長き夜は斯く終わり
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第83話 公開です。
お楽しみください。
長き夜は斯く終わり
上も下もわからないような奔流の中で、私はその流れに逆らうことなく流れていた。
身体から力を抜いて、頭の中をからっぽに。
微かに感じる拍動だけが、自分を自分として認識できる唯一のもの。
古き大樹――世界樹。
星に根を張るその大木は、溢れるエネルギーを吸い上げて、ゆっくりと結晶に落としこんでゆく。
明るくもなく、暗くもなく、暑くも無ければ、寒くもない。
その長い時の中で数人のハイエルフを産み出したその胎内は、どこか懐かしく、それでいて、僅かな不安を感じさせる。
その胎内を漂い流れるうちに、やがて大きくなってゆく異なる拍動。
そのリズムに次第に自分の内の拍動が同調すると――
世界は光に包まれた。
「こんにちは、母なる樹。そして初めまして、この地の世界樹」
「おかえりなさい、ハイエルフ。我が子にして親である、ラスティの子」
「私はエリス。若木によって導かれ、あなたのもとにやってきました」
「ならばしかと聞くのです。大地より溢れしし力、エッセンス。その力が急速に失われています」
「それは世界樹の力が弱まっているという事ですか?」
「そうではありません。ふたたび地に還り、或いはラスティの子の依り代となるエッセンスは、セカイを巡りながらラスティへと還るのです」
「ではその流れが滞っているのでしょうか?」
「流れが滞っている訳ではありません。何者かが吸い上げているとしか。しかしそれを知るすべを私たちは持ちません。ハイエルフの子よ、各地を巡るのです。今何が起ころうとしているのか、その目で確かめるのです。そして……」
「「――――――」」
急激に感覚の戻った身体に戸惑いながら、私は静かに目を開けた。
眼前を覆いつくす壁の如く広がる世界樹の幹は、一体幾年の月日をもって成長したのだろうか?
またも半端に終わった世界樹との語らいに、何者かの思惑を感じつつも弱まる還流について自分なりに考えを整理する。
エッセンスの精製器である世界樹。それはフィルターであり、拡散器だ。
この世界樹は霊峰の荒ぶる力を緩和させるために生まれたらしく、世界に広がる世界樹は、そうしたエネルギーの爆発から世界を守りながら、エネルギーを濾し採っているといえばわかりやすいのだろうか?
そして世界が予想を超えて荒れたとき、ラスティによる顕現が行われ、曰く精霊に連なる種族の特徴を強くもった者が生まれるのだ。
私が譲り受けた本によれば、そうして生を受けたハイエルフについての伝承も書かれていた。
そしてハイエルフだという私と、あまりに違うその誕生に、私はピースの足りないパズルを組むような、そんなとりとめもないような理由を少しずつ、明かしながらに旅を続けなければいけないのだろう。
「エリス様、大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと考え事をしていただけだから。ありがとう、リーリカ」
「いえ、それならばいいのですが――」
何かを言い淀み、俯いてしまうリーリカ。
そんな彼女の気を紛らわすために、私は考えていたことを実行することにした。
「用意してきたアレを持ってきてもらえるかしら?」
「はい」
「ウィリアさんもちょっと来て頂いていいですか?」
呼びかける声に、リーリカは手に何かをもって、ウィリアさんはとても目が見えないとは思えないほど、不自由なく歩いてくる。
「これから少しだけ、世界樹を傷つけます」
「えっ!?」
私の突然の宣言に、驚きを隠せないウィリアさん。
リーリカに至っては、既に何をしようとしているのか、なんとなく見当がついている様子で、その手にもっていたものを、静かに足元に置いた。
「すみません、少し説明が足りませんでした。傷つける、というのは少しばかり行き過ぎた表現なのですけど、見ていてもらえばわかります」
そう言って私は壁のような幹にそっと手をついて、静かに祈りを捧げた。
柔らかく光る手の下からパキパキと音を立て生える一本の若枝を、私は懐から取り出したナイフで切り取ると、地面に置かれた鉢に刺した。
その鉢を両手で持ち、更に祝福を掛けると、その若木はすぐに鉢いっぱいに枝を拡げる小さな小さな世界樹となったのだ。
「それは!?」
「はい、世界樹の盆栽です。大地の還流が弱くなっているらしいので、乱れた場所に植えてみようかとおもいまして。小枝のままでもしばらくは枯れないでしょうが、こうしておけばすぐに植えることが出来ますから」
「そんな事が……。もしや、新しく生まれた世界樹もそのように植えたのでしょうか?」
「いえ、違うんです。堕とされた土地神の穢れの果てに、ユグドラシルの種。つまり世界樹の種がありました。私がその種を持った途端に、種が発芽したのです」
「世界樹の種は伝承の女神の涙によってしか芽吹かないと言われているのに、まさかそんな……」
「信じるも信じないも貴女の勝手ですが、エリス様の仰ることは、まぎれもない事実ですよ?」
驚く彼女はひとまず置いて、私はそうして何度か繰り返し、四つほどの世界樹の盆栽を作り出すと――
「ごめんなさい、世界樹。もう少しだけ私に力を貸して」
その願いに呼応するかのように、世界樹が静かに輝く。
それをみて、再び若枝を生やした後に、今度は革袋から、一つまみの紫魂石をつまむと、私は世界樹の近くにそれを撒いた。
小さな紫魂石は輝く光となって、世界樹へと吸い込まれ、先程つけたばかりの若枝の葉に、数滴の露をつけたのだった。
「ウィリアさん。あなたにはこれからもっと成し得てもらわなければならない事が有るの。どうかこちらに来てください」
そう告げて、彼女のすらりとした手を優しく取り、共に世界樹の若枝のもとへと誘導し――
「驚かないで、じっとしていてくださいね? 大丈夫。痛くないと思いますから」
一滴の露をそっと指に取ると、ウィリアさんの両目の端に、それぞれ一滴の雫を流し込んだのだった。
◇ ◇ ◇
エリス様に言われるままに歩み出て、静かに時を待つ。
彼女が何をしようとしているのか?
朧気に動きは解るものの、詳細な動きを捕らえるのは難しい。
「驚かないで、じっとしていてくださいね? 大丈夫、痛くないと思いますから」
ややあってそう告げるエリス様の声の後、柔らかな感触が私の顎に感じられた。
これから口付けでもしようかというその感触に、年甲斐もなくドギマギとしている私が次に感じたのは――
目の端から流れ込む、光の奔流ともいえる流れだった。
最初は左目。そして右目と続けて流し込まれたそれは、くらくらとしてしまいそうな眩暈を伴って――
「さあ、目を開けてください?」
優しい声に誘われ、ゆっくりと開けられる瞳に映るのは、見えないはずの、穏やかな笑みを湛える銀色の妖精だった。
「せ、世界樹の、雫」
世界樹と心を通わせた者だけが得られるという、奇跡の雫。
あらゆる穢れから身を清め、どんなに深い傷すらも治癒するというその奇跡の一滴を求めるあまり、世界樹との対話を試みたエルフも数多くいた。
そしてそのほとんどの者が、やがて失意のうちに、世界樹の元を離れていったのだ。
その日、偉大なる世界樹の木陰で、私は再びその光を取り戻したのだ。――数百年の時の末に。
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第83話 をお読みいただきありがとうございます。
ご支援頂いてます皆様にも尽きぬ感謝を。
作中で度々出ているセカイの説明。
その軸となる世界樹の役割はこの回で大方説明終了です。
まったりとした説明の多いファージの里編もほぼ終わり、3章の後半へと物語は進んでいきます。
中盤~後半はもう少し動きが出てくる予定ではありますが、どうなることやら。
それではまた次回 気が付けばエルフ 第84話でお会いしましょう。




