女神の子守歌
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第141話公開いたします。
本日中に142話 143話 あとがき迄公開致しますのでご注意ください。
女神の子守歌
「こんな空洞があるなんて」
それもそうだろう。
誰が世界樹の下にこのような巨大な空洞が広がっていると想像できるだろう?
天井も見えないほどの空間が、階段の先に現れたのだ。
「思った以上だったな」
「奥は全く見えませんね。水が溜まっているようですが」
「ここを行くしかないのよね。いきなり深くなってたりしないかしら?」
「念の為にロープで身体を結んでおきましょう」
リーリカの提案でそれぞれを結んだ私たちは慎重に奥へと向かい歩き出した。
先頭にはリーリカが左手にランタンを持ち、右手には折り畳み式のスティックを組み立てて、水の深さを計りながら歩いている。その後ろに私が続き、最後方はサラがやはり片手にランタンを持って警戒しながらついてきている。
「空気は僅かに動いてるわね」
僅かに感じる風が、どこからか吹き込んでいる空気の存在を示しているものの、それがどこから吹き込んでいるかまでは解らない。
とりあえずこれで酸欠になることは無さそうだけど、本当にこの先にマリスたちはいるのだろうか?
その答えは思ったより早く出ることになった。
「水が無くなりました」
リーリカの言う通り、どうやら水溜まりを渡り切ったようだ。
そして、固い地面の上に立った時、それまで見えなかった光景が広がったことに、私は驚く事になる。
「あそこにエッセンスが集まっている……」
一〇〇メートルほど先、ぼんやりと白く光り輝く場所に、何者かがいると確信しながら、私たちは顔を見合わせると其処へ向かって歩き出した。
「一応、武器は収めておいてね。できれば少し話をしたいの」
私の無茶なお願いにも、二人は頷いて、先程まで身体を結んでいたロープを解き回収すると遂に私たちは辿り着いた。
光が降り注ぐ先、横たわる幼女の姿。そしてその傍らに居るのは……黒の神子であり先代常闇の巫女だった女性。
仰向けに寝かされた彼女は、時々身体を痙攣させて、普通でないのは一目瞭然だった。
「誰だ、あれ」
「あれは……リーリカのお母様リーリアの筈よ。そしてその昔、黒の神子と呼ばれたイリスという女性の混合体」
サラの疑問に答えつつ、リーリカの方を窺うと困惑したように口にした。
「どうしてエリス様がそれを……」
「ラスティの記憶と、賢者の成れの果てがその事を示唆していたわ。それにあの姿、やっぱりリーリカによく似ているもの……そしてその横にいるのが、常闇の正体でもあり、貴女の父親でもある人物であり、吸血鬼マリスの最初の眷属――アルフレッド。だからお願い、リーリカ。どうかその刀をしまって頂戴? どのような理由があろうとも、娘が親に刃を向けるものではないわ」
いつの間にか抜刀していたリーリカの手を両手で優しく包み込み、出来るだけ優しく語り掛けた。
「しかし……エリス様、私は既にこの手で、あの母を……」
「見ての通り、あなたのお母様はまだ死んでいない。だからあなたは母親を殺してなんかいないのよ」
「でも、一体私はどうすれば……」
「大丈夫。リーリカ私を信じて?」
なんとか頷くリーリカを私は優しく抱きしめてから、再び彼らの方へ目を向ける。
「そっちはいいとして、じゃあ、あのちっさいのは誰なんだ?」
サラの視線の先、座ったまま黙ってこちらを窺う騎士の横、エッセンスを注ぎこまれる白い髪の幼女は、一糸まとわぬ姿でその身を横たえていた。
「あの子がもう少し成長したら、きっとサラにも解るわよ。絶対に会っているはずだから」
「まさか……あれは緋眼なのか!?」
「少しばかり違うかしら?」
その疑問に答えようとする前に、割り込む声は、サラの考えを否定した。
闇の中から浮かび上がるように現れた、薄亜麻色の髪を持つ地精霊の姿をした者。
ルーシアの身体を支配する者の名はマリス・ラスティ・ブラッドノート。
サイダでの湖上以来、そうして私達は再び彼女と顔を合わせることになったのだった。
「全く……こんなとこまでやってくるとはね。それでどうかしら? 感想は。その様子を見ると、感動の親子の再会……とはいかなかったようだけど」
「あなたがエッセンスの還流を集めていたのはこの為だったのね?」
「妹ちゃんには関係のない話だわ。」
質問に答える気はないという様に、そっけなく答えるマリスは更に言葉を続けた。
「折角来たところ悪いのだけど、どうかしら? 私達とても忙しいの。素直に引き返してくれないかしら?」
「折角ここまできたんだ、そんな簡単には帰れないさ」
両手を上げておどけるように言うサラに、マリスは笑みを浮かべながら
「なら仕方ないかしら。力ずくでお帰り願うだけなのよ」
何の前触れも無しに手から黒煙を吹き出した。
真っ先に黒煙に包まれたサラが呻き声を上げながら膝をつき、肘をつき、ついには地に伏せてしまうと、なお迫りくる黒煙にリーリカがとった行動は――
「エリス様!」
咄嗟に私を庇うように、身体を割り込ませ、私を突き飛ばしたリーリカが、黒い煙に巻かれてその膝を折る。
「リーリカ!」
「大丈夫です、エリス様。それより前を。アレから目を逸らしてはいけません」
「身体を張って主人を守るなんて、よくできた従者じゃない。我が身可愛さに主人を盾にした従者だって沢山見て来たけれど、健気な従者に感謝することね。大丈夫、別に命を脅かすものじゃない。ちょっとばかり悪夢をみてもらうだけなのよ?」
膝をつきながらもしっかりと自分を見るリーリカを讃えながら、マリスはパチンと指を鳴らすと、それまで抗っていたリーリカも、ついにはサラと同様その場に倒れ込んだのだった。
「これであなたを守る剣は失われた。諦めて帰ることね。あなたが素直に帰るなら、黒き森の果てで待つといいかしら。その二人もすぐに無事に帰してあげるのよ?」
「出口まではアルが案内してくれるかしら……後はお願いねアル」
頷く彼を見ると、マリスはくるりと踵を返し、奥へと姿を消してしまう。
立ち尽くす私の前に立ちはだかるのは、ボロボロの黒い外套を鎧の上に纏った漆黒の騎士。
足元には額に汗を浮かべながら、呻き声を上げ悪夢に苦しむサラとリーリカを見て、私は彼女達を信じることにした。
「折角のお見送りの申し出だけど、ここまで来て素直に従う訳に行かないわ。それに……今貴方がそこを離れるのは得策ではないと思うのだけど?」
私の言葉に少し驚く様な表情を見せた彼は、チラリとイリスの様子を窺って、再びこちらに視線を向けた。
「ならば一人で帰るのだな。約束は守られよう。あの方がそう約束したのなら、それは履行されるのだ」
「そういう訳にはいかないわね、なによりリーリカのお母様にはもう時間が無い。その魂が砕けてしまえば、後に残るのはそこに横たわる、マリスの器と同じだわ」
「……」
「ただ、一つだけ違うのは、マリスと違って、失われた魂は、二度と戻ることは無い」
「随分と訳知り顔だな」
「私はね、あなたたち全員をこの悲しい呪縛から解き放つためにここにきた。勿論あなたの主人である、マリスも含めてよ。もっともあなたとイリスとリーリアを救うのは、まだまだ先の話になるけれど、私はあなた達二人の時を、凍結するためにここに来た。信じるかどうかはわからないけれど、ラスティからその為の力を譲り受けてきているわ」
「別に信じていない訳では無い。ただ我が主はお前の退場を願われた。それだけの事」
「だったらここはひとつ私に騙されてみる気はない? 大丈夫、次に目が覚めた時、きっとあなた達の魂を再構成して、還流の中へ戻してあげる。最終的に想いを遂げるのは、また随分と先になってしまうかも知れないけれど、一四〇〇年を待ったあなただもの。それに比べればあっという間の時間の筈よ?」
確証はない話だった。もし、既に必要以上の魂が消費されてしまっているのなら、イリスの魂は戻らない。かといって嘘を言ってる訳ではない。私の目論見通りに事が進めば、次元の狭間に堕ちた魂ですら、この世界に再構成することが可能な筈だった。ただその為には、世界中へ世界樹を植える必要があるのだけれど。
「その様な甘言で、幾度も騙されてきたのだ。だが筋は通っている……ならばもう一度くらいは騙されたやるも一興か。どうせ失敗したとして、我等にとってマイナスに働くこともない」
何かに納得するように、アルフレッドは器から少し距離を取ったところにイリスを横たえると脇に座り、彼女の胸に手を置いて、静かに目を閉じると一言「さあ、やれ」と呟いた。
女神ラスティの子守歌。
誰よりも寂しがり屋で、誰よりも優しく、そして誰よりも臆病だった女神の愛の歌。
私がラスティより授かった、時をも止めるその歌が、黒ずくめの二人をゆっくりと包んでいく。
次第に色を失い白く凍り付いていく二人を、意識の端で観察しながら私はある誓いを込めて歌い上げた。
歌の終わりと共にやってくる、眩暈がするほどの脱力感に抗いながら、寄り添う二人を見てみると、急速に二人に纏わりついた氷は成長し、やがて大きな氷の柱となった。
この氷の柱を溶かすとき、その時彼らは吸血鬼の眷属から解放されて、一四〇〇年を超えるあまりに長すぎた恋を一つの終結へと導くだろう。
そして完全に氷結した彼らを確認すると、私は後方で横たわり、時折呻きを上げるリーリカとサラに駆け寄って、二人に声を掛けたのだ。
――意識が無いとはわかっていても、語り掛ける言葉はきっと届くと信じながら。
「リーリカ、サラ。待っててね。必ずその悪夢を解いてあげるから。それじゃ行ってくるわ――まずはマリスをこの覚めない悪夢の世界から連れ戻してくるわ。だからリーリカ……おはようのキスは、もうちょっとだけお預けね」
そうして私はマリスの去った方向へとゆっくりと歩み出したのだった。




