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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第四章 厄災の緋眼
139/144

不協和音

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第139話 公開です。

お楽しみください。

 不協和音




 不安定な足場を気にしながら、険しい山を半日かけてなんとか降りる。

 山のこちら側の斜面に立った時、あまりの角度にこんなところを本当に降りれるのかと思ったほどで、その一歩を踏み出すまでが、ある意味最大の冒険だった。

 一度踏み出してしまえばなんとかなるもので、こうして無事に下山できた訳だけど、黒く変色した大地と、墨のように黒く立ち枯れた木々の姿が説明し難い空気を醸し出していた。


「空気がなんだか重いわね」


「相当濃い瘴気に包まれてますね。見通しは悪くないので大丈夫だとは思いますが、念の為に魔物に気を付けてください」


 私とリーリカがそんな会話をしていると、サラは懐から何かを取り出すと、それを口にくわえて強く吹いた。

 音としてはそんなに大きくないはずだけど、その不思議な振動に妙なくすぐったさを感じていると、上空より一頭の飛竜が舞い降りる。


 サラは舞い降りた飛竜に近寄ると、何やら指示を出したようで、「わかった」とでもいうように、短く一声鳴いた飛竜は大きく翼をはためかせ、上空を旋回するように飛んでいた。


「なにをしているの?」


「飛竜に警戒させたんだ。魔物は飛竜を避けるからな。これで不用意な戦闘は回避できるだろう」


「そんな指示も出来るのですね」


「あいつはなんというか特別なんだ。他の飛竜に比べてもかなり賢いからな」


「それにしても、呼んでから割とすぐに来たけれど、一体何処にいたのかしら?」


「飛竜は普段はかなりの上空を、上手く風を掴んでは滞空していると言われているな」


「憶測なの?」


「その昔、他の飛竜の待機場所に飛んで行こうとしたした奴の話だと、どういう訳かどんどん上昇していくうちに、気を失ってしまったそうだ。」


 サラのその答えに、ああ、なるほどと思いつつ。

 そりゃ酸素ボンベも無い状態で、急激に高度をあげなんてしたら酸欠を起こしても不思議じゃないと、私アh心の中で得心した。


「なるほどね」


 とだけ返事して、私たちは立ち枯れた黒い森へと歩み出す。


「行く先だけは迷わないのがせめてもの救いね」と、途中で折れた黒い巨木の残骸目指して私たちはガサガサとした感触の地面を歩くのだった。



 ◇ ◇ ◇


「これは一体どういう事かしら?」


「さあ? わかりませんな。こうなってよりすぐにマリス様を呼びに行きましたので」


 私とアルの目の前には、白い幼女に縋りついたまま、身体を小刻みに痙攣させているイリスの姿があった。

 もっとも、彼女を本当にイリスと呼んでいいものか、正直のところ私にもわからない。

 彼女が行使した『悲願』は、彼女を千四百年という時の末に、再び人の身としてこの世に誕生させた。

 本来であれば『転生』する筈だったはずの彼女の魂は、リーリアという宿主の魂に溶け込む様にこの世に舞い戻り、そしてそのために、彼女は次第に壊れていった。


「本当にいつの時代も忌々しい事なのよ。あの神官どもが作り出した余計な環境のせいで、イリスの転生が阻害されてしまったのだから」


「預けた半身を取り戻しに来た時もそうでしたが、あれは一種の祀りですね。信仰の対象とされた、私の半身は、こうして再び私の中に有って尚、溶け込むことがありません。私がマリス様の眷属でなかったならば、この身体、とうにはち切れていたでしょう」


「あいつら、都合よく仕立て上げた巫女に、あなたの半身――常闇のエッセンスを埋め込む様に次代の巫女を産ませては、常闇たるあなたの半身のエッセンスに耐性のある巫女を作っていたかしら。世界樹の守り人が聞いて呆れるかしら。管理者が居なくなったことをいいことに、そうして自分たちの都合よく現実を捻じ曲げて、虚構の世界を捏造するために、巫女なんてただの繁殖の道具くらいにしか思ってなかったのよ――その力を自分たちの思う通りに扱うためのね」


「人がいつの世も悪意と欲にまみれている事は、今更論じることもありますまい。この千四百年、それをこの目で見てきた私たちが言うのです。誰がをれを否定できましょう?」


「どいつもこいつも本当に気に障る。すべての元凶はやはりあの賢者を気取った転生者。あいつがラスティの神子でないのは確かな筈だけれど、一体どこの世界から来たというのかしら?」


「しかし賢者は仕留めたのではないですか?」


「あれは失敗だったわね。確かに身体は殺したけれど、あいつのエッセンスは本の中に逃げ延びていた。それだけじゃない。あいつは自分の血脈を、巧妙に隠してこっそりいつか使う予備を作っていた。それも王家という守られた血の中にね。こうなってしまえば仕方ない。下手に本を刺激して、その魂を解放してしまえば、今度は自らの因子を持つ子孫の誰かに、あいつは取りついて身体を奪うでしょう。私がそうしてこの身体に入ったように」


「だからその血脈を消そうとしておられたのですね」


「そうよ、でもこの間は邪魔が入った。それにフレバー子爵だけに限らず、あいつの血は思ったよりも深く広く広まってしまっているかしら。自分の子供を王の子として産ませるなんて、本当にどうしようもない下衆野郎かしら」


「それに気がつかない王も滑稽ですな。まさか妃が知らずの内に寝取られているなんて、考えもしますまい」


「まったくかしら。まあ、それは置いておいて、これはやっぱりあまりよくないわね。このままではイリスは崩壊してしまうかもしれない。勿論リーリアの魂も道連れに。……だからアル? あなたは出来るだけイリスの身体に触れてなさい。常闇の巫女に埋め込まれたあなたの魂の欠片もまた、あなたが近くにいれば少しは器の安定に役立つはずだから」


「マリス様はどうされますか?」


「時間を稼ぐわ。とにかく今の状況はマズイもの。それにね……」


「どうかされましたかな?」


 こちらの意図を探るようなアルの視線を受けながら、私は先程から感じている直感をアルに告げるか迷っていた。

 まもなくあの子たちがやってくる。

 この身体の本来の持ち主、そして私の魂、どちらもが強く持ち合わせる、ラスティの気配。

 途轍もなく濃いその気配を纏う、美しく愛しい私の妹――エリス。

 運命の環が私たちを引き寄せる。だからわかるのだ。あの子はもうじきここにやってくると。


「――いいえ、なんでもないわ。少し休んで、対処策を考えるかしら。もしかしたらイリスと共に、少し封印させてもらう事になるかも知れないけれど……」


「構いません。すべてはマリス様のお心のままに」


「そう」


 彼らに背を向け私は出来るだけ距離を取った場所へと移動した。

 運命の環が私達を引き合わせるというのなら、私がアル達から離れれば、きっとあの子は私の方へやってくるだろう。

 とにかく今はアル達から遠ざけなくては。

 そう考える私は、歩く速度を更にあげるのだった。




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