塩の街道
こんにちは。
味醂です。
お待たせいたしました、気が付けばエルフ 第42話公開です。
ごゆっくりお楽しみください。
塩の街道
「ではここからミーシャは、あくまで同行者ということで、良いですね?シバールさん」
ナラシーの街に着いたところでたたき起こされた彼は、雇い主であるこの銀髪のエルフに念を押された。
元々ナラシーとリオンまでの二組体勢だった護衛兼御者の仕事だったため、彼らはどうせならとリオンまでの長い仕事を選んでいた。
先着に優先権のあるという、その区間分けを首尾よく手に入れたまでは良かったものの、初日の夜のちょっとした失態が明るみになり、報酬の一部カットを受容れざる得ない状況だった。
「ああ、分かってるから大丈夫だって、そんなに睨むなよ?」
彼の目の前には今回の依頼者である銀髪のエルフと、そのメイド。
そしてケモミミの少女。さらにはなぜか彼の妻で、ある意味共犯者であるはずのスーまでもが腕を組んで立ちはだかっていた。
もっとも色々と言いたいところがある彼も、その人生の経験上、そこに敢えて触れることはしない。
狂える虎の尾を自ら踏みに行くほど彼は愚かではなかった。
昼食と食料の補充を終えた一行が僅かな滞在時間のあとナラシーの街を去っていく。
その姿を遠く離れた建物の影から見送っていた者がいたとは気が付かずに。
◇ ◇ ◇
二頭の馬が繋がれた馬車は快調に街道を走っていた。
複雑な形状の入り江を避けて、岬の真ん中を縦貫するように整備された街道は次第にその勾配と、複雑な曲りを増やしていく。
王都へ続く道だというのに不便な事だと思うものも多いその峠越えなのだが、逆に言えばそのような立地であるから王都に選ばれた理由の一つでもあった。
天然の防衛線。
私はそんな事を考えながら、こちらの世界にきてから教わったこの国の成り立ちを、振り返っていた。
少し歴史の話をしましょう。
元々岬の先にある港町が原型のリオンは興国の際には西へ西へと勢力を伸ばすことになったのだが、当時小国の入り乱れるその北の大陸では、じっくりと時間をかけて周囲の小国を併合するほかなかったのだ。
貿易王として名を馳せた初代国王は実に忍耐強い性格の持ち主だったようで、自国は港を主軸に置いた東の大陸との貿易で国力を確保しつつ、海水塩という生活に欠かせない上に安価な物資を制することで、周囲の小国を併合していった。
この世界にも岩塩と呼ばれる山中などで確保できる塩の結晶はあったものの、産出されるその量は非常に少なく、また運搬のコストもかさむ為に非常に高価なものだった。
そして電気の無いこの世界の保存食といえば、塩漬けが最もシンプルな保存方法で、それを除けば精々、燻製やキノコなどの乾物、発酵といった手段に頼るしかない。
そうした事情により、併合された小国では、安価な海水塩が大量に流れ込むに従い、その食糧事情は劇的に改善し、それはそのまま働き手となる人間の生産力の向上につながった。
結果的にその恩恵に与りたい為に、対立よりは併合の道を歩んだ小国が多く、ノーザ王国の大部分が平定されるにあたって流れた血の量は意外なほどに少ないものだった。
そういった面も含めて、貿易によって強大な国を創り上げし王、という評判は確固たるものへとなったのだが。
勿論すべての国がそうした併合の道を歩んだわけでもなく、時折あった戦争時には、軍隊を派遣するのではなく、周辺の街や村からすべての人を王都へ避難させ、立て籠もることで敵の補給路を長く細く、無駄に消耗させて、退けたのだそうだ。
いくら土地を一時的に奪ったとして、それを耕す者がいなければ、意味をなさないのだから。
分散したところへ少数精鋭の部隊を送り込めば、そこは士気が低下しきった烏合の衆のような敵兵。
とても戦争にならなかったそうである。
それにしても、いい加減な人数であろう人間を収容できる王都とはいかなるものか?
私はそちらのほうが気になってしかたなかったのだ。
◇ ◇ ◇
「暑いの。……にゃ。」
「もう無理にその『にゃ』とかいう語尾を付ける必要はないのでは?」
私はケモミミ少女に抱き付いて、幸せそうに眠るエリスお嬢様をみながら呆れながらに言う。
「いい、のかな?」
「よいのでは?」
自身の依頼区分をこなし、旅の道ずれとなったこの猫耳の同伴者に対し、エリスは奇妙な語尾を要求したり、何かにつけてその耳やシッポを触ったりしながらの奇行を繰り返していた。
ネコミミは正義。だとか、やっぱりケモミミといえばネコミミだよね、だとか鼻息荒く語る彼女はある意味とても新鮮で、同時に少し寂しさを感じていた。
ナラシーから王都リオンまでの街道には、実は細工が施されており、ほとんど魔物を寄せ付けないのだ。
路傍に置かれる守り石。勿論有事の際には回収されるというそれは、街道への結界のようなものだ。
そのような物があるおかげで、結果的に移動速度は上がり、更に馬車が二頭立てになっていることからも、傾斜路を苦労なく超えられている。
もう一晩野営をして明日の昼には王都につくはずなので、この寂しさももう少しの辛抱。と言い聞かせながら手持無沙汰な私は短刀の手入れをすることにした。
エプロンドレスの裾に手を入れて太腿に装着してあるベルトから取り出した一本の短刀。
実は懐刀で、これと対になる刀がもう一本存在するはずなのだが、そちらの行方は目下不明。
ダークダマスク、ダークダマスカス、なんて名前で呼ばれる合金で作られた『影縫』と『夜霧』。
私が託されているのはそのうちの懐刀『影縫』だった。
私の人生を狂わせた夜霧はいまどこに?
ある日持ち去られたその一振りの退魔刀と、その奪還を課せられた少女。
そして既に滅ぼされたと聞く自身の出身地。
「今の私には関係のないことですね。」
「にゃ?」
そう自分で締めくくった呟きに、やはり妙な語尾そのものだけで問い直すミーシャ。
いつの間にか懐に入り込み、気が付けばその大きさを無視できないものとまでしてしまう美しき妖精。
エリスお嬢様は結局は、エリスお嬢様なのだ。
「いえ、なんでもありません。お気になさらず。」
ミーシャに応えつつ私は手入れを始めたのだった。
◇ ◇ ◇
夢をみている。
空中に浮かんだままの私は眼下を見下ろす。
四方をぐるりと山に囲まれた間にぽっかりと空いた穴に見えるのは森だった。
黒く染まった森。
中心には一際大きな巨木が聳え立ち、しかしその幹は大空へと続く途中で大きく裂けており、既にその役目を終えようとしていた。
裂けて、折れた幹の先端部分は長々とその姿を横たえ、大地へと還るその時をゆっくりと待っているようだ。
フラッシュのように幻視されるのは、青々とした森の中心に聳え立つ、瑞々しい若葉をその梢に沢山つけた、在りし日の巨木の姿。
そう、その樹が世界樹と呼ばれていた、いつかの幻想。
ここはどこ?
世界の東の果ての森
世界樹って何?
エッセンスの精製器
エッセンスって何?
それは魂の……ザッ
突然バンドがずれたラジオのようなノイズにかき消され、私は目を覚ました。
「あ、ミーシャちゃん、リーリカおはよう。」
私は伸びをしながらまだ手に握っていたもふもふの枕、もといシッポを慌てて離しながら挨拶をする。
どうにも眠くて耐えられないので、ミーシャちゃんの柔らかな毛並みの感触を楽しみながらすっかり熟睡していた私。
そんな私の顔をみて、そして自分の尻尾を見て何かに気が付いたミーシャちゃんは、少し悲しそうにして、
「……涎。。」
と固まってしまったシッポを見つめていた。
「わ、ごめんなさい。あとでちゃんと洗ってあげるから、ね?」
そのことに気が付いて、慌てて謝ると
「我慢、するの。」
へたりとする大きな耳。
やはりしょんぼりとしてしまった。
「エリス様。」
そう言ってリーリカが手に持った手拭で私の口元を拭う。
うわあ、涎垂らしながら昼寝するとか……
自分の事ながらその事実に引いてしまった。
「そ、それにしても静かなものね?どう?順調そう?」
周囲を見回すとなんだか結構な山間に作られた道を馬車はゆっくりと進んでいた。
「もうじき峠の広場ですね。今夜はそこで野営します。」
「岬を縦貫する街道って聞いてたから、ちょっとイメージちがうなぁ。」
「この辺りは結構起伏が激しい峰になってますからね、流石に真っ直ぐというわけにはいかないでしょう。」
急がば回れという言葉があるものの、そこは技術力でカバーして、トンネルを掘り進んで真っ直ぐにしてしまう事を得意としていた人種出身の私としては、いまだこうした部分で世界の常識にズレがある。
いい加減に慣れなければいけないとはおもいつつ、一七年間積み重ねた先入観と常識というものは、そこまで急激に変えられることではない。
そういえば、こんな風に異世界に転移とか転生してしまった主人公たちを扱う題材の話ではどうだったっけ?
なんてとりとめのない事を考えてるうちに、遠くに上がる煙を見た。
「もしかしてあそこがキャンプ地なの?」
指さしながら聞けばリーリカは静かに頷いた。
ちなみに、荷台のスーさんはといえば、今日も今日とて願掛けのおもちゃを削り出している。
平和な事は良い事だ。
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ第42話をお読みいただきました皆様、ありがとうございます。
平日は特に仕事の都合で執筆に充てる時間がなかなか取れないために、更新量が減りますがご容赦ください。
それではまた次回 気が付けばエルフ第43話でお会いしましょう。




