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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第二章 消えた常闇の巫女
41/144

熱帯雨林

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第41話公開です。


ごゆっくりお楽しみください。

 熱帯雨林




 夢をみている。


 真っ暗で黒い夢。


 不意に感じる森の香り。

 さらに漂う



 濃厚な血の匂い



 その者がその場所を訪れたのは、ほんの気まぐれだったという。

 風の向くまま、気の向くままに漂っていたソレは、僅かに乱れた力の流れに興味を惹かれ、水面に落ちた銀貨に魚が食いつくように、ほとんど反射的にそこへと向かっていた。


 枯れ果てた古の巨木のウロの奥、建てられた社の周囲には何重にも結界が張られ、厳重に監視されていた。


 異変に気が付いた者がなにやら声をあげては飛び掛かってくるものの、誰一人その者に刃を届かせるに至ったものはいなかった。


 その者の周囲に渦巻く何かに触れた瞬間に、飛び掛かった者はすべてを吸い尽くされていたのだから。


 社から何者かが歩み出てくる。


「何奴じゃ。ここは妖魔の来るべき場所ではない。立ち去るが良い。さもなくばお前なぞ、あっという間に常闇様に取り込まれてしまうぞ。」



 その老人が何を言っているのかはその者には理解できなかったものの、老人の奥に僅かに興味を引くモノがいた。


 真っ黒な闇を纏い魂にまで食い込んだそれは、とてもとても美しい闇そのものだった。


 少しばかり考えて、妖魔と呼ばれたその者は、老人を社の戸口に縫い付けると、血のように光る眼を細めて立ち去った。



 いずれ我が血肉となるだろうその美しい闇に心を馳せながら。

 その者は西へと飛び去って行った。



 ◇ ◇ ◇



 内海特有の湿り気の強い空気。

 いよいよ夏となったここノーザ王国の高温多湿の気候は過ごし難い。

 それでも周辺の国よりも、他の大陸よりも地理的に緯度の高いこの国は、比較的気温は低いほうなのだそうだ。


 何かが纏わりつくようなその不快感に辟易としながら目を覚ますと、いまだ夜は開けていなかった。

 横を見ればリーリカの胸元には月明かりに反射する汗がびっしりと珠のようになっていた。


 私は懐から手拭を出すとそっと胸元に手を滑り込ませ汗を拭っていく。

 流石に寝ている時は着けてないか。

 なんて考えながら、モゾモゾと艶めかしく動くリーリカを右腕で抱えつつなんとか拭き終えることに成功した。


 ナラシーの街までは、海岸近くの街道を、明日半日も馬車を走らせれば到着する筈だった。

 今日の野営はこの半客車の屋根に取り付けられた金具に、幌のように天幕で延長して即席のテント、というか寧ろキャンピングカーのような様相になっている馬車で行えるので比較的準備は簡単だった。


 勿論街道から少しはずれた林の中、見張りが必要なので通常は交代であたるものだけど、今夜はシバールとスーが夜警にあたってくれるということで、私たち三人は早々に寝てしまったのだ。


 もっとも、この辺りで警戒すべきは野生動物や魔物といったものよりも、主に「人間」だった。


 私のいた世界と違い、電気の無いこの世界では夜は真っ暗闇である。

 その分星や月が明るく感じるものの、おそらく住んでいるであろう人類の数が、比べ物にならないほど少ないのだ。

 人気のない、闇の世界。海が近く、街道も近い。

 そんな場所で街道に目に留まるように馬車1台でキャンプしていたら、襲ってくれと言わんばかりの行為だった。


 逆に大きな商隊などは敢えて沢山で目立つところで、キャンプすることで、大勢の人間がいることを報せて危険を避ける。


 夜盗にしてもそんなリスクは無理に侵すはずはなく、少数の場合はこうして焚火もせずに、ひっそりと見えない場所でコッソリ夜を明かすのだ。


 ちなみに、一人旅などの場合は、木の上にロープを張って、草木で下側を迷彩カモフラージュしたハンモックなどを作って寝るものも多いらしい。


 天幕の継ぎ目を少しめくって周囲を窺ってみたものの、一見したところスー達の気配はしなかった……のだが。


 意識をむけた私には、二人がハッキリとどこにいるかわかってしまった。

 いや、聞こえてしまった。


 風に揺られる草木の騒めきに紛れて聞こえる、人為的なリズムで擦れる草の音。

 押し殺した吐息が、甘く漏れるその嬌声が。


 これはつまり。


「アレ………………よね?」


 ゴクリ。

 だとか、ピクピクだとか。

 喉やら耳やらからその時擬音が鳴ったかは定かではなかったけれど、一度意識を向けて聞こえてしまったものからは、なかなか意識を逸らせずにいた。



 むしろ集中して聞き入ってしまっていた。

 高鳴る鼓動は背徳感を呼び、その背徳感がさらに鼓動を高めていく、そんな何処までも上り詰めてしまうようなスパイラルに身じろぐ。


 暑い。それとも熱い?

 心なしか即席コテージのような客車内が、その熱気と湿度を跳ね上げたような錯覚すらした。


 どれくらいそうしていたのだろう?

 ゴソゴソとした物音にギョッとしてそちらを見ると、そこには獣人に見合った聴覚により、すっかりと「アテ」られた目も虚ろなミーシャの姿があったのだ。


 指を咥えたまま焦点の定まらない目が、確かに私と交差する。

 ビクッと一瞬身を固くしたものの、モゾモゾと丸くなったミーシャの尻尾が大きく跳ねた。

 そのまま小さな吐息を漏らしつつ、時折そのシッポをパタン、パタンと動かしながら、やがてミーシャは何度か身体を小さく震わせた。


 そのまま耳を伏して動かなくなってしまった彼女のやや後に、外からは一際大きな嬌声が上がり……


 ダンッと大きな音を立て、立ち上がったのは寝ていたはずのリーリカだった。


 四つん這いの状態で馬車の外を窺う私。


 ハァハァと息を荒げて硬直するミーシャ。


 それぞれを視線だけで確認すると、氷のような表情で、仁王立ちになっているリーリカ。


「エリス様。起こしてしまったようで申し訳ありません。五月蠅い虫がいるようなので退治してきます。」


 上がり切っていた温度と湿度が急激に下がった気がした。



 私はおもむろに荷物を漁るとワインの瓶を探し当て、ゴクゴクとそのまま飲むと間もなく意識を手放した。


 だって、こんなときなんて声を掛けたらいいのか分からないじゃない!



 翌朝。


 私たちが起き出すときまで、リーリカの監視の元、土下座をさせられていたのがシバールとスーだったのは言うまでもない。


 ◇ ◇ ◇



 狭い御者台の上で私とリーリカは肩を並べて手綱を握っていた。


 昨夜不祥事を起こした二人は目下荷台で爆睡中。

 ミーシャは自分の馬に乗って横から私にアドバイスをしてくれている。


 どうも彼女は馬とある程度意志を疎通することが出来るようで、それを元に私の手綱さばきに指示を加えていた。

 リーリカも馬は扱えるそうだが、目下何かあった時のための補助に徹してくれている。



 もっとも馬は賢い動物なので、人がある程度考えている事もわかるし、あまりに変な指示は適度に無視して、馬の方でその速度や方向を微調整してくれていた。


 リーリカ曰く、無理に指示を出さずにある程度馬に任せた方が馬も疲れないとのことで、その言葉にはミーシャも大きく頷いていた。


「あ、もしかしてあれがナラシーかな?」


 前方にぼんやり見えてきた人工の建造物を視界に捉え聞いてみると、どうやらその通りらしかった。


「ではここからは私が手綱を持ちましょう。」


 とリーリカに手綱を任すと私はすっかりと暇になってしまったのだった。



 こっそりのぞき窓から後ろをみると二人はまだ夢の中。

 まあ、あれだけ激しく運動したあと、朝まで土下座していたので仕方ないとはいえ、これは果たして如何なものだろう。


 そんな視線に気が付いたのかミーシャは何かを思い出したようにモジモジとしだしてしまった。

 ぼそっと呟いた彼女の言葉は


「あんなに激しくするものだなんて。」


 だった。



 これはペナルティ決定だなと、私は依頼主として心を鬼にすることを決めたのだった。



こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第41話をお読みいただきました皆様。ありがとうございます。

皆様の投じてくださる餌でなんとか書いております。


第二章も5話投じてまだ道半ば。

ストーリーを進めたいものの、どうにも寄り道が多いようでして。


それではまた次回、気が付けばエルフ 第42話でお会いしましょう。


夏の夜は寝苦しいですよね。

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