星々に願う夜
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第77話 『星々に願う夜』 公開です。
77話、7月7日掲載ということで、少しだけ七夕にちなんだお話です。
お楽しみいただければ嬉しいです。
星々に願う夜
ダーハラ伯爵城館の中央奥側にその庭園はあった。
遠目に見たときに感じた違和感の正体は、登城の際に間近で見れば、はっきりとその理由が判り、この庭園を見るに至っては、その考えが確かなものとなっていた。
巨石を用いた石積みによる城壁は、緩やかな反りをもって積み上がり、城壁の際に沿って建てられた外壁は、木枠で組まれた中に筋を入れ、土を用いて壁として、漆喰に近い塗り壁の仕上がりになっているそうだ。
街から遠くない内海で採れる貝を焼成し、粘りの強い土と共に繊維質の多い乾燥させた葦に似た植物を適度に刻んでは混ぜてあるのだと、領主であるザイド・ダーハラ伯爵は機嫌よく語ってくれたのだった。
低く設えられた目隠し塀に囲まれたこの中庭は、以前の私の世界の和風の香りをどこか感じさせる石庭で、さざめく笹は、涼しげな音を奏でている。
これで鹿威しでもあれば言う事なしではあったけれど、この屋敷の中に作られた庭園に水を引くというのはそれなりに大変な事なのだろう。
この庭園に入るには、一度二階へ上がったのち、奥側にある階段から降りてくるほかなく、伯爵が私的に楽しむほかは、物珍しさから外賓を案内するくらいだというのが実に勿体ない。
ダーハラ伯爵の話によればとある災害をきっかけとして、数代前の領主により壊滅的被害を受けた城下街を復興するにあたり、城館をこの地に移したのだという。
それまでの城館がどこにあったかといえば、なんとそれは現在山百合の建っている所こそ、元々の城館跡なのだそうだ。
肝心なのは、その時に当時のダーハラ伯爵家に長く逗留していたという一人のドワーフ。
カンベーと名乗っていたそのドワーフの指揮のもと、城館と共にこの庭園も造られたのだという。
ビジターだったというカンベーについては詳しい出自は判っていないそうだけど、彼がどこの出身かだなんて、おそらく私の先輩であろう、推定――カンベー・ラスティ・ブルーノートさんは、私と同じタイプのビジターであったのだろう。
四百年ほど前に起きた内海の大氾濫。
その混乱を収めるためにラスティの意志によって呼ばれたその旅人は、その人生をどのように閉じたのだろうか?
この世界での亜人の寿命は人間では五十から七十年。中には百年を生きる者もいるとはいうので、普通の人間としての寿命と考えて良いだろう。
獣人にしてみれば逆に四十から五十年。
精霊に連なると言われる、ドワーフやエルフ、ノームといった種族は長命ではあるものの、それでもドワーフの寿命というのは百五十年ほどなのだそうだ。
ちなみにエルフに至っては五百年でも余裕で生きる。
一体最高齢は何歳なんだろう? と思いつつも、それを証明出来るものなんて、それこそ冒険者章のような物しかないんじゃないかなぁ?
◇ ◇ ◇
気の良いダーハラ伯爵との会談を終えた私はダーハラの山百合へと戻ってきていた。
あらたな山百合を訪れた際、既に慣例化していることといえば、ドレスルームでの作業だろう。
「えっと……これ全部、ですか?」
吊り下げられている大量のドレスを前に、私は思わずそんなことを聞いてしまった。
他の保守的な服とは一線を画しているデザインで、それが誰の作であるかは聞くまでもなく、小さく刺繍されたその意匠は既に見慣れた――むしろ私やリーリカの私服のそのほとんどについているものと同じなのだから。
ニコニコと愛らしい笑みを崩すことなく、この部屋の責任者である女性――シーナは
「いえいえ、ここにまだ出していないものが、そうですね……ここのほかに倍程度あるので全部ではないですね」
期待していた「全部じゃない」と、まったく逆の意味での「全部じゃない」に置き換えられて、残った午後の時間は目一杯、ドレスの装備化という既に仕事とも言える作業に私は追われることになったのだ。
最近になって気が付いた事だけど、装備化する際に食われる気力というものは、その対象の大きさや複雑さで違うようで、例えば下着ならばパンツやショーツといった物に比べてブラのほうが消耗が激しくなる。
同じように洋服でも、スカートなどよりは、ブラウスなどのほうが消耗も大きくなるわけで、複雑な装飾の付いたドレスというと、結構な気力を消耗するのだった。
必至で作業に没頭するわたしの横で、リーリカは何かと世話を焼き、私のマスコットになっているミーシャといえば、私たちの二頭の愛馬であるエリとリリと「お話してくるニャ~」と宿の裏手の厩舎へ遊びに行ってしまっていた。
「少し、休憩にしましょうか?」
と、気が付けばため息の回数の増えた私を前にリーリカがそう言うと
「ではお茶受けに何か用意して参りますね」
とシーナさんはドレスルームを後にした。
ン――――。
身体を伸ばす様に伸びをして、部屋の片隅に置いてあった小さな鉢を持ってくる。
「あの、エリス様? それは一体なんなのですか?」
注がれるリーリカの視線の先、私の手の中には小さな植木鉢があり、そこに生えているのは――盆栽化した笹だった。
「ああ、これね? これは私のいた世界ではボンサイっていう植物を縮小化して育てるものなのだけど、笹があったので一枝貰ってきたのよ」
切り取ってもらった一枝を、小さな鉢に植え付けて、ブレッシングをかけたところ、見事に根を張り見事に縮小化された笹竹が、涼しげな竹林よろしく鉢の上に広がっていた。
「なんでも植物は、大地となる器が小さくなると、その大きさを自分で調整して、世界に合わせるんですって」
「なるほど、初めてみましたね、そんなもの」
「そうよね、お花や薬草を植えているのは見たことがあるけれど、こういうのは見ないわよね。でもなかなか可愛らしいでしょ?」
「はい、とても涼しげでいいと思います」
「あら、エリスお嬢様、先程から気にはなっていたのですが、なんなのですか?それは」
説明が終わった時に、再び現れたシーナさんに、今度はお茶を飲みながら同じ説明をする。
ああ、このお茶うけ、お饅頭みたいで美味しいかも?
興味深々に覗き込んでいたシーナさんだったけど、思い出したようにその目を輝かせて私の顔を下から覗き込むと――
「あの、エリスお嬢様、一つおねだりしてもいいですか? とても個人的なお願いではあるのですが……」
言いながらに包みから取り出したのは、どこかで見た女性用下着。
「品薄という事で、これしか手に入らなかったんですぅ」
と語る彼女は、つまりは装備化をしてほしいのだろう。
どうしたものかとリーリカを見ると、「まあ、これくらいはいいのでは?」なんて顔をしていたので、ちゃちゃっと装備化の魔法をかけてあげた。
多少図々しい気もしないではないけれど、それでもどこか憎めないのはこのシーナさんの持つ魅力の一つなのだろう。
「やった。今夜はこれでお二人にうんとサービスしちゃいますね」
――うん?
喜ぶ彼女はそう言いながら、大事そうにしまい込み、聞き返そうとする私を押し切るようにカップにお茶を注ぎ直すのだった。
◇ ◇ ◇
湯口からは魔物のコアを加工した魔法石により、適度に暖められたお湯が絶えることなく湯舟に注がれて。
湯気と共に立ち上る檜の香りがゆっくりと身体の中に沁み込んで、身体の中に溜まった疲れという名の滓を、溜息と共に外へと運び出してくれるような、そんな錯覚を受けるほどだった。
――やっぱり檜風呂っていいわよね。
しみじみとそんな事を考えつつも、視線を外へと向けて見れば、それぞれ角度をつけられて、固定された二段の角材の目隠しは、内側からは街を望む夜景がみえるものの、外側から中を見ることは出来ないようになっていた。
高い部分はそのまま開口となっており、テラスのひさしの隙間には、煌く星空が僅かに顔をのぞかせている。
足湯のように浴槽の淵に座った私の背後には、リーリカが櫛を手に、ゆっくりと私の髪を梳いてくれている。
「髪が艶々と綺麗に保てるのはリーリカのおかげだわ?」
「……痛くないですか?」
「うん、大丈夫。とっても気持ちいい」
「――はい」
そうしてる間にも、その手を休めることなく髪を丁寧に梳くリーリカ。
身体を洗われる恥ずかしさはまだあるものの、一時は太腿にまで届いたその長い髪を手入れするのは控えめに言っても非常に手間のかかることだった。
少し長引くかもしれないと、旅立つ前にアリスちゃんに少し切ってもらったその髪を、こうしてリーリカは朝な夕なに手入れをしてくれているのだ。
おかげで枝毛などにも縁がないほどに、良好な状態を保てている。
綺麗に髪が梳けたとこで、ノーザ国王から貰った魔法の小瓶に入ったオイルを少量手に取ると、ゆっくりと頭皮をマッサージしてくれる。
「そのままではリーリカが寒いでしょ?こっちに来て」
私は湯舟に浸かるとリーリカの手を取って、向き合うように促した。
「あの、これでは手が届かないのですが……」
「そうね、じゃあこうすれば届くでしょ?」
リーリカの脚の間に自分の脚を滑り込ませてては、やや膝を立ててリーリカを座らせる。
彼女は私にしがみつくように首に腕を回しながらもなんとかマッサージを続けようとするのだけど――
「こんな状態じゃ、もうマッサージなんかできないじゃないですか」
とか細く言って、その身体をゆっくりと預けてきた。
「重く……ないですか?」
「……うん」
互いに挟まれて、形を変える柔らかなそれと、滑らかなに続く背中に撫ぜるように湯を掛けるたび、足にもぞもぞと伝わる小さな震えは次第に大きくなって、一度大きく身体を反ると、再びその全ての体重を私に預けたのだった。
微睡にも似た時間を過ごしながら、浴室の傍らに涼しげな音を奏でる小さな盆栽。
その笹竹につるされた小さな小さな札には、私にしか読むことの出来ない文字で、ささやかな願いが書かれていた。
「あの飾りは、なんなのですか?」
いつのまにか気が付いたリーリカが、私の視線の先にある盆栽を見つめている。
「あれは――おまじないみたいなものなのだけど、そうね。本当は夏の前に行われるのだけど、その日、笹につるした短冊に、願いを書くと、叶うのだそうよ?」
「変わったおまじないですね」
「今となっては知らない星々だけど――たまには、星に願いをなんて、ちょっとロマンティックでしょ?」
答える代わりに身を寄せるリーリカ。
わたしは煌く星を仰ぎ見て、いつかは離れてしまうその人を、せめて僅かなひと時を、共に過ごせるように。
七夕なんて何年もしていなかったけれど、ふと思い出した前の世界の日常と、かすかに感じる日本の残り香に誘われて、なんとなく、そんなことをしてみたくなったのだった。
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第77話をお読みいただきました皆様、有難うございます。
作品を支えてくださる皆様に、改めてお礼申し上げます。
なろう上で初めて感想というものを戴きました。
やっぱり自分の作りだしたキャラを好きになってもらうという事は書き手として大変嬉しい事です。
今後も魅力的なキャラクターを描けるように頑張りますので、気が付けばエルフをよろしくお願いいたします。




