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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第四章 厄災の緋眼
127/144

環の外にある者

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第127話公開です。

お楽しみください。

環の外にある者




どこか少女趣味を匂わせる、可愛らしい調度品の置かれた室内で、その座学は続けられていた。


「いいですか? エリス様。先程も申し上げたように、本来であれば詠唱により形作られた器に魔力を通すことで、魔法とは発現するものです。少なくとも私はそのように先生に教わったのですが……」


白い大理石の石板を天板として嵌め込まれたテーブルの上、置かれているいくつものボールには水が満たされていた。

そのうちのいくつかは、目の前で講義するサラの兄の一人、ブレスト・ブランドルが満たしたものであり、残りのものは、私が自分で満たしたものだ。


王との謁見の後、滞在用に用意して貰った部屋で改めて紹介を受けたサラの二人の兄。

アーレスとブランドルの両名と、その専属に従事する二人の給仕(メイド)、マルチナとマチルナの四名は、真っ先に到着した際の非礼を詫びることとなった。


要約すると、可愛い妹であるサラが、恋人を連れて戻ってきたのではないかという、勝手な勘違いから、ちょこっと恥を書かせてやろう――なんていう少々子供じみた発想に端を発して、あのような訓練矢を用いた襲撃が行われたそうだけど、話を聞くうちに私はこの二人の兄弟が抱える共通の動機に気が付いた。


結果から先に言ってしまえばこの二人、重度のシスコンである。

ではなぜその重度のシスコンである二人が、サラが危険な冒険者として暮らしているのを容認しているかといえば、それはサラがこの国の第一王女という立場であるが故だった。


この国に限らず、王族は自由な恋愛の権利など、ほとんど皆無と言っていい。

然るべき年齢になれば、然るべき相手を娶る、もしくは嫁ぎ、早々に他家との関係強化に務めされるのが世の常で、そうした話はサラにも例外なく押し寄せていた。


およそ五年前、サラが成人を迎えるにあたり、最も有力であった候補が殊更気に入らなかった二人の王子は、冒険者となり母の命を奪った病の特効薬の供給に努めたいという思いを利用して、後押しする形でサラを冒険者の道へと歩ませた。

当初は採集を専門とする冒険者になるだろうと楽観していた二人の思惑は、大きく崩れることになったのだけど、それはまた後の話。

迫りくる婚姻予定の相手も、男勝りな言葉遣いと腕っぷしの姫は手に負えないと、その話を白紙に戻し二人の王子の目的はその際にしっかりと果たされたのだ。


その後彼女が予想を遥かに上回り、めきめきと頭角を現して、第一級も時間の問題と言われるほどの冒険者に上り詰めてしまうなんてことには驚いたものの、それだけの力をつけた彼女を脅かす存在は、早々いるものではないと、これも誤差の内としていたそうだ。


夏生まれだというサラはこの夏で二〇歳となり、そんな彼女が突如帰郷すると、自分の飛竜を伴ってすぐに再び飛び出した。ブランドル家では飛竜を伴うのは、その出自を明らかに宣言する意味合いがあり、彼女がブランドルの人間――つまりはサラ・ブランドル第一王女として行動をする必要のある事柄……つまりは結婚を視野に、誰かの下を訪れたのではないだろうか? と考えたらしかった。

船で帰ってきたことが、その予測を裏付けるような事になったらしいけれど、正直私にとってはその辺の事情がピンと来ず、あえて追及することもしなかったけれど、とにかく今回の騒動の原因だという事は、説明を受けることができたのだった。


義弟候補への軽い洗礼のつもりが、その鉾の向けられた先、ロイヤルクラウンと呼ばれる王家の紋章に共通する意匠を付けた服を着た私が出てきたことには相当驚いたらしく、まさか王子達がそのような事を手引きしたということが明るみに出れば一大事という事でメイドたちは即座に、臨機応変(・・・・)に対応したようだけど、そのことが却ってリーリカやサラの逆鱗に触れたのだから、なんとも皮肉な話だろう。



随分と説明が長くなってしまったけれど、とにかくその謝罪の後、第一王子は早々に退散し、後に続く第二王子をサラが引き留め、この魔法学の座学は始まった……のだけれど。



私達は互いに頭をひねる状況に陥っていた。


魔法について教えを乞うと、では実演しようという事でブレスト王子はボールの上で手をかざし、声高らかに詠唱すると水を出現させた。

そして私がそれを詠唱なしに行うと、やはりボールは水で満たされるのだけど、どうも詠唱を伴って王子が出現させる水の量は常に同じであり、詠唱の同時と共に一定量の水が現れるといった感じなのに対して、私が魔法――この場合ウォーター・ボウルを行使すると、私がイメージした位置へ、次第に大きくなる水の玉が現れるのだ。


なにより頭を悩ませたのが、ブレスト王子の唱える詠唱を真似てみても、何の反応も起きない事で、そのことに王子は首を傾げることになる。


「私には詠唱を伴う魔法の行使はできないのでしょうか?」


そんな私の疑問に、王子はといえば


「決められた詠唱に基づいて行使されるのが普通なのですが……途中で魔力が霧散してしまっているのは間違いありません。もっとも詠唱を行わないエリス様の魔法行使のほうが、遥かに高度な技術であるのは間違いない事なのですが」


悩みながらに応える王子に、ちょっと待ったと反論を唱えたのはリーリカだった。


「ですがエリス様、以前ブラッドフライを殲滅した時には間違いなく詠唱していたようですが」


「そうだな、この間のシーサーペントの時も、確かにアタシもエリスの詠唱を聞いた。今まで魔法の詠唱なんかロクに耳を傾けた事なんかなかったけど、あれは詠唱だろう? 最もブレスト兄様の詠唱とは、なんか雰囲気は違うんだけどな」


リーリカとサラのその言葉に、ブレスト王子は食いついて、そのことについてアレコレ質問を繰り返すのだけど、どうにも王子が聞きたい答えが出てこないようで、彼はややイラついたように、組んだ腕を指先でトントンと叩きながら何やらブツブツと呟いている。


そんな王子がサラの一言で時を止める。


「船のデッキに広がったあの模様はなかなか迫力があったな。兄様はああいうのはできないのか?」


「模様、だと!? いや、まさか……賢者の魔法!? でもそれなら……」


再び独り言を呟きだすブレスト王子は自分の思考の世界に旅立ったようで、周りの声は既に聞こえていないらしい。

ふとマチルナさんの方を窺えば、彼女は小さく首を振り


「ブレスト様がこうなってしまったら、お待ちいただくほかありません」


と、すっかり冷めたお茶を入れ直しにかかるのだった。



◇ ◇ ◇



私は知識の蒐集こそが生き甲斐だった。

全ての疑問を紐解く事こそが、自らの存在意義であり、また知を求める者にその知識の一端を伝えることが喜びだった。

西の大賢者と敬われ恐れられたのはいつの事か。

そんな私がたった一つ、悔いに残ることと言えば、この事態を未然に防げなかったことだろう。


あの時はまだ、その真理には程遠く、私はよもや看過していたほんの些細な事件が我が身に跳ね返ってこようとは、予測だにしていなかったのだから。


あの時だってそうだ。

自室(研究室)で集めた知識の編纂に明け暮れていたところを襲われて、不覚にもこうして動けぬ身の上となってしまったというのだから。

セカイにちりばめられた、星の如き数の謎の数々が、私という者によって解き明かされることを待っているというのに、くだらない定命の定めすら、超越する術を確立していたというのに、それを実行する前に、こんな不完全な形で輪廻の環の外へと弾き飛ばされた私は、待ち続けることを余儀なくされた。


既に時の感覚も無く、あれからどのくらい経ったのか知る術は、あまりにも少なく、それこそ稀有な可能性に等しかった。だからと言ってそれが皆無という訳でもなく、現に私がこうして姿を変えてより千年以上の時が経っていることは把握していたのだから。


長い年月の中には、こんな場所にまで足を運ぶ奇特な者がいるという事だ。

知識を求めやってきた彼らに、私は知りうる知識を授け、時にその結果の報告を、心待ちにしながら過ごしていたが、さて最後に人が来たのは一体いつの事だっただろうか?

百年前か千年前か、或いは昨日かもしれないその希薄な自我と意識の中で、私は永遠に待ち続ける事しかできないのだから。


もはや本当の名前も覚えておらぬ。


こうして本棚の中、誰かの手が伸びてくるのを待つ日々が、これからも永遠に続くのだろうか?

眠ることすら許されない、永遠に果てぬ意識の中で、ただ私は待ちわびる。


「この知識を欲する者よ、早く我に手を伸ばせ」と。



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