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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第四章 厄災の緋眼
130/144

外道の成れの果て

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第130話公開です。

お楽しみください。

外道の成れの果て




狭い通路を一列となって進む足音が、其処彼処(そこかしこ)に木霊して、淀み切った空気をかき混ぜる度、思わず咳き込みそうになるのをいちいちと耐えなければならなかった。

いくらこの先が牢と言えども、これでは見回りに当たる兵の士気も落ちようというものだ。

先頭に立ち、一行を案内するこの城の重鎮である大臣も、その顔に手拭を当てているのは、このいかにも不浄そうな空気を少しでも吸わないようにと配慮しての事だろう。


ゾーンに到着して一晩明けた今朝、エリス様はゾーンの城へと赴いた。

謁見は滞りなく進み、件のフレバー子爵の血脈については早急に調べにとりかかるとのことで、その結果が出るまでの間、エリス様は知の書について、お伺いになられたのだ。


予想に反し、それはあっさりと見つかった――それどころか、この城に保管されていたのだ。


あまりにも拍子抜けなほど、目的の書物に行きついたエリス様は、その閲覧を申し出て、それをこの国の王は認めたのだ。これは恐らく特例中の特例。縁者となるフレバー子爵領での先日の一件、その為に尽力したエリス様に対する最大限の協力の一環に、確かに閲覧は許されたのだが……その閲覧にはいくつかの条件が提示されたのだ。


禁忌に触れる、禁書として厳重に管理されているその本は、読んだものを蝕む場合があるという。

保管されていた知の書は、物々しい警備の中、厳重に封印されており、たかが本一冊に、些か大袈裟すぎやしないかと、私は眉をひそめていたくらいだった。


閲覧に当たり、国王が出した条件は二つ。


一つ、閲覧は王城の地下牢の中で鍵を掛けた状態で、封印を解き、その中で閲覧すること。


一つ、閲覧によって、いかなる結果となろうとも、ゾーン公国はその責を負わないこと。


この二点だった。

どちらも大袈裟に感じるものの、かつて閲覧により気が触れて、大暴れした者がいるらしく、その際には死人が出たほどだったという。その為の閲覧場所の指定であり、何かしら被害を被ったとしても、自己の責任において処理するという事は、言うまでも無く当然の要求だろう。

まして今回閲覧するのはエリス様本人であり、世界の認めるラスティの神子に、災いをもたらしたとなれば、この公国の立場は非常に危ういものとなるだろう。


「エリス様、大丈夫ですか?」


顔を顰めるエリス様が心配になり、そのように声をかけるとどうやら私の思惑とは違ったことで辛いのだという。


「大丈夫よ、リーリカ。確かに酷い匂いだけれど、それ以上にこの反響する音に、目を回しそうなの」


確かに複数人の靴の音か、狭い廊下に重なり響いており、耳の良いエリス様にはきついのかもしれない。

時折信じられないくらいの聴力を発揮するエリス様には、大音響で聞こえている事だろう。

かつて戦闘時に、音で相手を攪乱する相手と戦った時の事を思い出し、その時の不快感が急に蘇ってくると、私は頭を振り払いその感覚を忘れようとするのだった。


ほどなくして到着した牢の入口が開けられると、中には小さなテーブルと粗末な椅子が置かれていた。

エリス様は迷うことなく中に入ると、本を収めた封印の鍵を受け取って、ついに知の書を解放したのだった。


一頁開いたところで、目を閉じたエリス様を、突如黒い霧が覆い隠し、私が戦慄していると大臣が慌てて説明する。


「知の書とは本の形を取ってはいますが、それを読み解くことは出来ません。あの本はああやって領域に引き込んだ読者と対話するのです」


「しかしあれではまるで……」


「そうですね、まるで瘴気、そう仰りたいのでしょう。そしてそれは間違っておりません。瘴気ゆえに、気が触れてしまうものが出るのです」


「そんな危険なもの、なぜ先に言わなかったのですか!」


批難を飛ばす私に向かって大臣は指を立て


「では問いますが、もしそれを先に言ったとして、エリス様は読むのを躊躇われたのでしょうか?」


などと、質問で返されてしまい、無論その答えなど聞くまでもない事で、エリス様なら間違いなくその本を手に取ったのだろう。


「……恐らく読んだでしょう」


「そうでございましょう? 少なくともエリス様は、リスクを御承知で、それでもその知識をお求めになられた。それは大変崇高な行動です。私共はその崇高な行動に敬意を払う必要があり、それがこの対応だと御納得いただく他ありません」


「……分かりました」


文句の一つもまだ言ってやりたいという気持ちがある反面、エリス様ならそんなこと望まないだろうと考えて、私はただじっとエリス様の無事を祈るしかできないのだった。


「ちなみに、ですが……本に書かれているものはどんなものなのですか?」


「わたくしも実際に見たことは有りませんが、理解できる言葉は冒頭にただ一言。眼を閉じよ。と書かれているという話です。あの本の物理的な解読を試みた学者もおりましたが……その内容は暗号なのか、理解不能な文字か記号の様なものが羅列されているようです。例えばこれはその序文らしいのですが――」


そう言いながらに懐から取り出し、渡されたメモを見ると――


『緊急避難モード発動により緊急バックアップ:対象;西の大賢者…………』


――確かに妙な羅列があるのみで、それが模様なのか文字なのか、私には既に分からなくなっていた。


私は早々にその解読を諦めると、大臣へメモを返して、静かにエリス様の無事を祈るのだった。


◇ ◇ ◇


黒い世界。闇の中。その中には椅子とテーブル、その上に置かれた本、そして私だけが浮かび上がっているような、そんな印象を受けていた。


知の書は私が上手く魔法を使えないことは、出力が大きすぎるからだと言い、強大な魔法をコントロール出来ないのは、単純な力不足だと言っていた。


そして厄災の緋眼について聞いたとき、突如今の状況が浮かび上がったのだった。


「まあ座れ、ラスティの神子よ。少しばかり昔話をしてやろう」


私が戸惑いながらも椅子に座ると、知の書はそれを見ているかのように見計らって語り出す。


「そもそもだ、お主目の前の本がどの様にして生まれたか、聞き及んでいるか?」


問いかけから始まった知の書の言葉に、意表を突かれるも、私は首を振りながら「いえ、全く」と答えると


「そもそもこの本、今では知の書だの禁書だのと呼ばれているが、これを生み出しすことになったのは、お主の知りたがっている人物、厄災の緋眼その者だ」


「え?」


「知らなかったのであれば当然だろう。そもそも目の前の本を作ったのは私自身だ。だかそれはこのような本を作るためではなく、もっと違う形のものだった」


「ごめんなさい、言っている意味が良く判らなくて……」


「ならば言い方を変えよう、この本を作ったのは、西の大賢者と呼ばれた者であり、今こうしてお前と話しているのはその大賢者であったもの(・・・・・)の残滓――といえば聞こえはいいが、まあ搾り滓のようなものだ」


「では西の大賢者が本になったというのですか?」


「その通り、と言いたいところだが、生憎とそうではないな。この本を編纂していた私は、その途中、突如現れた厄災の緋眼によりその生涯に幕を閉じた……いや、閉じようとしていた。瀕死の状態で、薄れゆく意識の中、私の思考は今にも尽きようとする命を惜しむよりも、蒐集(しゅうしゅう)した知識が失われることに対して憤りを感じていたのだ」


「……」


「黙するは了承と、続けるぞ? とにかく死の淵にあった私は、その知識を少しでも後世へと残すべく、その意識を魂ごとこの本へと封印したのだ。元々そのように作られたものではない故に、失われてしまった知識も、例えるなら自分自身の名前すら取りこぼし消え去った不完全な形ではあるが、こうして対話できる程度の自我を持ち、決して少なくない量の知識を、読者よりエネルギーを吸収することで、その保全を図っておる」


しれっととんでもない事を言う賢者の成れの果ては、聞き捨てならない事を言った気がする。


「ちょっと待って……読者のエネルギーってつまり」


「そうだ、今こうして会話が成立しているのは、お主よりエネルギーを受けているからだ。なに案ずるなその寿命が僅かに減ったとて、ハイエルフであるお主には、誤差の範囲だろうよ」


「いや、でも寿命って……」


「千年を優に生きるエルフの真なる姿、ハイエルフのお主の寿命が数日か一月かそこら減ったとこで問題はあるまい?」


言われることはもっともだけど、私の命を削りながら成立しているこの世界に、私は強い違和感と、執念を感じ、同時にこの西の大賢者が、他の何よりも、自身の知識の保全とその伝達を優先しているという事に、得体のしれない恐怖すら感じていた。


恐らくは、自分や他人の命よりも重視しているその考えが、これまでに幾多の人を、知的好奇心や実験という名の下に、奪い去ってきたのだろうか?

目の前のモノは、そのような存在だと、私の本能が激しく警鐘を響かせながら、長い賢者の話は始まろうとしているのだった。


それにしても――命がけの読書だなんて、思ってもなかったなぁ……

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