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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第四章 厄災の緋眼
136/144

船上の誓い

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第136話公開です。

お楽しみください。

船上の誓い




彼女がそうする事は無いと解っていても、敢えて言葉にしなければいけなかった。

取り方によっては信頼という見えない絆を、根底から揺るがしてしまいそうなその言葉を、敢えて口にすることは私にとっても不安を孕んだものだった。


サラの口が開くまでのほんの僅かな時間でさえも、今の私には、ただただひたすらに長く感じ、居心地の悪い針の(むしろ)の上に座らされているような、あるはずもない痛みを感じているのだ。


嫌味の一つでも言われるかしら?


そんな場面(シーン)を頭の中で思い描いたときに、サラは静かに立ち上がりテーブルを回り込んでこちらに来ると、予想とは少し違う行動に出たのだった。


背中から優しく回される腕は、私を優しく包み込んで、首元に寄せられたサラの顔がじんわりと温もりを伝えてくる。

まだ夏を連想させるような柑橘類の精油の香り。これは私が彼女と出会ったときから彼女が愛用している香水で、こちらの世界では大変珍しいものだという事を、今では充分承知している。

ノーザの国王に贈られた私とリーリカの使う香水と同じく、香水に使われる劣化防止の魔法の小瓶というものは、大変高価なものなのだ。


「ありがとうエリス。でもそこまで気を使う必要はない。この先には緋眼が……ルーシアが待っている。約束したんだよ。必ず緋眼からその身体を取り返して見せるって」


緋眼(マリス)の真実が、運命に翻弄された哀れな被害者だったとしても?」


「正直なトコ、アタシにはそれが何者でも、どんな理由を抱えていても関係ないのさ。アタシはアタシの約束を果たすために行くんだから。自己満足といえばそうかもしれない。ただ私はアイツと約束してしまったんだ。いかなる時も共にあると……」


どこか懐かしい香りに包まれながら、私はサラの覚悟の程を痛感した。

迷い、躊躇ううちに機を逃し、そこから目を背けるかのように逃げ出してしまったかつての私は、大切なものを代償として支払った。

だからこそ、今度こそは間違えない。

サラの抱える想いと、私を苛む過去の失敗への清算は、きっとよく似たものなのだろう。


いつの間にか溢れ出していた涙を拭い、改めて二人に向き合い懇願する。


「どんな事が有っても、私を信じていて欲しいの。勿論私も二人を信じているわ」


「たとえ世界の全てを敵にしようとも、わたしはエリス様に付き従う月ですから」


「愚問だな。アタシは信じているよ? 出会ったあの日から……ずっとな」


既に私達以外誰も居なくなった船のダイニングで交わされたその誓いは今の私にとってかけがえのない宝物となったのだった。



◇ ◇ ◇


波を力強く切り裂きながら進むリオンの暁号の甲板で、晴れ渡る空を見上げながら私は賢者の成れの果て――知の書の見せた真実を思い出していた。


賢者が彼女の監視をはじめたのは、彼女がその街に現れてからしばらくの事。

強い癒しの力を行使する者が現れたという噂が発端だったらしい。

元々強い祝福を使う事が出来るという黒の神子イリス。伝承の女神を奉じる教会のシスターであった彼女が保護した一人の少女は、黒の神子と対を成すように美しい白髪と、イリスの与えた純白の修道服も手伝って白の聖女・白き聖女などと呼ばれていた。


噂では司祭の教壇の上に突如現れたという白の聖女は、それまでの記憶を失っているとのことで、賢者はすぐに彼女がビジターであると見当をつけたのだという。


イリスとマリス、その二人は名もなき小さな教会で日々訪れる者に祝福を、或いはその傷を癒しては、姉妹のように仲睦まじく暮らしているという。

すぐに監視をつけた賢者から見ても、その噂通りの暮らしぶりと感じたようで、これは良い駒が転がり込んだとほくそ笑んでいたそうだ。


どうにも賢者は好きになれないわね。

回想に割り込むやや皮肉めいた言い回しに、私は苦笑を漏らしながら、いつの間にか横に座っているリーリカに気が付いた。


「賢者、ですか?」


首を傾げるリーリカに言葉に、思わず考えを声に出してしまっていたことを知り、少し慌てたものの、私は気を取り直してその言葉を補足した。


「そう、賢者よ。西の大賢者。古の賢者様。あの知の書の正体よ」


「知の書……人であったというのですか?」


「うーん、少し違うけど、元々はただの本ね。魔力で記述できるように作られた、特別な本。勿論賢者のお手製のね」


「魔石を用いた魔道具ですか」


「そうね、私色々なことが判ったわ。人が持つ魔力というもの。魔物がもつ瘴気というもの、そして――エッセンス」


「魔力と瘴気ですか……」


「そう、ちょっと借りるわよ?」


言いながら私はリーリカの身体の上に身を乗り出して、彼女のスカートの中へと手を差し入れる。

目的のものを探すうち、触れてしまった指の端に甘い声を漏らすリーリカを可愛いなぁ……なんて呑気に思いながら、ようやくそれを見つけると、留め具を外して、大きさの割にずっしりと重い棒を取り出した。


「言ってくれれば出しますのに……」


なんて少し恨めしそうに言うリーリカの顔は僅かに上気しており、心なしか瞳も潤んでいるように感じられる。

湧き上がる妙な感覚を押しとどめながら、私は気が付かない振りをして、その黒い棒……影縫いをゆっくりと引き抜いた。


「私、この刀がなんであるか、最初分からなかった。刀というより、むしろこっちかな?」


手にした黒い木の棒状の鞘を軽く振りながら、リーリカに見せると彼女は僅かに首を傾げるばかりで、どうも話が伝わってない様なので、もう少し詳しく解説することにした。


「この鞘、世界樹で作られているわ」


「え?」


「この刀身にも、どうやって作ったのかわからないけれど、とにかく沢山のエッセンスが凝縮されているの」


「魔剣ということでしょうか?」


「うーん、魔剣というものを私は見たことがないけれど、多分それよりも数段上。魔力という組成の荒く、ゆるい結合のものではなくて、もっと凝縮されたエッセンスにより近いものだと思う。もっとも、材料となったのは、どうやら瘴気のようだけど、ね? とにかくそれを押し留めているのがこの鞘よ。すっかりと瘴気で黒く染まってしまっているけれど、これは間違いなく世界樹の枝から作り出されているわ」


私の説明が余程衝撃的だったのか、リーリカは驚いたように私から影縫いを受け取ると、陽の光にかざしたり、鞘をなぞったりしながら検分するのだった。


「まさか……そのような物だとは全く思いませんでした」


「これを見て?」


溜息交じりに答えたリーリカの前に、革袋から取り出した一つの紫魂石の欠片を取り出し見せて、私は更なる解説を付け加えた。


「瘴気が固められたこの紫魂石を、多分この刀は含んでいる。そして多分だけど、魔剣と呼ばれるものは、魔力を押し固めて剣の中に封入したものだと私は思っているわ。そのどちらにも共通するのは、どれも状態が違うだけで、同じエッセンスの一つのカタチなのよ」


「だからこそ常闇様を縫い留めることもできた……ということでしょうか?」


「そうね、瘴気の塊のような存在って前にリーリカが言っていたけれど、多分その通りだわ」


私の憶測でしかないけれど、説明しながらも一つリーリカに伏せていたことがある。

それは状態のことなるエッセンスについて、学び、慣れるうちに、気が付いた、エッセンスの持つ波動。

この影縫いから感じる波動は、実にリーリカとよく似ているという事を、私は彼女にどう説明して良いのか、未だその答えは出ていないのだった。


「だいぶ寒くなってきたわね」


「そうですね……船室に戻られますか?」


その言葉にうなずいて、狭い通路をわざわざ手を繋いで戻る私たちに、すれ違う船員は何を感じているのだろう?


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