黒色の狼煙
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第58話公開です。
お楽しみください。
黒色の狼煙
ナラシーの街を経由して、北の街道に入り一泊し、更に北の街道から西へと延びる街道に入った辺りでそれは起きた。
快調に走っていた馬車が速度を落とし、あれ?っと思っているうちに馬車は完全に停車する。
どうしたの?と声をかけるより早く
「エリス様。リーリカ様。様子がおかしいです。」
と御者台から客車の小窓を覗き込みアリシアさんがやや緊張した面持ちで報告の声を上げた。
前方には道から僅かに外れたところに馬車が一台とまっているほかは、一見おかしい所は見えないのだけど、前方を同じように窺うリーリカが即座に警戒のオーラのようなものを醸し出したのが分かった。
「エリス様、確かにおかしいです。」
そう告げるリーリカの視線は真っ直ぐに、前方に停まる馬車に注がれていた。
「そうかしら?どこかおかしいトコあるかしら?」
首を傾げ、もう一度よく観察するのだけど風鳴りする林脇の草原に佇む馬車は、茶色く染められた幌の開いた荷台も荷物もそのままに、特に荒らされた様子もなく、そこにただ佇んでいるようだ。
「あの馬車って事みたいだけど……荒らされた様子もないし、どこかおかしいかしら?野営の準備でもしているんじゃなくて?」
「そうですね。でもそれでしたら右側の林の中に馬車を置くでしょう。なにより……」
「なにより?」
私の問いかけに、リーリカは後に続ける。
「御者も見えず、荒らされてもないのに馬がいない。」
「あっ」
声を上げたまさにその時だった。
馬がいるべき馬車の前方で、何やら影が蠢きハッキリとガサガサ、バキバキという、草ずれと、まるで何かをかみ砕くかのような音がハッキリと聞こえたのだった。
「アリシアさんとゴームさんは直ちに客車の中へ。わたしとエリス様で迎撃します。」
言いながらリアゲートを開けるリーリカ。慌てて御者台から飛び降りて、カーゴルーム側からアリシアさんがカーゴ室へと駆け上がってくる。
夢の中にいたゴームさんはその物音になんじゃなんじゃと騒いでいたけど、戦闘になりそうな事を伝えると慌てて客室に飛び込んできた。
「せめてわたくしとリーリカ様が出てから入りなさいドワーフ!そこに居たら出るのに邪魔です」
と罵声を上げるリーリカにもお構いなしに、ゴームさんはガタガタと身体を震わせてオヤスケオヤスケなんてなにやら小声で呟いていた。
「これだから冒険者でもないドワーフは」
なんて更なる追い打ちが掛けられるなか、私とリーリカは狭い通路を這い出して、ゲート横で待機していたアリシアさんを中に入れると、リアゲートをしっかり閉めた。
「リーリカ。なんだかわかる?」
「いえ、そこまでは、ただ、1匹というわけではなさそうです。合図で飛び出しますので、エリス様は馬車周辺の「草刈り」をまずはお願いします。」
返事の代わりに頷いて、私は自身の魔力を練り上げる。
浮かべるイメージは風の刃。低く広がる、草原をかけぬける鎌鼬。
「3」
「「2」」
「1」
「行きます!」
カーゴルームから飛び出す2つの影。
大きく跳ねる黒い影を視界の端に留めながら、私はダガーを引き抜いて、低く構え
「ウィンドエッジ!」
掛け声とともに横凪ぎに払いの一閃。
おしよせる津波のごとく、宙に舞う生い茂る草。
半ばソニックブームと化したその波は、一瞬の沈黙の後バサバサと轟音を立て巨大な緑の津波とその姿を変えて馬車周辺に到達した。
ギィギィ!!と悲鳴にもにた鳴き声を上げたものの正体が、人や馬である筈はなく、馬車の影から緑の巨体が飛びかかってきた。
音のタイミングから見て馬車周辺には、少なくとも3体は居た筈。
「前方最低でも3!」
合図の代わりにリーリカはスカートの中に隠してある黒い短刀を手にすると
、着地と共に再度飛び上がった筈だ。
目で追いきれないけど確かにリーリカは跳んだはず。
ならばと私は次なる魔法を一瞬の逡巡の後行使した。
「アイスミスト!」
意識を集中させた付近を中心に、急速に奪われたその周辺の温度に、シャリシャリという小気味の良い音と共に霜が拡がっていく。
同時に地面には大きくなる2つの影が、やがて3つ4つと増えながら、目の前に落ちたときには落ちた傍から灰へと変わっていった。
灰に還る前にみえたそれは、巨大な三角形の頭。
そして鋭い棘を沢山つけた、鋭利な鎌だった。
トーロウ。つまりは蟷螂、ありていに言えばカマキリの魔物だった。
空中で一回転して私のやや前方に着地したリーリカと共に馬車の奥を見つめると、ギチギチと警戒音を発しながらのそのそと2匹の巨大なカマキリがゆらりと現れ、身体をぐるぐると、どこかのグループが行うダンスのように長細い巨体を回していた。
身体中を霜に覆われた状態でもわかるほど、頭部は血だらけで、それは勿論傷ついたトーロウではなく、食べていた獲物の返り血だった。
「トーロウですか。これでは恐らくもうあの馬車の主は……」
「っ!」
リーリカの呟きに思わず声が詰まる。
そう、サラが教えてくれたトーロウの習性は、待ち伏せの狩り。
恐らく御者台にいたいた人間は即座に首を斬り落とされて絶命、異変を感じて駆けだした馬に斬撃を与えて、力尽きたところで食事の時間となったのだろう。
「冷気で動きは鈍ってるだろうけど、もう一回牽制入れるからその間にお願いね。」
私は魔物から目を逸らさずにそう告げると
「アクアミスト」
と今度は静かに呟いた。
いくらら先程のアイスミストで温度が下がってるとはいえ夏の日中。
どんどんとトーロウの周囲に漂う霧は蒸発し、そして今度は音を立てて霜が氷へと育っていく。
炎天下に大量の微細な水の粒子は、あっというまに蒸発し、周囲の温度を奪い去る。
身体に積もった霜は一度湿り気を帯び、より魔物の身体に密着しながら今度は氷へと姿を変えていくのだ。
以前にアイスミストを重ねても、層が若干厚くなるだけで、間に含まれる空気の層によって断熱されて、2回目以降は大したダメージにならない事を経験した私は、この方法に思い至ったのだった。
勿論そのタイミングはリーリカが見逃すこともなく、素早い彼女の行動によって、あっさりと首を切り離された魔物が2体、その姿を灰へと変えた。
さあ、これで片付いた。とばかりに馬車に近づこうとしたその時、鋭い警告をリーリカが発しながら飛びのいてきた。
「いけません、エリス様。蛆が羽化します!」
直後馬車の前方で黒い爆発が起こる。
立ち昇る黒煙のようなそれの正体はブラッドフライ。
体長およそ3~5センチほどのその魔物は、1匹ならどうという事もないそうだけど、こうした「発生の場」では恐ろしき脅威になる吸血バエだ。
どんどんと湧き上がる黒い煙に顔をひきつらせ有効な手段を模索する。
「とてもじゃないけど1匹1匹相手なんてできないわよね?」
「当たり前です。あれだけの数のブラッドフライですよ?一瞬で取りつかれて身体中の血を抜かれてしまいます!」
リーリカにしては珍しく切羽詰まったようなその叫びに、まるで呼応するかのように馬車の上で黒雲となっているそれは耳障りな羽音を伴って、それはあたかも戦いの幕開けを報せる黒い狼煙だったと言わんばかりに、一斉にこちらに向かってきたのだった。
焦るリーリカをよそに、私は静かに深く思考を巡らせていた。
ダメよ!エリス。慌ててはダメ。そう自分に言い聞かせながら、私は冒険に打って出ることにしたのだった。
こんにちは。
味醂です。
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