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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第四章 厄災の緋眼
140/144

常闇の底へ

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第140話公開します。

お楽しみ下さい。

明日27日に完結予定です。

 常闇の底へ

 



 短い眠りから覚めた時、最初に私が感じたのは強い胸騒ぎだった。


「これはまんまとやられたかしら?」


 何者かの思惑に乗せられた。

 そんな錯覚を覚えながら、私は中心部へと急ぎ戻るのだ。

 この胸騒ぎは運命の環。てっきりあの子をこちらに引き寄せてくれると思ったけれど、どうやらアテが外れてしまったらしい。

 サイダの湖上で向き合ったあの子は、どこまでも白かった。

 イリスの娘に抱えられ、動くことも出来ないほどに疲弊していたけれど、いつか望んだその在り様に、私は胸を打たれた気分になったのだ。


 もっとイリスの傍にいたかった。

 アルとイリスと三人で、飽きるほどに繰り返される単純な日常に身を置いて、いつまでも微睡にも似た楽しい日々が続くものと信じていた。


 たとえ果たされることのない願いとしても、あの二人が幸せに結ばれたのなら、それでも私は満足しただろう。

 アルが居ないときは私がイリスを守ればいい。

 そして二人で帰ってきたアルを出迎えて、土産話を聞きながらささやかな夕餉の時間を過ごすのだ。

 そんな日々をどれだけ私は渇望しただろう?


 全てが狂ってしまったあの日から、世界を壊し尽くしても、決して埋まることのない心の隙間に幾度となく絶望し、やがてそれが賢者の差し金であったことを知った時、新たな復讐の対象(生きる意味)が増えたのだ。


 巧妙に姿を消した賢者の行方を常人であればとっくに死んでいる時間をかけて突き止めれば、彼もまた人の理を超える外道の者で、更に性質の悪いことに、狂人だった。

 知識欲に取りつかれた狂人・賢者。

 この世界の理の外よりやってきて、怪しげなスキルを使い大規模な実験を繰り返していた。

 その為にこの世界の者が何人犠牲になろうとも、彼にしてみれば自分の考えを立証する為のただのサンプル。

 そこに一切の罪悪感は感じていないようだった。


 妙な力を使われる前に、背後より刈り取ったと思ったものの、死にゆく狂人はその今際の際に狂人たる執着心を披露した。身体より失われるエッセンスが目の前に開かれた本に吸い込まれると、そこの残るのは魂のない瀕死の躯。

 数百年をかけて追ったというのに、徒労に帰したという訳だ。


 あれから更に数百年。

 狂人が残した波紋はいつまでも消えることなく、事あるごとにこの世界を揺るがした。

 ある日一夜にして肥沃な大地が水に沈められた。

 賢者が得意だったという召喚魔法。既に失われたと思っていたその魔法により喚ばれた海竜の王リヴァイアサン。

 術者ごと北の大陸の決して少なくない部分が水没し、それは今でも内海として、淀んだ湖を成している。


 今回の事にしても、彼の者が何かしらの影響を与えていると危惧しているのは、単純にこれまで一四〇〇年の経験からくるものだった。


「本当に忌々しい」


 今の私では叶わない、イリスの魂を抽出するためにも、ここで邪魔される訳にはいかなかったが、その為に私は何としても元の身体を作り直す必要があるのだから。


 ◇ ◇ ◇



 荒れ切った集落跡を歩きながら、ここがほんの数年前までは集落として機能していたとはとても思えるものではなかった。リーリカの話によれば、リーリカがこの集落を後にしたのはおよそ六年ほど前のことだという。


「思ったよりもひどい有様ですね」


 私が口を開くより前に、先に言葉にしたリーリカは周囲を見回しながらそんな感想を漏らしていた。


「ここに来るまでの森も酷いもんだったな。もっともあれを森と言えるのかは意見が分かれそうなものだが」


「すっかりと瘴気にあてられて結晶化していたわよね。とても森と言えるものでは無かったわ」


「エリスがそう言うならそうなんだろう。それにしてもリーリカは思ったより平気そうだな?」


「そう……ですね。あれほどまで忌避していたのは、一体なぜだったのか。正直自分でも不思議です。ただ、私がこの集落を目にするのは、今日で二回目。旅立ったあの日まで、私はずっと社の中で育ちましたから」


「酷いわ」


「エリス様、確かにそうかもしれませんが、それまでの私の世界とは、闇の中に閉ざされた社の内側が全てだったのです」


 リーリカはそんなことを言うけれど、やっぱり幼い子供を一切外に出すことなく閉じ込めるなんて、とても正気の沙汰とは思えなかった。

 集落跡の建物の数はそれほど多いものではない。

 恐らくあっても二十件といったところだろう。

 歩く先を指し示すように伸びる影の先端には、巨大な世界樹の成れの果てが聳え立っていた。


「あの中にあるのね」


「そうですね、入口は崩れているようですが……よく見てみましょう。どこかに入れる場所がある筈です」


 やがて辿り着いた世界樹のウロの周辺を探していると、反対側を当たっていたサラから声が上がった。


「おーい、こっちに入れそうなとこがあったぞ」


「行きましょう」


 と私を促すリーリカの後を追い、崩れ落ちた瓦礫の上を慎重に進んでいくと、確かに人が一人入れそうな隙間がそこにはあった。


「ほら、ここ見ろよ。まだ新しい足跡がいくつか残ってるぜ?」


 サラの指さす先は、太い枝の下にあるようで、雨風から守られていたようだ。

 確かにその周辺の結晶化した地面の上には、いくつか大きさの違う靴跡がウロの中へと続いていた。


「何者かが出入りした形跡がありますね」


「私の予想通りなら、中には三人はいると思うけれど、そんな感じかしら?」


「いや、靴跡自体はもっと多いな。五……いや七種類くらいか。勿論全部が残っている訳ではないだろうけどな」


「比較的新しいものが三つ。あとはもう少し古そうですね」


「うーん、一体どういう事かしら?」


 アレコレと考えてみても、仕方が無いというように、私達は顔を見合わせると


「行ってみるしかなさそうですね」


 とリーリカが締めくくり、真っ先にウロの中へと入っていった。

 ウロに入ったところで取り出したランタンに火を灯し真っ直ぐと進んでいくと、やはり崩れ落ちた建物が、瓦礫となって積みあがっている。


「これが社かしら?」


「そうです。しかし見事に崩されていますね。見た目ほど脆いものではなかったのですが……」


 リーリカの言うのももっともだろう。

 これは常闇を封じていた封牢だ。

 さらに巫女を繋ぎ止めておくものでもある為に、使われる柱や板は頑丈なものだった。


 ランタンをかざして見回すリーリカは何かに気が付いたようで、崩れた社の近くにしゃがみ込むと瓦礫の隙間を指差した。


「どうやら、何者かが侵入した際に、ここで争いになったようです。この奥に剣が見えますよ」


「よくそんなの見つけたわね」


「どれ……お、届きそうだな。ちょっと待ってな」


 サラが隙間に長い腕を差し入れて、注意深く奥から剣を取り出して検分を始めると、リーリカも一緒に覗き込み、何事かを呟いていた。


「この剣はまだ新しいな。しかもこれは、ノーザでよく作られる剣だ」


「刻印は消してありますね……」


「ああ、こいつは裏稼業の奴らが使う剣さ。大方何かを漁っているうちに、誰かに発見されたか、或いは仲間割れでもして争いになったんだろう」


「でもそれだけでここまで社が崩れてしまうかしら?」


「考えにくいな」


「いえ、あの男……黒い槍の男なら……」


 アルフレッド……私はその名前をあえて口にしなかった。

 今はいたずらに混乱を呼ぶ必要は無いだろう。

 それに、どうせこの先で待ち受けている筈なのだ。

 常闇の正体であり、リーリカの父親である男。


「とりあえず今は進みましょ。ラスティの記憶では確か、その奥に下へと続く階段がある筈だわ」


 その階段はすぐに見つかった。

 入口こそ狭いものの、中に入ってしばらくすると、十分立って歩くことが出来る階段は、終わりの見えない闇へと続いていて、緩やかに螺旋を描く階段を下りるのに、私たちはずいぶんと歩かされることになるのだった。



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