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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第二章 消えた常闇の巫女
62/144

逢魔時

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第62話公開です。


お楽しみください。

逢魔時




突如黄金色の光に包まれる渓谷の中、それを間近に見ていた者たちには、俄かに信じがたい光景が広がっていた。

世界樹の若木――とはいえ既に巨木といって差し障りない大きさに育った樹木に、その長い銀色の髪を揺らし両手を掲げ歩み寄るエルフの少女。


先程までの朝日による輝きとはちがう、巨木を包むその黄金色とも呼べる輝きは、やがてエルフの少女と呼応するかの如く明滅を繰り返し、一際輝いたと思うと、静かにその輝度を減少させていった。


気が付けば黄金色の輝きは収まり、陽の光を受け、柔らかな木漏れ日を受けながら、エリス様は祈りを捧げるようにその場に佇んでいた。


時間にしてほんの僅か、しかし世界樹との確かな繋がりを感じさせる一連の出来事に、私はしきりに瞠目するばかりだった。


私の横に佇む黒髪の少女――リーリカお嬢様は、濃紺のエプロンドレスを纏ったまま、エリス様のその様子を静かに見守っている。

王城で使用されているそれとは異なるものの、美麗な装飾の刺繍とフリルが施されたそれは、彼女がエリス様に付き従いたいという想いの表れか、まさか旅の間もずっと着用しているとは思わなかっただけに、同じ給仕の職に就いている者として、感じざる得ないものがあるのは仕方のない所だった。


王城にお仕えするようになってから7年。

かの場所の特異な環境から、様々な技能を有するものはいるものの、大半が一代位のさらに爵子位という出自の理由から、結婚待機所としての意味合いが強い王城務めなので、直接的な戦闘能力を有する者は極僅かであり、この黒髪の少女の様に飛び抜けて実力の高いものなど皆無等しかった。


まれに身分を隠し冒険者になる者もいないわけでは無かったが、そうでない大半の者は王城や、地方を治める伯爵都市で宮仕えするのが普通なのだから。


ああ、何故もこんなにも、自分はこの美しいエルフに魅了されてしまっているのだろうか?

この黒髪の少女と共にその傍に付き従って、どこまでもお供したいという願望(ねがい)はあまりにも、己の周囲のソレとはかけ離れ、遠く儚く感じられるのだ。



呆然とその様子を見つめるドワーフの石工は何を感じたのだろう?

感涙か?頬を滂沱に濡らし口を開けたまま僅かに震える職人が、我に返ると一心に石と向き合いだす迄に、幾何かの時間を要したのだった。



◇ ◇ ◇



小気味良いまでに渓谷に響き渡るリズミカルな音。

ときに激しく、ときには繊細に、逞しく隆起した右腕が繰り出すハンマーは、的確に石ノミを打ち付けてはその一振り一振りに魂すらをも込めんばかりの気迫を以て石塊に命を吹き込もうとしている様だった。



昼食を用意するリーリカとアリシアさんに、その手伝いをやんわりと辞退され手持ち無沙汰な私。

僅かな木霊を含む一打入魂の石ノミの音を聞きながら、さきほど世界樹から伝えられたことについて、思いを巡らせていた。


聞けなかったことも多いけど、今まで聞いたことが無かった事も多かった。

以前に『白い夢』で告げられたセカイのカタチ。

ここノワールノートと私の知らないブラッドノート。

そして私がいたというブルーノート。


そう、ブルーノート。

そして度々付きまとうラスティという名前。

どちらも私にとっては馴染が深い――とうほどの期間は過ごしていないはずなのに、なじみ深いと感じざる得ない名前。

つまりは自分の名。


恐らくは、ブルーノートの・ラスティの眷属・エリス。


「エリスかぁ……」


なんともなしに呟くその名は、実は前の世界――ブルーノート?でも聞いたことのある名だった。

あんまり良い記憶ではないのだけど、その時はさして気にも留めなかったというのに、その時の解説文がどうしても気になってしまう。


あれは確か占いの話だった。

昨今多くの新しい占いが次々と増えていることは、占い好きの人なら今更ながらの事だろうと思う。

その中でも神話占い。神話の登場神物になぞらえるといった占いで、何かに話のタネに上がった時にやってみたことがあったのだ。


エリス、つまりは軍神アレスもしくはアーレスの妹で、不和と争いの女神だったという。

血に塗れる争いを呼ぶとされる、災いの黒き翼をもつ女神。

その内容と、諸種の事情で当時私を突き落としたその名前。

だからといってこの名前に物申したいとかはないのだけど、ここまで理解の外の事象に次々と突き当り、それらを説明される機会も情報も限られてくれば、もしかして何か関係があるのではないかと、関連付けて勘ぐってしまうのは、仕方ない事なんじゃないだろうか?


その所業から神ではなく悪魔の間違いなのではないだろうか?と思ってしまったほどの名前にも関わらず、それに思い至ったのはついさっきの事だったのだから、大概私も楽天的なのかしら?


だめだわ。これは少し置いておいて――


3つの世界とそれらを包括するノアという世界。

これは白い夢で見せられた、最初に発生したという自覚。

おそらくラスティその人だろう神様が、その発生を以て時が動き出したと言っていた筈。

そして墜ちたという2つの世界、か。


墜ちたとか繋がったとかどういう意味なんだろう?


ここまでくると私みたいな無知でも流石に解る。

先程の世界樹との対話で得られた情報なんて、ほんの些細なものでしかなかったことを。

唯一とも言っていいほどの取っ掛かりになりそうな事といえば、世界樹を巡る旅、かぁ……


そこまで考えたところで漂ってきた香りに、私はそろそろ昼食の時間だという事に気が付いたのだった。


思いつめたときは、元気に食べるのも大事よね?



◇ ◇ ◇




世界樹の前を後にして、集落へと戻るその道中、それは突然現れたのだ。



沢を抜け、山裾の畑に囲まれた、真新しい石畳の上を歩いていたその時、濃厚な死の匂いを漂わせたそれはやってきたのだ。


そう、これはまるであの堕ちた神の躯のような、あの者が張り付けられていたあの洞穴で感じたソレが影から湧き出るように現れた。


「何者だ!」


鋭く反応したリーリカが大声を張り上げるるソレは、まるで影が立ちあがる(・・・・・・・)かのように地面から黒く大きい影人とも呼べそうなものだった。


「これはなかなかの結界強度。なるほど、この地を聖地化して護りを固めたか。」


「何者かと聞いています!」


私達三人の前に朧気に立ち上る闇か影かは、リーリカの問いかけなど聞こえないとばかりに言葉を続ける。


「なるほどエルフ。なかなかのエッセンスを秘めている。お前が世界樹を挿し木して聖地と化した張本人か?」


「だとしたら何だというのよ?」


震えそうな足に活を入れ、なんとか前に一歩踏み出して虚勢を張る。


「どういういうことはない。あくまで今日は様子見のみ。そこまで恐怖しなくとも、その機会はまだ先と知るが良い。エルフの娘よ。」


「だいたい結界なんか知らないんだから。そもそもあなただって現にそこに居るじゃない!」


私の焦燥を見透かすような言葉に、思わず語気が荒れる。


「なんだ、エルフの娘。そなた逢魔が時というものを知らんのか?陽の加護の薄まる黄昏時に、世界の反転を利用して挨拶に来たまでの事。さすがに陽の出ている間に出張るにはまだ(・・)贄がたりん故にな。」


「エリス様、このような妖者(あやかしもの)のいう事に、耳を貸す必要はございません。」


「ほう、なかなか威勢は良いと見える。では少しだけ遊んでやるとするか?」


言い終わるや否や、リーリカに向け、身の毛もよだつような吶喊を伴って黒い手のようなものが、地を這うように何本も襲い掛かる。


奇声をそれぞれに上げるその腕を、バク転するように回避したリーリカは、いつの間にか抜いたのか、懐刀を即座に、その影本体へ投げつけた。


甲高い音と共に影ごと石畳に刺さる懐刀。


「なっ!?」


影が発するにはあまりに意外な驚きの言葉と共に、多数の手はかき消えてしまった。


「なかなか面白いものを持っている。よもや、影縫いとは、これは驚いたとしか言えぬか。ならば其方は……」


影のその言葉遮るように、驚愕を顕わに鬼気迫る形相で影を睨みつけ叫んだのはリーリカの方だった。


「どうしてその名を知っている!」


「知りたくばそこのエルフ共々アマハラ(・・・・)へと来るが良かろう。」


ぞわり。

何かが肌を逆撫でするような悪寒と共に、影はその言葉を残すと霧散するかのように、立ち消えてしまったのだった。


同時に割れた石畳の上に転がる懐刀『影縫』。

リーリカはその漆黒の波打つ刃を見つめると、何事か言葉にならない呟きを残し空を仰ぎ見る。


黄昏からすっかりと墨を落とし込んだように広がる空に、突如慟哭するリーリカに私は掛ける言葉も見つからず、ただ強く抱きしめて、この消えてしまいそうな漆黒の少女を胸の内に留めておくのが精一杯なのだった。


こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第62話をお読みいただきました皆様、有難うございます。

第二章も、残すところあと数話になりました。

今後とも読んで頂けるように頑張りたいと思います。


それではまた次回 気が付けばエルフ 第63話でお会いしましょう。

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