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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第二章 消えた常闇の巫女
44/144

琴線

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第44話公開です。


お待たせいたしました。

区切りの都合で少々短いお話です。


 琴線



 柔らかなソファーに身を沈めながら、湯上りの火照った身体をゆっくりと冷ましていく。

 窓の外を見れば茜に染まった海が、静かに何処までも続いているようにすら見える。

 夕暮れの強まる風に水面には砕いた硝子を撒き散らしたかのように煌いて、闇に溶け込むまでの僅かな時に抗っているかにも見えた。



 これでサンセットでも見えれば、それはまた格別なのだろうけれど、生憎と海は東側なので見えるとすればライジングだけだろう。


 部屋の燭台には既に灯がともされて、柔らかい光で壁面を照らしていた。


「お嬢様方、まもなくお召し物の準備が整います。今しばらくお待ちください。」


 などと作業報告をしながら紅茶を淹れてくれたのは、この部屋付きの給仕の女性だった。


 クレアと名乗ったその彼女は年齢は20代半ば過ぎ、やや背が高くグラマラスな大人な雰囲気であるにもかかわらず、そのくびれたウェストは反則なんじゃないかと思う程。

 甘栗色のふんわりとしたロングカールの髪がブラウスの胸元に優しく揺れる様は、なんらかの吸引力を思わせる魅力が漂っていた。



 以前より数段素敵に成長?した筈の自分のバストと見比べつつも、思わずため息が出てしまうほどだ。



 それにしてもこの既視感にも似た光景。


 やっぱり避けて通ることは出来ないのだろうなとリーリカの様子を窺えば、既に諦めたと言わんばかりの表情で、だまって紅茶を飲んでいたりする。




 このリオンの山百合亭に到着するなり、ミーシャはその異様な雰囲気に呑まれてしまい、慌てて自分の馬を連れて去っていってしまった。

 引き留めも空しく去っていく姿を、私は唖然と見送るしか出来なかったのが残念だった。

 ナラシーで完了サインを書いておけたことだけが、せめてもの救いだったのだけど。



 リオンの支配人さんにシリウスの支配人さんから預かった封筒を渡した私は、半ば予感していた通りにドレスルームへ連れて行かれ、結構な数のドレスを装備化することになった。

 驚いたのはここ王都の山百合でもベロニカさんのドレスが置かれていたことだったけれど、まさか山百合がチェーン展開されていた事実の方が驚愕だ。


 私は単純に、「良い宿がありますので紹介状を書きましょう」と、シリウスの支配人さんに言われ、伝えられたままの場所に来ただけだったのだから。


 確かに、良い宿だけど、良すぎる宿に果たして私は釣り合っているのだろうか?

 どうにもそちらの方が気になって仕方がなかった。



 ◇ ◇ ◇



 いい意味で、見事に予想を裏切られた。


 用意されたドレスを着たリーリカを見て、私は思わず見惚れてしまった。


 まずドレスの造りだけど、これはなんというか着物とドレスが融合したようなものだった。

 腰から上はほとんど着物。

 なにより正絹を思わせる地紋の付いた白い地に、菖蒲色(あやめいろ)で染め抜かれた草花がなんとも和服のようで、振袖を思わせる大きな袖に繊細な染付がしてあった。

 襦袢の襟には花を模したレースが飾られており、そのレースの花は絞り染めのような染め抜きがされていたのだ。


 帯のように見えるコルセットは革製で、こちらは茄子色に染められていて、その上から更に白いサッシュが帯締めのように巻かれていた。


 下半身部分は上の着物の『前身ごろ』部分を中ほどでV字に切り取るようにカットされ、その内側に黒いフレアスカートのようなロング丈のスカートを着用していた。




 対して私のドレスはというと構成こそ似ているものの、その色は強いて言うならば藍色。

 白の生地を絞りで藍で染め抜きをして、深海から水面に至るようなグラデーション。

 スカートは光沢のある灰色で、そこに緋が走るが如くにサッシュが彩を添える。



 話を聞けば東の大陸から伝わる民族衣装をアレンジって……

 ほとんど和装のような民族衣装なのだろうかと、妙に興味が湧いてしまった。



 とどめとばかりにその日のディナー会場で、まぎれもない米料理が出てきたものだから折角忘れかけていた前の世界の食卓が急に恋しくなってしまったのだった。


 ああ、この世界に海苔とかないのかしら?

 せめて海苔を付けた塩むすび位なら、再現できるかしら?


 なんて落ち着きなくその日のディナーを食べ進めたのだった。


 ◇ ◇ ◇



 月明かりに浮かび上がるベッドの上で、私はリーリカの髪を梳かしながら先程から気になって仕方のなかったことを聞いてみることにした。


「ねぇ。リーリカ?東の大陸の出身と聞いたのだけど、やっぱり向こうではお米が主食だったりするのかしら?」


「確かに米は比較的食べられることの多いものですが、主食というほどでは。小麦で作った麺料理のほうが一般的でしょうか。」


 少々期待と違う残念な答えだったにも関わらず、私の中で諦めきれない何かが疼いてしまう。


「それはどんな料理なのかしら?」


 私的にはうどん的な何かだと非常に嬉しい答えなのだけど……


「こちらではあまりない調味料で作られたスープに入れられたものですね。」


 期待通りの回答に胸が高鳴ってしまった。


「そのうち東の大陸を旅してみない?」


「………………申し訳ありません。」


 それとなく誘導してみる私だったものの、身を固くして、ただそれだけ答えるリーリカの思わぬ反応に、やってしまったという後悔の念で胸が溢れそうになる。


 気が付けば、大粒の涙を零しながら、啜り泣くリーリカに


「ごめんね。よく判らないけど、嫌な事思い出させちゃったんだね。ごめんね。」


 と、ただ謝りながらその胸に抱きしめる事しか出来なくなってしまったのだった。

 光の届かない水底のように深い彼女の心の傷を、私はどうしたら埋めてあげることが出来るのだろうか?


 彼女が泣き疲れて寝てしまうまでの間、私はずっとそのことを漠然と考えていたのだった。




 ◇ ◇ ◇




 夢を見ている


 黒く染まる森の奥から聞こえる口伝の歌




 血にまみれ


 泥にまみれ


 狂気にまみれたその森で


 その少女は啜り泣きながら歩くのだ


 夜霧を求めて歩くのだ




 少女の耳に届くのは


 嘲笑と


 侮蔑にまみれた陰口で


 ただの一度も誰からも


 愛されることのない己への


 背負いし業の深淵を


 紫魂の封を解き放ち


 異形に心を奪われし


 母の命を吸い尽くし


 影縫い留めた懐刀を


 携え森をあとにした





 ――待ってて。きっと私が……



 また一つ。

 私に目標が出来たのだった。





こんにちは。


味醂です。


気が付けばエルフ 第44話をお読みくださいましてありがとうございます。



短い上に、重いラストで区切ってまして申し訳ないです。


それではまた次回、気が付けばエルフ第45話でお会いしましょう。

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