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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第二章 消えた常闇の巫女
45/144

失くし物の意味

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第45話公開です。


ごゆっくりお楽しみください。

 失くし物の意味




 長く響く鳴き声が響く頃。

 暁に僅かにその闇を薄められた見慣れない天井が私を出迎える。


 時折肩にかかる吐息に大切なものを失くしていないことを感謝した。

 乱れて顔に張り付いてしまった黒髪をそっと整えて、露わになった切れ長の目尻にそっと顔を近づけると―



 舌に残るささやかな塩気を感じつつ、私はこの世界にやってきた翌日の朝の事を思い出していた。


 あれ?おかしいな。これじゃサラと一緒じゃない。




 迷い子を起こしてしまわぬように熱気の籠る布団から這い出すと、テラスに歩み出て流れる水音を響かせる湯舟に横たえるように沈み込んだ。



 ぬるりとした感触に似た炭酸に包まれながら、ぼんやりと見え出したその海と空の曖昧な境界を見つめるのだった。



 人は生まれながらにして迷子(まよいご)なのだ。


 遠い記憶の彼方に父が言っていたことを思い出した。

 そして迷ったときは、前を向きなさい。

 過ぎ去った日を変えることはできないからこそ、前を向きなさいと。

 まだ幼くて、その意味も良く判らなかった私に父が贈った言葉であり、父もまた常に迷っているのだと。


 自分の足で超えられない道は、誰かと手をつないで超えればいいのだと。


 父がつけたという慧美という名には、理を見抜き、懐疑を信義に変える知性を表しているのだという。

 そして流れるままに一瞬でその身を焼き尽くしていく彗星ではなく、心のもとに、つまりは自らの意志で心を燃やして生きてほしいと願いつけたそうだ。


 いまとなっては失われてしまったその名前に恥じないように、私はまず私に出来ることを順番にこなしていこうと心に誓うのだった。


 大丈夫、その名前に詰め込まれた想いを私は忘れないよ。お父さん。



 背後に足音を感じて振り返ると、ベッドから抜け出してきたリーリカの姿が明るさを取り戻しつつある空に照らされていた。

 まだ暗い部屋に浮かび上がるような白い肌。そのコントラストに脚線美が強調されたような錯覚すら覚える。。

 なにか言いかけた彼女を私は手を上げて制すると少し横にずれ、隙間をあけてリーリカを誘った。


「綺麗ね。夜が明けるわ。」


「はい。」


 曖昧さを失くし、ハッキリとわかる水平線が一際輝く光景を、私とリーリカは寄り添いながら静かに見つめるのだった。


 ◇ ◇ ◇



 部屋の一角に積み上げられた箱の山を背にして、私は納品書の確認に追われていた。

 なにせ五十個以上の箱があるので組みになる個口をまちがえたら大変だ。


 配達方法をリオンの山百合の支配人さんに相談したところ、ドレスルームを貸してくれることになったのだ。

 今日より十日の間に、確認を兼ねて引き取りに来てもらうようにと、対象となる家に使いまで出してくれたのだった。



 初日ということもありどの程度の人数が引き取りに現れるかは謎だったものの、到着を待ちわびていたのか本人直々に受け取りに来る人が多かったのには驚いた。


 場所がドレスルームということで、すぐに試着が出来ますよと声をかけると、ほとんどの購入者が嬉しそうに試着を希望した。


 試着する購入者の方にはクレアさんが付き添ってくれていて、リーリカは真新しい、深緑を基調にしたメイド服に身を包み、私のサポートや、新たに訪れた引き取り希望者の対応にあたっていた。


 ドレスを試着して不具合が無いことを確認した購入者には、解放されたサロンでお茶が振舞われることになっており、すでにそちらはちょっとしたお茶会の様相を呈しているそうだ。



「リーリカ、次40番が二個口よ。40-2も一緒に用意して。」


「畏まりました。」


 なんて私が読み上げて、リーリカが用意するといったやり取りが延々と繰り返される中、試着組を見ていたクレアさんは装備化したドレスの着用性の高さに関心しきりといった様子で、無償提供されているサロンの給仕達は予想以上に集まっていく心づけ(チップ)にサービスを加熱させているようだった。


 配置格差を埋めるために山百合の従業員たちは、手に入れたチップを集めて配分する決まりがあるようで、従業員が存分に潤い、サービスが向上するとなれば未来の顧客も期待できると支配人も顔を綻ばせていた。


 リオンの山百合はサロンの貸し出しなども行っているのだから、なにも宿泊者だけがお客様というわけでは無いのだから。



 結局8着の引き取りが行われた初日。

 途中サロンでそのままランチ会となり、そちらの方に引っ張り出されたり、御友人を伴って引き取りに来る人が多かったために、更なる新規注文が増えたりと、大忙しの一日目がついに終わろうとしていた。



「今日は流石に終わりですかな?」


 夕方やってきた支配人さんは、戦場の跡のような様相のドレスルームを眺めながら、満足げに頷いた。


「随分とお手を煩わせてしまったようですみませんでした。」


「いやいや、いいの宣伝になりましたからな。それに従業員も存分に潤った様子、不満は出ないでしょう」


 そんな言葉を交わしつつ、こんな状況がしばらく続くのかと思うと口の端が思わず引き攣ってしまいそうになる。


「今日は待ちかねた初日という事ですから、明日からは少し落ち着くでしょう。ただ……」


「ただ?」


 言葉を区切るリーリカに首を傾げ、続く言葉を待つ。


「そうですね、すべての納品が終わったとしても、しばらくドレスの注文に訪れる人が来るかもしれません。」


 そうだった、今日受けた新規の注文だけでも十着を超えているのだ。

 噂を聞きつけた貴族層が押しかけてくる可能性は、むしろ押しかけてこない自制心に期待するというのは難しいだろう。貴族というものは、そういうものなのだから。



 ◇ ◇ ◇




 部屋に引き上げた私はリーリカと一緒にテラスに立っていた。

 眼下に広がる王都の街並みは整然としており、貴族の居住街と商業区の境近くにあるこのリオンの山百合の立地の良さも手伝って、商業区以下を一望できた。


「思ったよりずっと広いのね。王城から貴族街がつづいて、商業区、市民区、そしてまた商業区、港湾区かしら?」


「そうですね。港湾区でも左手奥のほうは漁業区ですね。貿易として力をつける前はこの辺りは漁村だったと聞きますから。今でも漁業は盛んなようです。」



「過去の有事の際には周辺の人々を受容れて籠城したって話だけど、本当かしら?」


「詳しい話は分かりませんが、過去にそういったことは実際に何度かあったようですね。元々海産物で自給できるような都市ですから。」


 あれやこれやと話を聞きながら、私はちょっとした旅行気分に浸っていた。

 勿論王都観光はするつもりでいるけれど、まずは残っている42着の納品が終わるまで、私たちがこの宿から離れるわけにもいかない。


 そうするとせめて話だけでもという事になり、こうしてリーリカにあれこれと聞いてたのだ。



「そろそろ夕暮れの風が強まります。お嬢様方、お茶は如何ですか?」


 テラスではしゃぐ私達、いや、はしゃいでいたのは主に私だけだけど、クレアさんがお茶を入れてくれる。


 特に意識をせずに手に取ったカップの中身は


「これ緑茶じゃない!」


 思わず叫んでしまった。


「申し訳ありません、お嫌いでしたか?すぐに替えを……」


 なんてクレアさんが慌てて謝ろうとしているのを慌てて引き留め


「ごめんなさい、まさか緑茶があるとは思わなかったから、ちょっとびっくりしただけなの。」


「そうでしたか、中にはお嫌いな方もいらっしゃいますので、てっきりそうなのかと」

 と、クレアさんは安堵の表情を浮かべる。


「東の大陸と北の大陸東部にしか出回らないお茶ですからね。」


 というリーリカの言葉に、そう言えば前の世界でもその辺り以外は大体発酵させるかした紅茶や番茶に近いものだったなと妙な共通点を見つけてしまった。


 どうせなら、これでどら焼きでもお茶うけにあれば言う事ないのだけど、さすがにそこまで求めるのは贅沢だろうか。



 それにしてもこの時は、ちょっとお仕事ついでの観光で、すぐにシリウスに帰るとばかり思っていた私達。

 まさかこの数日後に事態が大きく動き出すなんて、思ってもいなかったのに。





こんにちは。


味醂です。


気が付けばエルフ 第45話をお読みいただきありがとうございます。

また評価やブクマ、ツイッターのリツイなとご支援いただいております方にも重ねてお礼申し上げます。


随分と執筆に時間がかかってしまった話の割に、変わり映えしないという。。



それではまた次回 気が付けがエルフ 第46話でお会いしましょう。

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