無自覚な生産者
こんにちは。
味醂です。
お待たせいたしました。
気が付けばエルフ第13話を公開いたします。
どうぞお楽しみ下さい。
無自覚な生産者
クローゼットに掛けられた真新しい制服。
その横には少しくたびれた見慣れた制服が並んでいる。
私は新しい制服を取り出すと、自分の体に合わせてみたり、ベッドの上に置いて眺めたりしていた。
軽いノックの少しあと、部屋に入ってきたのはママだった。
ママは私が何をしていたのかを察すると
「あらあら、慧美ったら随分と気が早いのね、入学式はまだ二週間も先じゃない」
なんて笑って言うのだ。
「ホントもう待ち遠しいよ~」
と、ベッドの上に座っていた私は傍らに置いてある制服の方を見る。
正直私がこの春から通う学校は、制服に一目惚れして決めたようなものだ。
「受験頑張ったものね」
「うん!絶対にこの制服を着たかったんだ!」
「そうね、だったらちょっと着てみなさいよ。今夜はパパも久しぶりに帰ってくるわ。その制服を着てお出迎えしたらきっと喜ぶわよ?うん、そうしなさいな」
そう言ってママは新しいブラウスをクローゼットから出して私に手渡す。
私の父は仕事柄家を留守にすることが多かった。
海外拠点の新規立ち上げ専門の部門にいるそうで、様々な条件に照らし合わせながら、世界中に生産や販売の拠点となる場所を増やしているらしい。
着ていたシャツを脱いでブラウスを着る。
襟はシンプルな丸襟だけど、正面の合わせ部分にはフリルがあしらわれており制服っぽくない。
キュロットをベッドに脱ぎ捨てて、制服のスカートを穿く。
このスカートはコルセットスカートになっており、正面に二列の金の留め具がとてもおしゃれだった。
かなりショート丈のブレザーは、長袖のボレロタイプで襟元で留めるタイプだ。
そこに大きなリボンタイを結べば襟元の留め具も綺麗に隠れるのだけど、どうにもうまく結べない。
「ほら、こうやって結ぶのよ。よくみてなさい」
ママが見かねて結んでくれる。
キュっと結ぶと
「入学式までに自分で結べるようにならなくちゃね?」
とウィンクした。
「うん、頑張る」
仕上げに指定のハイソックスを履くとママは私を鏡の前に立たせて言うのだった。
「慧美、中学卒業おめでとう。入学式が終わればすぐ一六歳ね。ママあなたが素敵に育ってくれて嬉しいわ」
その後帰宅した父を二人で出迎えると父は大いに喜んでくれた。
一週間ほどの休みを挟んで再び海外出張が控える父は、一足先にみられた制服姿は嬉しいサプライズだったようで、卒業と入学、そして四月の頭に控えた誕生日プレゼントを兼ねて、あれこれと買い物に連れて行ってくれると約束してくれたのだ。
その食卓を囲んでの楽しい家族の団欒は、中学校の卒業式の翌日の話だった。
今となってはもう届かない、ここではない場所の物語。
◇ ◇ ◇
身体の芯に残る熱に目が覚める。
よくスプリングの利いたベッドから抜け出した私はサイドテーブルに置かれた水差しからグラスに水を注ぐと一口、二口と飲んだ。
ほのかにつけられた柑橘類の香りが口の中に拡がっていく。
少し考えてから、ベロニカさんお手製のキャミソールの上にショールを羽織り、そっと廊下に抜け出す。
廊下にはぽつぽつとランタンがつるされているが、それも必要ない位に月明かりが窓から差し込んでいて、歩くのには不自由は感じなかった。
ウォータークローゼットで用を足し、洗面台の前に立つ。
大きな鏡の中に映るのは、まだ見慣れないエルフだ。
月明かりを浴びて幻想的に静かに輝く銀色の長い髪。
白く透き通るような肌。
物語の中に出てきそうなこの森の妖精こそ、今の私の姿。
不意に背後に母の顔を幻視する。
きっともう会うこともできない。
突然消えた私を探しているだろうか?
そもそも向こうの世界はどうなってしまっているのか?
読んだことのある小説などでは、世界が終わってしまって転生するとか、事故や病気で死んだ主人公が転生するような話が多かった気がするけれど、無事に元の世界に戻るといった話は少ない。
そして私自身も現在の状況から元の世界にはもう戻れないのだと、何か予感めいた確信すらある。
先立つ不孝をお許しください。
違うかな?
旅立ってしまった不孝をお許しください。
そんな事を思っていると不意に頬からツツッとつたい落ち、ポタリと床の上に散る。
いけないと思いつつ、どんどんとあふれ出す涙は落ちるたびに鏡の中で悲しく輝いていた。
「ううぅ。」
押し殺す声に灼かれる喉が熱かった。
今まで忘れていたかのような不安が次々と押し寄せ、耐えようとすればそれだけ余計に大きな波となって押し寄せてくる。
どれくらいの間そうしていただろう?
まるで塩の柱になってしまったかのような錯覚すら覚える。
気が付けば私はウォータークローゼットの前の廊下に座り込み、小さく身体を丸めて震えていた。
「――エリスお姉様?」
不意にかけられた声に身体がビクリと反応する。
恐る恐る顔を上げると、心配そうにこちらを覗き込む天使《ミリア》がいた。
「………………」
私の前にしゃがみ込み、首を傾げてこちらの様子を窺ったミリアはそっと私の手を両手で包み込んで、優しく立つように促した。
手を引かれ連れて行かれたのはミリアの部屋のようだ。
ベッドに私を座らせると彼女は何も言わずに私に抱き付いて、そのままベッドに押し倒した。
額に柔らかく押し付けられる唇の感触。
私の頭に優しく回された腕は時折トントンと背中を叩く。
それが合図だったかのように再び溢れ、零れ落ちる涙。
慟哭する私をミリアは朝までそうして抱きしめてくれていたのだった。
◇ ◇ ◇
朝露にまだ濡れる草木の間に敷かれた切石張りの小径を歩いていくと、そこにはローズガーデンがあった。
綺麗に手入れされたその場所は、さながら秘密の花園と言えば想像しやすいだろうか?
彩とりどりのバラが咲き誇るこの庭は、ロゼッタ婦人の自慢の場所でもあった。
薔薇は心を優雅に、ゴージャスにさせるということで、ここで新しいドレスの商談をすると、非常にスムーズに話が進むのだという。
ロゼッタ婦人はベロニカさんの創る服を、上層へ広めるための窓口になっているらしい。
人脈を形成しつつ、自分の分の衣料代くらいは軽く浮いてしまうとのことで趣味と実益を兼ねた役らしい。
少し遅めの朝食を採った後、こうして庭を案内されているのだけど、庭のどこを見ても良く手入れが行き届いていて素晴らしいものだった。
「あと二十日もすれば主人も戻る筈なの。そうしたらパーティーを開きましょう。今回の目玉はずばりあなた達よ」
それはつまり、貴族の御婦人たちの晒し物になるという宣言に他ならなかった。
サラの方を見ると彼女も心なしか顔を引きつらせているようだ。
でも快適な被服ライフを送るためだもんね、やるしかない。
「サラ、ミリアお嬢様のほうはどれくらいかかるのかしら?」
「そうだな、とりあえずあと三日は必要だろう。その先は基礎の反復をしてもらうしかない」
「じゃあ、私も頑張って奥様と本の翻訳をそれまでに終わらせるようにするわね」
ロゼッタ婦人の方を見ると彼女も頷いている。
サラは少し考えた後に意を決したように切り出す。
「奥様、お世話になる間に装備品を補修に出したのですが」
「それならセバスに手配させるわ。特別に注釈があればそのまま伝えて頂戴。うまく手配してくれるはずよ」
「助かります」
色よい返事を貰えてサラは安心したようだ。
そう、この世界の装備品とはサイズが自動で調整されたりはするものの、手入れをしないとダメになってしまうのだ。
装備品は命を預ける大事なものなのだから、できるだけきちんとした整備をするように教えられた。
勿論日常出来る範囲の簡単な手入れまでだが、自分の手に余るものはきちんとした整備を行う職人がいて、そういった者の手によって整備しなければ鈍らになってしまう。
「洋服も装備品なら楽なのにねぇ?」
着ているドレスの袖を見せながらそんなことを言う。
ベロニカさんから届いた追加のドレスの袖は少しばかり長すぎたのだ。
急拵えだから仕方ないのだけど、引っ掛けて痛めてしまわないかと不安になる。
笑ながら見ている二人の顔が驚きのそれに変化する。
「エリス……それ」
「え?」
サラの指さす先に視線と移すと、ぼぅっと光を発して適度な長さに縮まる袖口があるのだった。
「「「‥‥‥‥」」」
改めて自分のドレスを見る
『グリーンドレス:鮮やかな緑が美しいドレス。ベロニカ製【装備品】』
無自覚に発動してしまった鑑定さんが告げる衝撃の事実。
気が付けば私のドレスは『装備品』となっていたのだった。
こんにちは。
味醂です。
気がついたらエルフ第13話をお読みいただきました皆様には感謝の言葉を。
ありがとうございます。
副題に色々な意味を込めつつ書いた13話ですが、久しぶりに時間のかかる話でした。
通常の執筆時間からすれば3,4倍近い時間を費やし書いた話です。
段々自重知らずな能力を発揮するエリスですが、この後一体どうなっていくのでしょうね?
それではまた 気がついたらエルフ 第14話でお会いしましょう。




