軒建ちそうなその額を聞くほど野暮ではないものの、それは間違いなく真なのだろう。


「それではお嬢様方は暫くお寛ぎください。ミーシャお嬢様のお部屋はこちらですよ」


「わかったニャ」


 副寝室に案内されるミーシャを見送り、私とリーリカは窓際のソファーに座り、暮れゆく夕日に染まるその景色を暫く楽しんだ。


「それで、エリス様? 領主城館へはご挨拶に伺いますか?」


「そうね、一応情報も共有したいところだし、ご挨拶はしておいたほうが良いと思うのだけど」


「それでは先触れを出して頂くように手配しましょう。山百合であればすぐに対応してくれるでしょう」


「それにしても、リップルさんって素敵ね。アプラサスって話だけど、初めて見たわ」


「わたくしも目にするのは初めてです。エルフ以上に数が少ないとの事ですので、滅多に見ることは無いのも仕方のない所ですが……」


「うん? どうしたの? リーリカ。なんだか歯切れの悪い言い方をして」


「いえ、些細な事なのですが――アプラサスもまた、女性しかいない種族なのです」


「でも、それは確かノームも同じだったわよね?」


「えぇ。ですが、アプラサスはその、子種の確保にちょっと変わった方法を、昔は取っていたそうで。いえ、勿論今はそんなことは無いとは思うのですが……」


「変わった方法?」


「非常に言いにくいのですが、ノームはいわば押しかけ妻です。コフでもお話しましたが、夏の終わりになるとその、子種と冬の居場所を求めて男性を探し、無事に子供が生まれれば、大体次の夏前には子供を連れて去っていきます。」


 なんだか、改めて聞くと色々と凄い話だった。

 思わず顔が赤面してしまいそうになるものの、そうしなければ彼女たちの種は絶えてしまう。

 そう考えれば至極当然の行為であり、実際に彼女たちの多くもそのような生き方を当たり前と受け入れていた。


「アプラサスの場合は何かが違うって事?」


「そうです、彼女たちは――種馬(、、)を自分たちの()に連れ帰り、そこで定期的に出産を繰り返します」


「――えっと? いや、その選ばれた相手だって帰ってしまったりするのでしょう?」


「いえ、アプラサスの巣というのは、水中の洞窟の中などにあるらしいのです。そしてそこに魅了した男性を連れ込んで、その……絞りつくすのだそうです」


 ――あ、リーリカが言わんとすることは、私は理解してしまった。

 自力では帰れないような()に連れて行き、つまりは魅了して誘拐して……うわぁ…………。


「ウフフ、よくご存じでいらっしゃいますね? リーリカお嬢様」


 うわっと!? びっくりしたなぁもぉ。

 いきなりのリップルさんの会話への乱入に、色々な意味でドギマギしてしまった私だけど、なんとか平静を装ってこんなことを聞いてみた。


「あの、だとしても、今はそんな事ないんですよね?」


「ふふ、そうですねぇ――――いや、多分無いとは、言いきれないと思いますよ?」


「「えっ!?」」


「そのような方法をとるアプラサスが減ったのは事実です。ですが、そういった欲求は間違いなく原初の心のうちにあるのです。それは私とて、見初めた男性を永遠の夢のなかへと誘いたい――そういう衝動は、あるのですよ」


 驚く私たちに対して、そんな事を語るリップルさんの目は何処か淫靡な輝きを見せ――或いは魅せて、白昼夢の中を泳ぐような面持ちで、虚空を見つめていた。


「でも、リップルさんはしていないのですよね? あ、いや……なんか、すごく個人的な事を聞いてしまっているようで申し訳ないのですけど」


「大丈夫ですよ、エリスお嬢様。そこまで気を遣って頂かなくても。確かにしなくなった者は多いですが、そこまで衝動的な魅力を伴う行為なのです、実際にそれを行う者がいたとして、私は不思議に思いませんし、その者を責める気にもならないのですよ」


 その答えは――つまりそれは、彼女が自分の性を受容れているという事であり、理解を示しているという事になる。


「現在は、見初めた相手と普通に結婚をする者が多いです。しかし生まれてくる子供は必ずアプラサスなのです。そのことを許容してくれる殿方限定、という条件付きですね。それに――――」


「――それに?」


「その、エリス様やリーリカ様の前で、このような下世話なお話をするのもどうかと思うのですが……」


「わたくしは平気ですよ?」


「その、私も大丈夫です、良ければ聞かせてください」


「うふふ。では、そうですね、ありていに言って、私たちとのその行為は、人間同士のソレと比べ物にならないほどに、良いらしいのです」


 思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになりながら、せき込む私をリーリカが慌てて介抱してくれる。

 ああ、なんというかその、それがどういう事かなんて、私の口からわざわざ説明なんか、できないんだからね?


「あらあら、やっぱり少々刺激が強すぎたようですね。でも、私たちの寿命は、精霊達に連なるとされる他の種族に比べ極端に、いいえ。人間と比べても、短いのですよ。およそ40年から60年でその寿命を迎え、母なる水に還ります」


 リップルさんの告げる、そのあまりに短い寿命に私は衝撃を受けた。

 リーリカもそれは知らなかったようで、驚いている様だった。

 そんな二人を気にしない様子でリップルさんはさらに語る。


「私たちアプラサスが子供を生めるようになるまでは、およそ18年から20年が必要なのです。更に子供が産めるのは、精々そこから10年程度。その短い春を情熱的に生きたいと思うのは、傲慢だと感じますか?」


 正直何か硬いもので、ガツンと頭を殴られたような、そんな錯覚すらした。

 私が人であったとき、その兆候があったのは確か13歳くらいの時だった。

 それが早いか遅いかは別にして、個人差もあるものの、そこから出産可能なのは30年ちょっと位だろう。

 実際的にリスクを抑えて考えるならば、更にその期間は短くなり、その確率もまた加速度的に低くなっていくのだと、何かの本で読んだことがあった気がする。


 エルフとなった私には、おそらくその期間は跳ね上がり、焦りと縁遠い所にまで来てしまったわけだけど、以前の感覚を信じるのなら、やはり10年という期間はあまりにも短いと、私は感じたのだった。


「そ、そんなことは、ありません。」


 そう言おうと、私が口を開く前、先にそれを言ったのは、なんとリーリカだった。


「愛する人の子供を産みたいと思うのは、当然の欲求です――たとえ、それが叶わぬことと、分かっていても、です」


 その言葉が、一体どこに向けられて発せられたものなのか、私やリップルさんには、おそらく分からない事なのだろう。

 その時のリーリカの、苦悩と苦悶の狭間に揺れる、どこまでもつらそうな表情が、私の脳裏から消えることはなかったのだ。



こんにちは。

味醂です。


それではまた次回 気が付けばエルフ第91話でお会いしましょう。

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