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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第二章 消えた常闇の巫女
59/144

無自覚な詠唱者

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第59話公開いたします。

早くお届けしたくて前話をアップした後、気合で4時間書いてなんとか書き上げました。


お楽しみいただけると嬉しいです。

無自覚な詠唱者




凍り付いていくトーロウの身体を断ち切る『影縫』の感触はあまりにも軽い。

その刀身こそ短いものの、闇を斬るために打ち出されたこの懐刀は退魔刀『夜霧』と同じく闇を打ち留める力を秘めていた。

無論闇より生まれた魔物を斬るにも同様で、瘴気を含む物に対して非常に相性の良い武器と言える。


その体節を刻まれ灰へと還るトーロウの奥、馬車の前方には無残にも食い荒らされた馬とその持ち主だった者の物言わぬ躯が横たわり、その暴かれた腹の中に見えたものに、私の思考は激しく鳴り響く警鐘で埋め尽くされた。


既に黒く変色し、ほとんど動かなくなった親指ほどの物体が詰まったそれは



マズイマズイマスイ。

ブラッドフライと呼ばれる魔物の幼生、その第二形態。

かつて一晩で街一つを壊滅させたというその爆誕。

知る限りの情報が頭の中で渦巻いた私は咄嗟に距離をとるために跳躍し後方にいるエリス様に警告を発した。


「いけません、エリス様。蛆が羽化します!」


あと少し遅れていたら間違いなく呑まれていただろう。

私が発した警告の直後、目の前の躯は黒い爆発を起こした。



迂闊だった。

もっと距離をとり、ばらけた(・・・・)後ならどうとにでもなっただろう魔物も、この距離では確実に感知され、襲われる。


どうする?

今からでも馬車の客室に飛び込んでしまえば埋め込まれた魔物除けで侵入されることはないだろう。

しかしその場合次なる獲物はこの馬車に繋がれている二頭の牝馬だ。


エリと名づけられた白い馬。そしてリリと名付けられた黒い馬。

ノーザ国王から賜った二頭の牝馬は確実に奴らの次なる標的となり、馬を失った私達は歩きでの移動を余儀なくされることだろう。

目的地の距離からしてそれも無理からぬ話ではあったものの、もしここから起きる連鎖が目的地方向で発生していたのだとしたら?


なによりブラッドフライは餌を目の前に離れることがあるだろうか?

もし周囲を囲まれたまま籠城戦となれば、次の爆誕で更なる被害が拡大する。


そうなればこの付近一帯は、当面まともな通行が出来ぬまま、愚かな物漁り目当ての次なるカモが次々とやってきて負のスパイラルへと発展するのは目に見えていた。


「とてもじゃないけど1匹1匹相手なんてできないわよね?」


「当たり前です。あれだけの数のブラッドフライですよ?一瞬で取りつかれて身体中の血を抜かれてしまいます!」


エリス様の問いかけに、焦りからつい最悪の返答で答えてしまう。

だがそれは事実なのだ。

あの小さい何匹ともわからないハエを相手になど無謀にもほどがあるというものだ。



万事休すとはこのことか。と思いかけたとき。

焦る私とは対照的に、静かに観察していたエリス様は静かに目を閉じ、もはやこれまでと私もそれに倣おうとした時に、確かに私は聞いたのだ。



エリス様の詠唱の声を。




数多(あまた)の空の恵みにて、乾いた大地を潤わさん。憂う女神の涙にて、哀れな者を包み隠さん。」


突如足元に浮かび上がる空色の魔法陣がゆっくりと回転し、溢れる魔力がより一層エリス様を包み込み……


繋がる


「猛き神、嘆きの王者、古の賢者よ、西山より生まれし風を、我らの前に導かん。」


空色の光輪の周りに緑色の光輪が生まれ、複雑な文様を描き、空色の魔法陣とは逆の方向へと回り出す。

しかしそれだけではなかったのだ。


更に繋がり、紡がれる詠唱。


「嗚呼女神(かみ)よ、愚かに背いたその者に、裁きの雷光(ひかり)を示した給え!」



それは見たこともない三重魔法陣トリプレットサークル最外周は最内周と同じ方向へ回転する黄色の光輪。



青、緑、黄の三色の光に包まれたエリス様は、その身を魔力の光に包み込んで、僅かに浮遊するエルフの女王。

あまりに強すぎる魔力の波動に、長い白銀の髪はたなびき、そのあまりの魔力の強さに暗雲となったブラッドフライの群れすらも進軍をやめ滞空(ホバリング)していた。


そして黄金の瞳が開かれると


「サンダートルネード!」


叫びと共に短剣を持ち掲げた両手をクロスするように振り下ろす。



刹那目の前の光景は吹き荒れる嵐、打ち付ける雨、そして、鳴り響く雷。


「これは、雷雨の竜巻!」


ブラッドフライを中心に巻き起こった竜巻は、その群れの全てを呑み込んで、巨大な竜巻を顕現させた。

中では雷が鳴り響き、弾丸にも似た雨が穿ち、怒れる神々の如く雷鳴が鳴り響いていた。

黄金色に輝く瞳を見開いて、エリス様の魔力はさらに増大する。


これまでも彼女が聞いたこともない魔法を使うことは多々有ったのだ。

しかも彼女は魔法を行使するときに、詠唱を一切しなかった。

本人曰く、知らないのだという。


しかし、彼女が今起こした奇蹟はまさに、三重詠唱(トリプルキャスト)

不可能とされる複数の魔法を繋げ、その膨大な魔力を以て顕現させた一つの奇蹟。

わが身を抱えて初めて、全身に鳥肌が立っていることに、今更ながら気が付く自分。


後方の馬車の中ではアリシアとドワーフがこの信じられない光景を前に、ただ唖然としていた。


浮かび上がり、輝くエリス様は本当に神の御使いのように、いや既にそれすらを凌駕して、神々しいまでの光景を生み出している。


あぁ、エリス様。

わたしを惹きつけて止まないこの妖精は、呪われた私に神が最後に与えた救いの光に他ならなかった。

疼きにも似た悦び。溢れる感動を胸に、わたしはただ嵐が消えるのを待つのだった。



◇ ◇ ◇



「大丈夫でしょうか?エリス様。」


御者台のアリシアは心配そうに覗き窓から客車を伺い問いかけてくる。


「あれほどの大魔法をあれだけの長時間行使されたのです、気力を使い果たされてしまったのでしょう。」


私は自分の膝の上で静かに眠る少女の髪をそっと撫ぜながらそう答える。

結局あの後エリス様は気を失って倒れたのだ。

通常であれば魔力枯渇による精神疲弊を起こすはずだが、気を失う寸前まで充分な魔力が出ていたことを考えると、気力枯渇によるダウンを起こした可能性が高い。


エリス様の魔法により、まさに一掃されたブラッドフライはその姿をコアに変えその場に降り注いだ。

まさに雹が降るがの如くその場に撒き散らしたコアを、慌てて三人で拾い集め、腐乱した馬と持ち主の遺骸は申し訳なかったがその場で簡単に荼毘にふし埋葬した。


当初泣き喚いていた根性無しのドワーフもさすがにその時ばかりは口を噤みながら作業を手伝い、今はその場に残された馬車にリリを繋ぎこの馬車の後ろに随行している。


もっとも幌は外すしかなかったのだが。

あの茶色く見えたものは、案の定持ち主の血で染まった者が乾いたもので、さすがにそのままにしてというのは心情的に無理だったので荼毘にふす際に共に燃やして供養したのだった。




「それにしても驚きましたね。もしかしてエリス様は相当レベルが高いのでしょうか?」


確かに英雄クラスほどの実力の持ち主ならば……人外の技や魔法を使う者はいるものの、彼女がまだ初心者冒険者に過ぎないことはリーリカには良く判っている事だった。


「そんなことはない筈なのですが、ただ……」


「ただ?」


「いえ、ブラッドフライは厄介な上にドロップアイテムを持たない嫌われものですが、その分経験値がずば抜けて高い。」


「というと?」


「さきほどまではともかく、今回の戦闘で、かなりの経験を手にしている可能性は非常に高いのですが、こればかりはエリス様が起きてからでないとわかりませんね。それにステータスに関することですから……」


つまりは無用な詮索が出来ない。


「どれくらいで目を覚まされるでしょうか?」


不安そうに尋ねるアリシア。


「そうですね、少々読みかねますが、今夜の野営中に起きるかどうか……といったところでしょうか?通常は気力を完全に使い切る前に、スキルが使用不能になり、若干残るのですが、今回は一種のトランス状態だった上に、魔法という時間経過で消費するタイプの消耗ですから……」



訪れた沈黙の中、視線を落とし、それでも止まらない私の手はそっと柔らかい銀色の妖精を撫ぜ続けるのだった。



こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第59話をお読みいただきまして有難うございました。

書いている間にいつの間にか99ブクマ。

初期目標の100まであと1つとなりました。

これも皆様のおかげです。


評価なんかも頂けると大変励みになりますのでお気に召したらお願いします。

二章を書き上げたら一度これまでの話を整形したいところですが、色々と悩ましい所でもあります。


長くなりましたがまた次回、気が付けばエルフ 第60話でお会いしましょう。

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