想いのカタチ
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第132話公開です。
お楽しみください。
想いのカタチ
どうしてそんな事が起きてしまったのだろう?
伝承の女神の敬虔な信徒であったという黒き神子。小さな辺境の街で起きたその惨劇の原因は、欲望の果てに暴走した大臣がもたらしたものだった。
その者の罪は弁解の余地も無く、人々の安寧を揺るがし、また打ち砕いたことだ。
打ち砕かれたものは人々の勇気という、誰しもが持つはずのささやかな武器だった。
突如現れた暴君に街のものは勇気を砕かれ、ただ自分たちが敬愛してきたはずのその女性を見殺しにした。
どのみち理由を付けて命を奪われるのは明白で、勿論その大臣はそうしただろうし、そうするつもりであった。
ならば直接手を下さずとも、その大臣を止めれなかった者達は、間違いなく黒き神子を見殺しにしたと言えるだろう。
彼女の下で暮らしていたという白き聖女――マリスは癒しの力を使い、人々の傷を癒していたそうだ。
そんな彼女にも凶行の魔手が迫ろうとした時、彼女が縋ろうと伸ばした手を取るものはなく、目を逸らし真っ先にくし刺しにされた騎士の二の舞にならぬように、祈ることしか出来なかったのだ。
マリスが本当に力なき、弱き者であったならこのような結果にならなかったのだろう。
しかし彼女はラスティの神子として、類稀なる力を有していたがため、世界はその時反転してしまったのだ。
この世界の亜人とは、人間と異なるエッセンスを持ち合わせた者達で、その魂のカタチそのものが違うという事を、私は既に認識していた。
人が人であろうとするように、亜人は亜人であろうとする。
たとえ私のように元々が人間であったものですら、現在のエルフという種の性に強く引っ張られ、容姿だけでなく、思考などもエルフのそれになりつつあるのだった。
地精霊達が無償の愛を捧げるように、エルフ達は自然を愛する。
ドワーフ達は物づくりに強い興味を抱き、アプサラス達は短い春を謳歌する。
私自身、気が付けばエルフとして、吹き渡る風や森の声を聴き、木々と語り合うようになっている自分に驚くほどだった。
そして吸血鬼であったマリスが眷属と共にその国を飲み込んだのは、やはりそういった力が働いた為なのだろうかと、本人以外に答え様のない疑問に囚われて、真っ暗な世界の中、大きなうねりに飲み込まれ、もがく様に思考を巡らせるのだった。
「ラスティの神子、吸血鬼の本質はエナジードレインにある」
他者のエッセンスを吸収するエナジードレイン。
賢者の考察によれば、ラスティの神子とは、その時において、もっとも救済を具現できるものになるのだという。
人も亜人も獣人も、活動することをエッセンスを消費して、その消費されたエッセンスはラスティへと還って行く。
それはつまり魂の欠片、寿命でもあり、その者の本質であり、マリスはエナジードレインにより、より多くのエッセンスをラスティへと還していたというのだった。
「世界樹がその星よりエッセンスを純化してラスティへと還すのであれば、吸血鬼はエナジードレインで、自身を通してラスティへと還しているのだよ。現に黒き神子や白き聖女を襲った者達は、ただ惨殺されたに過ぎないからな」
まるで見て来たかのように、そう告げる賢者の言葉に引っかかりを覚えていればその思考を汲み取ってか賢者は思いもよらない事を言ったのだ。
「白き聖女が厄災の緋眼となった夜、私は皇帝と共にその様子を遠く離れた地より見ていただけの事」
「本当に見ていたというのですね?」
「そうだ。もっとも私は、その晩のうちに皇帝の下より姿をくらまし、その後数百年のちに、緋眼によりその居場所を突き止められるまで、生き長らえていた訳だがね」
彼女を研究出来なかったことが心残りだったと、的の外れた感想を漏らす賢者は、知識欲に囚われた、一人の哀れな狂人だったのだ。
「ラスティの神子よ、最後に面白いものを見せてやろう」
そう言って賢者が私に見せた物、それは在り方を反転させられた、一人の少女の苦悩の日々だった。
◇ ◇ ◇
一体どれくらいそうしていただろうか?
牢の中でエリス様を取り巻いていた瘴気が朝日に溶け落ちる霧のように消え失せて、姿を現したエリス様は、ぐったりとした様子で机に伏した。
「エリス様!」
無意識に出た私の声に僅かに反応するように、耳を動かしたエリス様は、なけなしの力を振り絞るように本を閉じると箱の中に再び収め――しっかりと封印の錠を掛けたのだ。
「ちょっと……疲れた、かな――」
その言葉と共に力尽きたエリス様を慌てて地下牢より連れ出して、知の書は大臣がしっかりと回収すると私達はゾーンの城に用意された居室に移動した。
「どうだい? エリスの様子は」
「大分お疲れの様でよく眠っておられます。サラ様もゾーン王との会談はもうよろしいのですか?」
「ああ。調べものは続行中。今の私達にできるのは、今のうちに良く休んでおくこと位だな」
「そうですよ? リーリカ様も少しお休みになられてください。何かあ動きがあればお知らせ致しますので」
「……そう、ですね。わかりましたシーラさん」
サラとシーラの両名に促される様に、私も少し休むことにして、寝ているエリス様の横に身を滑り込ませた。
知の書とは読むだけでこうも疲労を感じさせるものなのかと驚きながらも、規則的に聞こえるエリス様の寝息に少し安心して、柔らかな胸に顔を埋めるように寄り添って、私は間もなく眠りの世界へと落ちていくのだった。
「ねぇ、リーリカ?」
抜けるような青空の下、天まで届かんというほどの大木の根元に、瞑目し、額と両手を樹につけた美しいエルフがそのままの姿勢で語り掛ける。
すらりと長い脚の付け根、腰下程までに伸びた美しい白銀の髪を静かに風に揺らしながら、エリス様は静かに私に向けて語り掛けるのだ。
「今リーリカは幸せかしら?」
「――――!?」
答えようとして、声の出せない事に気が付いた。
そんな事考えるまでも無く幸せです。貴女という太陽が私を照らしている限り、私もまた輝きを失うことは無いのですから。
せめてもの抵抗に、私は頭の中でそう答える。
エリス様はまるでそれが聞こえているように、こちらを振り返り微笑むと
「そうね、私も貴女と――リーリカと出会えて、こうして共に歩めることが、とても幸せだわ」
眩しいほどの笑顔でそう言ってくれたのだった。
「でもね、だからこそ、私はいつも恐れている。大事なリーリカを失ってしまう、いつかの来るべきその時を」
私はいつでもエリス様の傍にいるというのに……そんな不満にも似た考えを抱きながら、悲しそうに語るエリス様の金色の瞳から目を逸らすことが出来なかった。
「ウィリアさんのように、千年の時を生きるような事が有れば、リーリカと共に過ごせる時間なんて、刹那の時でしかないことは判ってる」
潤む瞳は反射する光を揺らめかせ、得体のしれない恐怖の中で怯えるようなエリス様の言う事が、その寿命の差だということに気が付くと、私の胸は灼けるように熱く燃えて、そのままこの身までも焼き尽くしてしまうのではないかという錯覚に囚われる。
私は死んだあと、エリス様は取り残されるのだろう。
長命であるエルフ達の例に漏れず、多くの別れをその胸に刻み込みながら、長い時を過ごすことを余儀なくされる。
エリス様は、私が死んだあと悲しみに暮れるのだろうか? それとも案外あっさりと受け入れて、現在を前を向いて生きてくれるのだろうか?
出会いの数だけ別れが約束されているように、その時は確実にやってくる。
そして残されていくのは長命の種の宿命なのだ。
彼らは常にその想いを忘れることなく、その先も永遠とも思える日々を暮らしていかなければならないのだから。
エルフが感情に乏しいと、誰かが言っていた気がするけれど、そんなことは無い。
ウィリアさんだって、エリス様だって、感情に乏しいなんてことは無い。
ただ彼らは知っているのだ。
より深く関われば関わっただけ、それは彼らの心に深く傷跡として残るという事を。
世界樹はただ聳え立ち、私とエリス様は、その傍らでただ悲し気に互いに見つめ合うのだった。




