詠われし者
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第81話公開です。
本日2話目の公開となっております。
お楽しみください。
詠われし者
静かなリビングの窓からは、時折風に揺られる木の枝がさざめいて、地面に落ちた影を騒がせていた。
時折聞こえる「フフフ、ウフフフ」という声が、それが彼女たちであることを告げている。
再び包まれる静寂の中、私は湯気を立ちのぼらせるお茶を飲み、思い出したように聞いてみた。
「あの、つかぬことを聞きますが、あの子は……ラルフ君はもしかして、ハーフエルフなのですか?」
「そうです。もうすでにお分かりと思いますが、この里に住むのはエルフだけではありません。様々な事情で流れ着いた人間や、他の亜人達も――もっとも多いのはやはりエルフであることは間違いないのですが、三割程度の者は純粋なエルフとは違います」
「その、非常に言いにくい事とはおもうのですが、今でもハーフエルフは迫害の対象となるのでしょうか?」
その質問に美しいままの姿で幾年を過ごしてきたであろう目の前の里長は、やや俯いて
「今でこそ、そのような事は表立って起きてません。少なくともこの里の中では。しかし、そのような風潮があったのもまた事実。私が若かりし頃のこの里は、今に増して閉鎖的で、そして排他的でした。古い因習に囚われるばかりに、その思考も凝り固まってしまったのです」
「随分と自虐的な事を仰るのですね」
「自虐的――そうかもしれません。ですが私は、新しき風をもたらすとともに、古きものを贄に捧げてしまいました。私の目が見えぬのも、その贄への代償なのですから」
「「…………」」
大きく省略されたその話の中で、目の前の女性が何か波乱を起こしたであろうことは、間違いなさそうだった。
私は荷物から一冊の本を取り出して――
「これは、エルフ達を謳った本で、私が偶然譲り受けたものです。この本の中に眠れる若者を老木から解き放ったのは、貴女なのですね?」
数百年は前のことであろうそのエピソードを謳った歌。
エルフだからこそ、あるいはもしかしたら、当人はまだ生きているのではないだろうか?
そんな事を考えていた。
「……」
「あまり、驚かないのですね」
「随分と前に、その話を私は語ったことがありますから。少しその話をしましょうか」
そう言って彼女は光を失っているその瞳を開き、どこか遠い光景を思い浮かべるように話し出した。
かつてやはり魔が溢れたときに、後に英雄となる一人の若者と二人のエルフの旅人が共に旅をしたのだという。
戦いのさなかに傷ついた一人のエルフを残し、その傷を癒すために必要な世界樹の雫を手に入れるため、その若者とまだ若いエルフの女性――ウィリアさんの故郷であるこの里へとやってきたのだ。
若い娘が男を連れてきた、誑かされたと騒ぎ立てた老人たちは、男に眠り薬を飲ませて幽閉しようと試みた。
それを嘆いたウィリアさんは、老人たちに立ち向かい、世界樹の雫を得ると、それを若者に託して彼を里の外に逃がしたのだという。
憤った老人たちは自らを老木の姿へと変え、彼女に責任という呪いを掛けると、物言わぬただの樹となったのだそうだ。
閉ざされた光の中で里を守る彼女のもとに、やがて世界樹の雫で癒されたエルフの青年が戻った時、二人は永遠の愛と決別を誓ったのだという。
エルフの青年は英雄となろうとする若者のもとへと戻り、やがて魔を鎮めると里の外で平和を見守る役に就き、ウィリアさんは生まれた子供を育てつつ、この里と世界樹を守ってきたのだという。
「お子さんが、いらっしゃったのですね」
「生憎とこの里を出て行ってしまいましたが――エリス様も会っているはずですよ?」
「え?」
「ユリアス……あれは私の息子です」
「ええええぇええ!?」
「本来ならば、いつか私に代わりこの里を守っていくべき立場だというのに、あの者は同族を助けるために戻ったものに、呪いをかけるようなものなど守りたくないと里を出て行ってしまいました」
「でも、エルフの繁栄を気にしていたようですが……」
「それは意外ですね。しかしエリス様は何かあの者に言われたのですか?」
「言われたというか、冗談半分に口説かれたような?」
ミシッ
何か木製のカップから不穏な音が聞こえたような気がするのだけど。
「それに、さすがに妻帯者に口説かれても、その困りますし」
バキッ!?
哀れにも砕かれた木製のカップからは紅茶が滴り落ち――
そんな引き攣った笑顔で睨まれても……ねぇ?
「とても興味深いお話をご存知のようです。エリス様、そのお話を是非していただきたいのですが?」
絶対に嫌といってはいけない空気を読めないほど私は愚かじゃない。
この場を目先の損得で考えれば、後になってもっと恐ろしいことになって自分に跳ね返ってくること位、わかるもんね。
◇ ◇ ◇
午前中は色々とあったものの、もう昼食の時間という事も有り、一旦はウィリアさんとの会談を終えた。
用意の間まで少し時間を潰してくださいと体よく追い出された私。
リーリカはウィリアさんとラルフ君を手伝って、現在昼食の準備をしているはずだ。
「あ、ミーシャ、エリとリリは大丈夫そう?」
「はいにゃ」
馬小屋を借りてそちらで休ませてもらっているエリとリリは本当によく走ってくれるいい馬だ。
手入れをしてくれていたミーシャも休憩中とばかりに、庭にあった大きな岩の上に寝そべって、ひなたぼっこをしていたようだった。
「もうすぐ昼食らしいから、もうちょっとの辛抱ね」
そんな言葉に反応するように尻尾がピンと立ち上がる。
まだまだ育ち盛りといってもいいミーシャは専ら食欲旺盛といった感じで、旅の間にもよくつまみ食いをしているようで、最近ではリーリカも何かとミーシャをお菓子で餌付けしているようなフシもあった。
「わたしも手伝ってくるのにゃ」
なんて駆けて行ってしまった為に、私はいよいよ居場所がなくなってしまい、ミーシャが寝そべっていた岩の上に座り、ぼんやりと遠くの空を眺めていた。
うん――世界樹は多分向こう側、かな?
山と山の間の谷戸の奥、丁度ここからは死角になりそうな場所に続いている道。
かなり大きいだろう世界樹も、さすがにあの山の裏側だったらここから見えないのも頷けるからだ。
逆に言えば他の方向には、そこまで高い遮蔽物もなく、ひときわ大きい巨木が生えていれば判りそうなものだった。
不意に耳元に響く笑い声。
「ウフフ。ウフフフ。なにをみているのかしら?」
「……ルー?」
「ウフフ。そう、ルー・シルカ」
「そう、間違えてないで良かったわ」
「フフフ。ほんとに変わり者のハイエルフ。ウフフフフ。あなたは吹きゆく風を区別するの?」
「そうね、あなたの言いたいことは何となくは判るけど、意志を通わせることが出来るなら、私はただの風とは思わない」
「ウフフフフ。わたしたちに嘘はない。ただ風が吹いたという事実だけ。だからそこには善悪もない。ウフフフフ」
そう、彼女をはじめ精霊たちは善悪といったものの先にいる存在だ。
その行動を決めるのは、そうあるべき理で、それが故に純然たる精霊なのだから。
だから彼女たちが風を起こすのではなく、存在の結果として風を伴う。ただそれだけの話。
吹き抜ける風が良きものを運ぶこともあり、或いは悪しきものを運び込むかもしれないけれど、ただそれをもたらす風に善も悪も関係ないことだった。
「ルーは私の事、気になるかしら?」
「フフフ、ハイエルフなんて久しぶり。ウフフフフ」
「ここの他に世界樹や、その系譜に連なるものを知らないかしら?」
「ウフフ。わたしたちは見たことない。それでも北の湖畔にアクアがいると、きいたことはあるかしら? ウフフフフ」
「ありがとう。そう、まだ最初の質問に答えていなかったわね」
「ウフフ」
「わたしが見ていたのは――未来。滅びに瀕したこの世界を救うため、紡がなければいけない明日を」
「ウフフ。ウフフフ」
トーンの高い笑い声を残してルーは風となって駆けてゆく。
――草原に広がる風の足跡を残しながら。
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第81話をお読みいただきありがとうございます。
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本編もう少しエルフの里の話が続きます。
それではまた次回、気が付けばエルフ第82話でお会いしましょう。




