禍根と決意
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第78話『禍根と決意』公開です。
ごゆっくりお楽しみください。
禍根と決意
遠ざかる内海に背を向けて、北西へと延びる山道はかなりの勾配で、旧街道の難所の一つだそうだ。
複雑に曲がりくねる坂路をだいぶ進んだと思ってみても、遥か下方に見える以外に、その距離を特別遠ざけたわけでは無かった。
都合三泊の滞在を終えた私たちは、ダーハラの街を後にして、霊峰と呼ばれるジーザス山の麓を目指している。
予定では一泊だけの滞在の筈だったものの、ダーハラの山百合で予想以上に仕入れられていた大量のドレスにより、その作業に時間が掛かってしまったのが最大の理由だった。
「この道どこまで登るのかしら?」
「この先しばらくはまだ登ったり、下ったりを繰り返すようですね」
「ダーハラ側の峠は一度完全に超えるのよね?」
「そうですね、ちょっと地図を貸してもらえますか?」
「あ、うん……」
今私たちが向かうのは、この度の目標の一つ、ファージの里にあるという世界樹だった。
ダーハラの山百合の支配人、ユリアスさんに書き込んでもらった分岐点まではまだしばらく。その後の行程を考えれば完全に山地一つ越えた後に野営して一泊。
明朝早くにファージの里を目指すのが良いだろうという話になっている。
その存在自体は知られているものの、ファージの里への分岐路はあまり知られていないのだという。
その知名度の低い分岐点を何故ユリアスさんが知っていたかといえば、単純な話。彼はそこの里出身のエルフだというのだった。
「ああ、ファージの里ですか。そうですね、出来ることならご案内したいところなのですが――生憎と私は里に戻るとどんな騒動に発展するか……。そんなわけで地図に目印を書き加えておきましたので、それを頼りに行って頂くしか」
非常に気まずそうな表情で、そんな事を言っていたユリアスさん。
あなた一体何したというのよ?
初対面が初対面であっただけに、どうにも信用のならないユリアスさん。
私はそのことに一抹の不安を感じつつも、どうか平穏無事にたどり着けるように祈るばかりなのだった。
「エリス様、ちょっと一緒に見てもらってもよろしいでしょうか?」
リーリカの呼びかけに広げている地図を覗き込む。
白く細い指がダーハラの城下から街道を辿り、いくつかの峠を越えた辺りで一度その動きを止める。
「今居るのがこの辺りです。そしてあと2つほど峠を越えた所――」
再び地図の上をなぞり始める可愛い指。
「ここらあたりで昼食の休憩を取り、午後にはこちらのルートを利用して……エリス様?」
滑らかに地図の上を這う指を見つめてるうちに、不意にその感触がフラッシュバックする。
「あの、エリス様、大丈夫ですか?」
「――あ、うん。ごめん。ちょっとその……思い出しちゃって」
視線の先の指に、リーリカは気が付いて、僅かに頬を赤らめ、視線を彷徨わせると
「エリス様、あれは事故だったのです。あの者は深淵、そう、覗いてはいけない深淵に棲まう者……」
「そう、だけど……。そうなんだけど――リーリカは凄く――それにミーシャちゃんだって」
言葉を紡ぐうち、余計に鮮明に浮かび上がる記憶に形容の難しいわだかまりを覚えていると
「いけません、エリス様。お気をしっかりとお持ちください。夏の終わりの一夜の夢と、きっぱり忘れてしまうべきです」
そうなんだろう。
リーリカのいう事はもっともだった。
あの人は、きっと沼というものにどっぷりと漬かりすぎ、その趣向も手管も既に元の世界に引き返すには「遅すぎたんだ」というやつなんだろう。
昔友達の部屋に遊びに行ったときに、こっそりと見せてもらったことのある薄いその本の世界の様に。
実体的に既に自分たちもその領域に踏み込みつつあることなんて、当の本人達には今一つ自覚がなかったのだった。
「ごめんなさい、少し馬車に酔ったみたい。ちょっと休むね」
そう告げて、私はリーリカの膝を借りて眠りに就いた。
◇ ◇ ◇
それは青く晴れたある秋の昼下がり。
私は今文化祭に使われる資材の確認のために、手に預かった倉庫の鍵を持ち、普段は閉ざされた西校舎の裏手の倉庫へと続く通路を歩いていた。
『ダメ、この道を進んではダメ。』
必至に自分を止めようと、手を伸ばすわたし
昼休みという事も含めても、花壇と普段は使われない倉庫があるのみのこの通路を通る者はほとんどいない。
理科実験室や、家庭科実習室といった特殊教室の集まる西校舎に面したこの道は、昼休みとなると逆に人の目も届かない死角となっていた。
やがて校舎の角を曲がったところで、倉庫の大きなドアの前に立ち、かけられた南京錠を開けようと手を掛けようとしたその時。
「ハァ? お前馬鹿じゃねーの?」
「だって、するのダメだって言っても聞かなかったじゃない。それにあの時、中はダメだって言ったのに……」
「知らねーよ! 大体たかが一回ヤッタくらいで妊娠とかマジカンベンなんだけど? そもそも本当に俺の子とは限らねーだろ!?」
「そんな! あたしあの時が初めてだったのに!? だからこうして彼氏の……君に相談しているのに!」
突如聞こえてきたその言葉に、思わず手にした鍵を地面に落とし、キンッと小さな金属音が鳴り響いた。
小さな音だったというのに、やけに大きく響いたようで、私は慌てて近くの木陰に身を潜め――
『いけない、そこにいてはダメ。すぐにその場から逃げるのよ!』
必至に訴えかけるわたしの願いも空しく、まだ着なれない夏服の制服の少女は木陰に身を潜み続けていた。
「ふざけんなよ! 一回ヤッタくらいで勝手に彼女面してんじゃねーよ! と、とにかく俺は関係ネーからな!!」
その捨て台詞のあと、逃げ出す様に倉庫の裏から一人の男子生徒が駆け足で去っていく。
木陰で息をひそめながら、その場をなんとかやり過ごしたと、気を抜いている少女――真柊慧美。
『ああ、駄目だ。なんで今更この日の回想だなんて……』
絶望を胸に私は私は静かにその時を数える。
――3
――2
――1
倉庫の裏手から、光を失った瞳でふらふらと歩く彼女は、ドアの横で一度立ち止まると――
「……聞いてたんでしょ? 出てきてよ。慧美」
「「…………」」
木陰から慧美がゆっくりと出てくる。
「優菜……ゴメン。立ち聞きするつもりとかじゃなかったの」
「わかってるよ。文化祭の委員でしょ?ほら、鍵落としてるよ」
そういって鍵を手渡す優菜。
わたしの前の席に座る、私の親友だった少女――原桐優菜。
鍵を受け取った私は、どうしていいのか困ったあげくに、余計な一言を言ってしまったのだ。
「その、このことは誰にも言わないから――」
このとき彼女がどんな言葉を、もしくは、その前にどんな行動を欲していたのか、当時の私にはわからなかったのだ。
パチン!
と響く乾いた音。叩かれた頬をそのままに、優菜は何も言わない私に冷たい瞳をむけて、ただ一言。
「慧美なんか絶交だから」
そう言ってその場を後にしたのだった。
その日を境に学校に来なくなった優菜は私がこちらの世界にやってくる一か月ほど前のゴールデンウィーク明けに、突如学校へとやってくることになる。
四月の下旬に生まれたばかりの赤ん坊を抱いて――全校集会の場に乗り込んだ。
騒然とする体育館の中央を、ゆっくりと。
近寄る教師に
「それ以上近づいて、うっかり赤ん坊を落としでもしたら、どう責任取ってくれるんですか?」
と言い放った彼女に近づける教師もなく、そのまま壇上に上がった彼女は、一名の男子生徒をマイクで名指しして糾弾した。
ご丁寧に、録音したその時の会話も流しながら。
当事者の男子生徒は事実関係が確認されるまで停学。処分はよくても停学三か月もしくは退学。
事実関係がすぐに確認されない事を考えれば、どう転んでも時期的にも留年は確実になっていただろう。
休学届を出していたらしい優菜は、その日を以て退学届けを提出し、学校側はこれを受理。
男子生徒は強姦罪で民事でも刑事でも告訴すると糾弾されていたために、錯乱を起こし大暴れ。
そんな大事件が有ったというのに、一か月も経過したころには、学校でその話題を持ち出す者は、誰もいなくなっていた。
優菜が学校へ来なくなった日と同じくして、私は踏み込んだ友達を作らなくなり、こと色恋沙汰は徹底的に避けて歩いた。
立ち止まるでもなく、進むでもなく、ただ無関心を装って、鬱屈とした高校生活をただ消費していたのだった。
――あの時、私が倉庫の裏に歩み出る勇気があれば……
――その場であの男子生徒を一緒に糾弾することが出来たなら……
――彼女は黙っていてほしかったのではなく、一緒に悩んで欲しかったのかもしれない。
次第に覚醒に向かう予兆なのか? ゴトゴトと馬車の揺れる音が響いてくる。
目が覚めたなら――わたしはもう、目を背けない。たとえどんな不都合が目の前にあったとしても。
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第78話をお読みいただきまして有難うございます。
ブクマや評価、感想を戴いております皆様にもこの場をお借りしてお礼申し上げます。
有難うございます。
大幅に話を変更した78話です。
当初はもっと残酷な結末だったのですが、あまりに非人道的でしたので変更いたしました。




