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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第二章 消えた常闇の巫女
55/144

インバート

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第55話公開いたします。

少し短いお話ですが、お楽しみください。


#誤字と抜けていた一文追加

 インバート



 国の(まつりごと)には魔が潜むという。

 政敵たる敵対者を陥れ、その地位から引きずり下ろす。


 そうして空いたポストにぬるりと滑り込み、虎視眈々と次なる獲物を付け狙うのだ。


 些細な事も見逃すな、言質を取れ、確かな名声を持つ者ならば、逆に話は簡単だ。

 でっち上げてしまえば名声は地に落ちる。

 それまで築いたものが大きければ大きいほどに、それは地獄の炎となってその者の身に降りかかるのだから。



 絶対統治者として皇帝が手腕を振るうこの帝国でも、その国政のすべてを皇帝自らが執り行うのは物理的に不可能だった。

 そういったお零れにあずかるべく、甘い蜜に群がる黒い虫たちはいくらでもいくらでも湧いてくる。

 流される血は政敵のものか、はたまた民衆のものか。

 その男には既にどちらであろうと興味などなかった。


 ただ貪欲に地位と金を貪って、あらゆる贅と快楽を享受すべく、その男は動くのだ。


 自分の意に沿わないものは潰してしまえばいい。


 その男には、それをしてのけるほどの力が既にあったのだから。



 いずれはあの生意気な皇帝(わかぞう)だって、その座を引きずり降ろしてくれるわ。

 慢心に目を曇らせ、破滅へと突き進む自らの姿を俯瞰している者になど一切気が付きもせず、その醜く肥え太った体を上下に揺らせていた。


 だがそのためには今は金だ。

 女だ。

 自らの欲望を満たすべく、その男は各地を巡っていた。



 次第に近づく都市の影一つ。


 つまらん(ゴミ)だな。男はそんな事を思いつつも、せめて上等な女がいることを願いながら馬車に揺られていたのだった。





 ◇ ◇ ◇



 冷たく磨かれた大理石の執務室。

 世界の中心は此処に在りとまで言わしめた、彼の皇帝はその座に深く腰を掛け、紫煙を(くゆ)らせていた。


 皇帝と執務机を挟んで数枚の報告書を手にした男が直立不動の姿をとっている。


「被害はどうだ?」


「は。エルザの街は壊滅。生存者はいないようです。」


「街一つか。少々高くついたが、奴めこちらが手を下す前に自ら橋を踏み外したと見える。奴の死体は確認しているな?」


「は、胴体の近くに転がっていた首は間違いなく大臣のものでした。」


「よろしい。しかしエルザで何があったか見届けきれなかったのは悔やまれるな。」


 そう言って皇帝は机の上に安置してあった水晶玉を覗き込む。

 そこに映るのは燃え落ち燻ぶる残り火と、辺り一帯を覆う黒煙うずまく廃墟となった街だった。


「無理だとは思うが調査はしておけよ。それを復興可能かどうかを見極めろ。入植に必要な人数とその選定も急げ。」


「直ちに。それでは私はこれで。」


 軍靴を響かせ足早に立ち去る将校を見送り、皇帝は窓辺の本棚に言葉を投げかける。


「して賢者殿は今回の件、どう見る?」



 するとそこには、いつからいたのか、古めかしいローブ姿の男が浮かび上がり


「どうでしょうな。黒の神子(みこ)が何者かを庇って串刺し(・・・)にされたところでこちらの水晶が割れてしまいましたからな。そんなにヤワなものではないのでございますが」


「そうか。奴め、そろそろ事を起こすだろうと監視はしていたものの、まさか竜の尾でも踏みつけたのではないだろうな?」


「ははは、御冗談を。しかし信仰厚いシスターとの報告を受けていますので、或いは神罰。そんな可能性も御座いましょうが……それだと住民が皆殺し、というのもおかしな話ですな。」


「奴に持たせていた水晶はもう追えんのか?」


「残念ながら対になる水晶は砕けてしまいましたので。あれは既にただの現身球うつしみたまに過ぎません」


「新たなる工夫が必要か。いいだろう、研究に必要な金子を用意させる。賢者殿は身を潜め研究に邁進されよ」


「それは願ったりもないお言葉。きっと満足のゆくものに仕上げてみせましょう。」


「うむ。任せたぞ。」


 ほどなくして大理石の執務室から賢者と呼ばれる者の気配が消え、そして彼の賢者は二度とこの皇都に戻ることはなかったのだった。




 ◇ ◇ ◇




 反転する。


 何かがいけなかったのか?


 今日だってこれまでと変わらないノートが一枚めくられて、変わらぬ日々を慎ましく過ごしていた筈だったのに。


 焼け落ち、野晒しとなった女神像の前で私は立ち竦んでいた。

 立派だった礼拝堂の屋根は落ち、女神像に突き破られる形ですでに瓦礫へとその姿を変えていた。


 輝いていた幻窓は半ば崩れ落ち、哀れに砕け、街を燃やす炎の光を周囲へと不気味に投影している。


 床に広がる水たまりは僅かに粘り気を帯びて、ねっとりとした感触を靴底へと伝えていた。

 先程までそこに横たわっていた者の形だけがくっきりと石畳の床を露出させ、光となって消えてしまったそれを連想させるのは、流れ落ち溜まったこの粘り気のある赤い水溜まりのみだった。



 どうしてこうなった?


 今際いまわの際に彼女が使ったのは、悲願サプリケーション

 彼女は何を願ったというのだろう?

 考える必要すらない。



 彼女が守ろうとした、彼女が愛した一人の騎士を。

 今生で結ばれることのないその者との、その再会を。



 彼女は自らの神に願ったのだろう。




 自らの亡骸すらも残らぬ願いに、私はただ喪失と、うち捨てられた子猫のような寂しさを携えて、こうしてただ立ち尽くしているしかないのだから。


 あれほどまでに献身的に、その身を捧げた者たちへ、彼らが逸らした目は裏切りの目のほかないだろう。

 わが身を案じて切り捨てたのだ。

 身体を張ってこの街を守ってきた騎士や、シスターを。


 醜く肥えた、塵芥(ちりあくた)にも等しい下等な大臣(ブタ)に、目をつけられまいと差し出したのだ。


 喉の底から妬けるような渇望が、私を支配する。


 嗚呼わたくしはなにものなのか。



 血に塗れた手で転がるソレを拾い上げ、魔力を通す。


 にわかに光るその珠に最初に映し出されるのは真紅に光る瞳と――



 真名:マリス・ラスティ・ブラッドノート

 種族:ヴァンパイア



 自分わたしの真名とその正体。



 不意に足元に触れる感触に、そちらを見れば、そこには既にその身体に何本もの槍を受け、瀕死となっている若者の姿があった。


 私に悲願は使えない。

 癒しの光(キュアライト)でも既に手遅れだろう。ならば。




 跪き、彼を優しく抱き上げて、その首筋に私は静かに口づけをする。


 僅かににじみ出る血が純白の髪を赤く染めていき


 やがて彼がうっすらと瞼をあけるとこう言ったのだ。


「アル。黒き神子と白き聖女はついさっき殺された。その報いにまずはこの皇国(くに)を潰しましょう。」




 後に『厄災の緋眼』の二つ名で呼ばれることになる少女。

 マリス・ラスティ・ブラッドノートの苦痛の物語はここから始まることとなる。





こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第55話をお読みいただきました皆様、有難うございます。

本日で投稿開始から1か月となり、明日からは2か月目に入ります。

丁度キリの良い話で、この作品の一つの軸になる話のさわりだけですが、書くことが出来良かったです。


55話の副題は建築的用語の意味と、音楽的用語他の2つ以上の意味でつけさせていただきました。

あんまりこういう事書いちゃダメなのでしょうけど。


それではまた次回 気が付けばエルフ 第56話でお会いしましょう。

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