聖地ラスティ
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第61話を公開いたします。
お楽しみください。
聖地ラスティ
以前は無かった清らかなせせらぎの両脇にしっかりとした真新しい木道が上流へと続いている。
その木道の上を足音を響かせながら進むのは、勿論私とリーリカ、アリシアさんと、ゴームさんの一行だ。
「それにしても驚きね。前はこんなものなかったのに。」
「そうですね、沢のほうもせせらぎ程度ですが、清流が流れておりますし。」
「以前は流れてなかったのですか?エリス様。見たところ元々沢のようですが。」
「なんでも上流で流れが変わったとかで、枯れ沢になっていたのよ。それにこんな木道も無かったわ。」
「…………」
朝日の中『ユグドラシル=世界樹の若木』に向かいながら、そんな会話を続ける三人に、興味は有らずと言わんばかりに無言を貫くゴームさん。
うーん、やっぱりドワーフの職人さんってみんなこんな感じなのかしら?
先頭を行くアリシアさんの明るい茶色の髪は、朝日を浴びて金髪の様に輝いて、こう見ると彼女凄く美人なのよね。と、心の中で改めて認識を深めていた。
そもそもこの世界にきてからというもの、感じたことの一つにその容姿の整い方が尋常でない事が挙げられる。
なんというか男女を問わずに割と整った容姿を持つ者が多く、歳を重ねた者はそれなりに老け込みはするものの、綺麗に歳を重ねる人が多いのだ。
もっとも、王城の中で働くアリシアさんは元々貴族籍であることも手伝って、幼いころから容姿への投資は存分にされたようで、ある意味リーリカよりも髪のお手入れとかには口うるさかったりもするわけで、時折私の髪を梳くリーリカに物言いたそうにその様子を見ていることもしばしばだった。
それに対してリーリカは、「エリス様の御髪を整えるのは私の役目です!」と決して譲らぬ姿勢を崩さなかった。
王城にとどまっていた数日間、湯浴みの際に傍らに居並ぶメイドの列に黒髪の少女が加わっていた事などは、今更言うまでもない事かも知れない。
続く木道を歩きながらふと三人で歩いたあの日の事を思い出す。
厄災の緋眼を追いかけ、自らの道を一人で歩んだ灰茶色の髪の女性を。
幻視するその姿は、時折振り返り、翳りを含んだ笑顔で笑うのだ。
あの背中に追い付いて、その笑顔から翳りを拭い去ってしまいたい。
初めて手を差し伸べてくれた彼女、震える私を優しく抱き留めてくれた黒髪の少女もまた、えも言われぬ心の傷を、その身のどこかに宿しつつ、いつかはそれを心の底から癒したいと私は願うのだった。
◇ ◇ ◇
見上げるほどに幹を伸ばし、既に滝跡をも凌駕するほどに育ったその樹は朝の光を浴びて、まるで御伽噺に出てくるような黄金樹とも見紛うばかりに輝いていた。
力強く大地に張った根の近くには、小さな泉が出来ており、その泉から絶え間なく流れ出る水が、続いていたせせらぎの源流となっていた。
泉の中央には真新しい石の台が据えられており、広場の傍らには作られたウッドデッキの上には、2メートル四方くらいの大きな巨石が運び込まれていた。
「こんな石どうやって運んできたのかしら?」
私の当然の疑問に答えたのは、予想外の人物で
「違うのぅ。おそらくそこの一角にあった岩盤から削り出したんじゃろ、ほれ、種類も同じじゃろ?」
ゴームさんが指し示す場所をみれば、確かに先日はなかった人為的な窪みが出来ており、そこから切り出したであろう大きさより一回り大きい窪みであることが判る。
「ふむ、しかしこれはなかなか良い石。作り手さえ間違わねば良い石像が出来るだろう。なるほどこれなら納得じゃわい」
なんて暗に自分が凄腕だという事を仄めかすゴームさんに対してリーリカは
「モデルとなられるエリス様御本人が目前に居るのです。おかしなものを作った暁には失うのものは石工としての生命だけとは思わぬことです」
などと物騒なプレッシャーをかけていた。
「わかっとるわい、これでもこの国の王城を作りし石工に連なる者じゃ、そこに妥協は有り得はせん。」
そうなのだ。
この名前もなかった村には、いつのまにか『聖地ラスティ』という名が正式に付けられて、その聖地たるシンボルになる世界樹の守り人の像として、私がモデルに選ばれていたのだった。
それを聞かされたのは今朝早く。そしてそのために呼ばれたのが石工職人のゴームさんということだった。
というか、なんでここに来るまでに私にその詳細が伝わってないのよ。おかしくない?
色々と言いたいことはあるものの、そこはぐっとこらえて世界樹を見上げると、この短期間でまたとんでもない大きさに育っているのを痛感した。
これってそのうち、この広場をも埋め尽くしてしまうんじゃ?
そんな不安さえ過るほどの、育ちっぷりなのだった。
そんなとき、ふと喚ばれた気がして振り向くと、そこには世界樹があるだけだった?
吸い寄せられるように歩いていくと今度は本当に世界樹が燐光を帯びて、誘われるかのように私の拡げる両腕に、その光が届いたとき――私の意識は世界樹の中へと吸い込まれたのだった。
目を開けるとそこは、柔らかい温かみのある光の世界。
よく見ればその光は小さな小さな極小ともいえるほど小さな光の粒で、まるで量子学の解説映像でも見ているかのような世界に私は漂っていた。
薄れる五感の割には意識の輪郭はくっきりとトレースできるかのごとく際立っており、光の奔流は私の意識の周囲をうねるように流れているのを感じられる。
「ハイエルフの子よ、よくぞ参られました」
空気を震わさぬハッキリとした声。意識の中に直接刻み込まれるかのように届く声に私は自分の意識を自然とそちらに傾けた。
ぬるま湯にゆったりと浸かるようにも似た愉悦感が沸き上がり、このまま光の奔流となって駆け巡りたい衝動を抑えながら私は問いかけた。
「世界樹なのですね?」
「そうです。私は世界樹。あなたの中のエッセンスによって励起した、ラスティのエッセンスそのものです。」
私と世界樹の語り合いはこうして静かに幕を開ける
「私はなぜ呼ばれたのでしょうか?」
「あなたは闇に蝕まれつつあるこの世界、ノワールノート……いえ、滅びに傾きつつある歪んだノアを滅びから救うためにラスティの意志により呼ばれたのです。」
「ノワールノート?」
「そうです、この世界はノワールノート。あなたが居た世界……ブルーノート、そしてブラッドノートの3つの世界が支える高次の世界がノア。」
「ノア……セカイノカタチ」
「そうです。その歪みに耐え切れなくなり、既にブラッドノートはブルーノートに墜ちてしまった」
「え?」
私がいた世界がブルーノートなら、そこに墜ちてしまったという事が何を意味するのか?
「案ずることはありません。ただし、二つの世界は歪み、繋がってしまった。いずれそれは重なり合い、残った世界であるこのノワールノートをも飲み込むことでしょう」
「そうなるとどうなるのですか?」
「セカイは反転し、1点の虚無へと向かい収束することでしょう。そして全てが虚無にのまれた時に、奈落となってラスティをも飲み込むのです。」
「でも私にそんなこと……それに何をしたらいいかも」
「違いますよ?ハイエルフの子よ、あなたにしか成し得ないのです。しかし、あなたはもっと多くを知らなくてはなりません。そのためにあなたは世界に散らばるラスティのエッセンスを訪ねなければなりません。」
「つまりは、世界樹を訪ねるということですか?」
「そうであるとも、そうでないとも言えます。ラスティのエッセンスは世界樹とは限りませんから」
「でもわたしには、その場所すら判らないのに!」
「案ず……ことは……りません、ハイ……フの子。……なたは必ず……運……環……に導……」
急激に増すノイズと共に、そこで突如私の意識は現実に引き戻された。
突然終わってしまった、私の疑問が解消されるであろう世界樹との語らいは終わってしまった。
あんなに鮮明だった言葉が、急に聞こえなくなってしまった事は、一体何を示唆しているのだろう?
ざわつく心を抑えながら、私は胸に手を組み世界樹に祈りを捧げるのだった。
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第61話をお読みいただきました皆様には感謝を。
有難うございます。
やっと少しこの世界の話に触れることが出来ました。
詳しいことはまだ書くことが出来ませんが、アレコレと想像しながら読むのも楽しみのひとつですのでネタバレは程々にしておきたいと思います。
それではまた次回 気が付けばエルフ 第62話でお会いしましょう。




