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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第四章 厄災の緋眼
143/144

エピローグ

2017年10月3日

後書きに追記しました。

 エピローグ



 仄暗く広大な空間は、今や金色の光に包まれていた。

 その空間に充満していた瘴気を吸い尽くし、盆栽から大樹へと成長した世界樹の発する金色の光は私の瞳と同じ色だったという。


 幼体から少し距離置いたところに生えた世界樹より、私は若枝を一本切り取ると幼体の胸の上へとそっと置いた。

 この世界樹に与えたものは、この空間の瘴気だけではなく、持っていた紫魂石の約半分と、私自身の血。

 その為に私の意思がよく通る世界樹となり、私の望む結果を上手く反映することができるのだ。


 若枝へ祈りを注げば、それは光となって幼体の身体に溶け込んで――白く美しい、成熟した女性へと成長する。


「これであなたの器は完成した、この空っぽの身体はあなたがこれまでラスティへと還るエッセンスを注いで造ったように、純化されたエッセンスの塊ともいえる世界樹を使って復元したわ。これでルーシアの魂を残して、器に移れるのよね?」


 私の問いに頷く彼女は、かつての自分の姿をした器の横へ、並ぶように横たわると、エナジードレインの応用で、自らのエッセンスを新しい器へと移動させ、光と共に薄亜麻色の地精霊は真紅の瞳を閉じた。

 代わり純白の髪を持つ女性は、真紅の瞳に光を宿し、身体を起こすと手を握ったり、腕をぐるぐると回したりして、新しい身体の具合を確認しているようだった。


「……どうかしら?」


「問題ないかしら。まさか一瞬でこの身体を修復してしまうなんて、常識外れもいいところだわ」


 呆れる様に言う彼女に、私は自分の着ていた白い外套(マント)をかけてやると、今度は地精霊ルーシアへ、世界樹より抽出したエッセンスの一滴――世界樹の雫をそっと口の端から流し込む。

 一瞬強く光に包まれて、それが収まると静かに瞼を開けた。


 開かれた双眸は、サラと同じく鳶色の瞳が輝いており、ゆっくりと起き上がっただけだというのに、その胸は大きく揺れる。


 ――想像以上。これは…凄いわね。なんて頭の中で愕然としながらも、湧き上がるやや不埒な考えを振り払うように私は言葉を紡ぎ出した。


「初めまして。ルーシアさんですよね?」


「はい、エリスさんですね。 助けて頂いて有難う御座います。ずっと見てましたから……状況は把握しています」


「そう、よかった。上手く行ったようで何よりだわ」


「いえ、その……緋眼を――いえ、マリスも助けて頂いて、ありがとう御座います」


「まだ全てを救えたわけでは無いわ。これはまだ一段階目。あそこで眠る二人の決着をつけて初めて、彼女は再び歩み出せる。でもその前に――」


 私は言葉を止めて、マリスの方へ視線を移すと、彼女はコクリと頷いて悪夢に堕ちたままの二人――サラとリーリカに近づいて、額に手を当てると何やら呟いた。

 するすると黒い糸が引き出される様に、二人の額から悪夢の種が回収されると小さく呻き声を上げながら、漸く二人は目を覚ますのだった。


「リーリカ……遅くなってごめんね。大丈夫?」


「おはようございます。エリス様……清々しい目覚めとはとても言い難いですが、大丈夫です。サラ様は?」


「大丈夫よ。サラの目覚めは最も相応しい人が見守っているわ」


 リーリカに肩を貸し、立ち上がったリーリカは目覚めゆくサラを取り巻くその様子に一瞬緊張を走らせるも、すぐにその緊張を解き、代わりにこれまで私が見た中で、最上級といえそうなジト目を私に向けると、盛大な溜め息をついた。


「まったくこれだからエリス様は……説明は後でキチンとしていただきますよ?」


「……それだけ?」


 予想より随分あっさりしたその言葉に、私が思わず問いかけると、リーリカは何かを思いついたように小さく笑みを浮かべ


「いえ、でも今はあちらが……」


 と、目覚めようとするサラの方を指差した。


「クソ、頭がガンガンしやがる」


 頭に手を当てて起き上がるサラの肩に、自然と回される細い両腕は、そのままサラの後頭部を抱え込むと、そのまま力強く豊かな胸へと抱き寄せた。

 嫌がる子猫の様に暴れるサラの頭に顔を擦り寄せ、ルーシアさんはただ一言。


「おはようサラ」


 そう掛けられた声にハッとして、大人しくなったサラはルーシアの両肩に手を置き、ゆっくりと自分から引き離すと四つの鳶色の瞳が、互いを静かに見つめていた。


「ルーシア、なのか? 緋眼はどこに?」


 ゆっくりと視線を移すルーシアに、サラもそちらへ視線を合わせ、そこに佇む白い少女の姿を見ると――なぜか私に向けてジト目のまま無言の圧迫(プレッシャー)を掛けてくるばかりなのだ。


 おかしいな? 私はただみんなが出来るだけ笑顔でいられる世界を望んだというだけなのに。

 そんな責めるような目で見られたって、仕方ないじゃない?


 そんな私の窮地に手を差し伸べたのは、外套一枚羽織っただけの純白の少女。

 一四〇〇年を生きた者に少女というのもどうかと思うけれど、その姿は美少女と言っても全く差し障りのないもので、とにかく彼女は私の前に立つと、おもむろに左手首を掴んだままの、私の右手をどけさせた。

 白い肌を伝い、再び流れ落ちる鮮血に周囲の者の表情が強張る中、白の聖女(マリス)はその手首の傷に手をかざし祈りの言葉を呟いた。


「慈愛の神、その子たるこの者の傷をどうかその涙で癒し給え。キュアライト!」


 ぼんやりと柔らかい光に包まれる手首の傷は、その光が消えるとと共に綺麗に消えており、じんわりとした温もりの余韻だけがまだ僅かに残っていた。「ありがとう」と投げかけられる感謝の言葉を、やや居心地悪そうに受け取る彼女は何かしきりに言おうとしては、なにかに遮られ、躊躇に言葉を詰まらせている様だった。


 そんな様子は少しだけ微笑ましくて、敢えて放っておくことにした私は――


 その場に居合わせた者全員が揃ったところで、斯々然々(かくかくしかじか)事情を説明し、その発想に大いに呆れられ、今後の構想を伝えた際には、それぞれから実に愛の籠った罵倒(おほめのことば)を頂いた。


「でもね? みんな。その為にはまだ準備が足りないの。でもきっと準備万端整えられたなら、マリスの描いた予想図とは違うかもしれないけれど、イリスとアルフレッドも……いいえ、既に壊れてしまったブラッドノートとブルーノートに取り残された魂達を救済できる。そう信じているの。」


「本当に、あなたときたらどこまで傲慢なのかしら? セカイを丸ごと作り変えるだなんて、それこそ神の御業の領域でしょうに」


 もはやすっかりと邪気を失って、再び反転(・・)したマリスは、言葉の棘と裏腹に整った顔には僅かに笑みを浮かべており、サラやルーシアもあまりに突き抜けた私の考えに、二人揃ってクスクスと笑い出す始末。

 ただ一人、真剣な眼差して私の事を見つめていたリーリカは、黒い瞳を大きくさせて、私にこんなことを言い出した。


「そうでした。とても大事な事を忘れてました」


 口を開くリーリカに、私は首を傾げながら「どうしたの?」と聞き直せば、リーリカは囁くように言ったのだ。


「まだ目覚めのキスを頂いておりません」


 言いながらに絡みつくリーリカにされるがまま、気が付けばエリス(わたし)はリーリカと抱き合って、目覚めのキスというには随分と、熱を帯びたリーリカの柔らかい唇に、その口を塞がれるのだった。


 一四〇〇年の時を経て、絡み合うもう一つの白と黒。

 その様子を白の聖女(マリス)は、どのような想いで見ていたのだろうか?



 ――時を凍結させたままのイリスとアルフレッドを地下に残し、私達は五人で地上へと戻ってきた。

 黒い枯れ木の広がっていた筈の、リーリカの故郷でもあるこの東の果ての森は、いつの間にかその姿を消して、代わりに人の背丈ほどの若木の立ち並ぶものへと変貌していた。


 東の山間より顔を出した太陽は、私達を明るく照らし、伸びる五本の影は長くどこまでも西へと伸びているのだった。


「此処から始まるのね。私の本当の旅が。この世界から瘴気を取り除き、三つの世界を纏める旅が」


「随分と、長い旅になりますね」


「そうだな、世界は広い。特に西の大陸の西部は瘴気に覆われて、不毛の大地と化している」


「私はサラと共に、サラの街で待ちます。疲れたときはいつでも訪れてください。旅に疲れた神子(こどもたち)を癒すのも、地母神に連なる私の役割です」


「仕方がないから、私も付き合ってやるかしら? 身の丈弁えない妹の道案内くらいはできるのよ」


 それぞれの言葉を噛みしめて、私は恐らく皆が気が付いてない、とっても大事な事を告げる。


「そうね、世界は広いわ。みんなが気が付いてないかもしれないけれど、この世界、北、西、東のほかにも大陸はもっとある筈なの」


 集まる四つの視線は、私の予想通りの反応だった。

 この世界を多少旅をして、各地を巡った私はあることに気が付いたのだ。

 三つの大陸と呼ばれている、その大地はあまりに狭いという事に。

 世界樹の道を辿れば良く判る。星に巡らされたそのエッセンスの通り道が、いかに広大かという事を。

 北の大陸南岸を端から端まで航海して、およそ一週間程度でついてしまうなんて、それって精々日本の本州程度の距離しか無いんじゃないかしら?


 だとすれば、この星にはまだまだ広大な未知の領域が残っているはずであり。

 私達が旅をしたのは、例えれば極東の極一部を、ほんの少し旅したに過ぎないのだから。


 だからこそ言える。


 これまでの旅が、ほんの序章に過ぎなかったという事を。

 そして、これから始まる旅こそが、私がこの地に降り立った意味を成すことを。

 それを確認するためにも、一度聖地ラスティへと赴こう。

 種より芽吹いた原木たる世界樹の若木育つ、あの土地へ。


 そうして私たちは、霜柱立つ道なき若木の森を西へと向けて歩き出すのだった。


 ◇ ◇ ◇


 緑豊かな国がある。

 黒赤青の三色の重なり合う珠を大樹の上に頂く意匠を持つ国アルフヘイムだ。


 その中心に天にも届くと言われている大樹――世界樹を有するその国の長、僅かに青味を帯びた白銀の髪より出る耳はやや上方へと細く長く伸びており、その者がエルフであることは、誰の目にも明白だった。

 伝承の女神ラスティの生まれ変わりと名高いその者の名は "エリス・ラスティ・ブルーノート" このノワールノートに降り立った、ラスティの意思と通じるラスティの神子だという。


 いつしか彼女の周りには、彼女を慕う多くの者が集まって、その者達と協力して育てられた世界樹の力によってこの世界は支えられているのだった。


 穏やかな滅亡(ほろび)へと向かっていた世界を救う長き旅路の末に、救われぬ運命にあった多くの者、多くの魂を救済した彼女は、いつしかこう呼ばれる様になっていた。


 "白金(プラチナ)のハイエルフ" と。


 建国以来数百年余り。随分と長い時が経つものの、建国の女王エリスは今も変わらず世界の安定を願い、世界樹との対話を欠かさないことは、誰しもが知るところであった。


 しかしそんな彼女が毎夜毎朝欠かさず通う "若木の間" にある小さな三つの石碑が何であるか? それを知るものはもう僅かな者しかいないのだ。


 リーリカ・アマハラノミヤ


 時の流れに風化して、かろうじて読める中央の石碑に刻まれたその文字が、彼女の生きる糧なのだと、同胞(エルフ)(うた)を編纂する私に教えてくれたのは、紅い瞳の美しい、白く長い髪の女性であった。

 彼女の語るその逸話を詩にすべく、いつまでもその古ぼけた石碑を眺めながら、私は彼女たちの在りし日に想いを馳せていた。



 気が付けばエルフ 第四章 厄災の緋眼 完


本編最終話。

これにて 気が付けばエルフ完結です。

お読みいただき有難う御座いました。


☆2017年10月3日追記

10月1日より 本作続編となる 『白金のハイエルフ』の連載を開始いたしました。

https://book1.adouzi.eu.org/n3547eh/


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