望郷の木は告げる
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第126話公開です。
望郷の木は告げる
およそ三階近くまでの高さが吹き抜けとなった謁見の間は蘇芳色のカーペットが敷き詰められて、中央には深緋色の鮮やかなコントラストで玉座へと続く道が浮かび上がっていた。
玉座の手前、数段ある階段の手前で終わっている絨毯の端より、数歩下がったところで立ち止まると、私は極力優雅に見えるよう、ブランドル公国の公爵――というのはもはや形骸化された昔日の名残である、実質の国王に挨拶をした。
西の大陸中央部から東部は二千年ほど前より多くの小国が群を為す、動乱の地だったそうだ。
僅か数百年前の日本がそうであったように、その土地の有力者が国を興し、周辺地域を統治する。
それよりは幾分スケールが大きくなっただけで、話を聞いていればその実態が実に似通っていることは充分理解できていた。
そんな小国ひしめく地域をおよそ一四〇〇年程前に大半を掌握したのが今は亡き帝国で、一人の若き皇帝が広大な西の大陸の七割を統一していたそうだ。
その統一圏より発生した文化や技術は大変多く、今では失われてしまったものも数多くあるそうだけど、古い文献によれば突如野に降り立った青年は、類稀なる才覚を発揮してあっと言う間に一国の主となると、皇帝を名乗り次々と周辺諸国を併合していったそうで、それにいち早く対抗すべく組まれた同盟が現在のサイラス地方の六公国のルーツだという。
年齢的にまだ高齢とはいかないはずのサラの父親――ガーランド・ブランドル王はややこけた頬の為か、若干老けて見えるだろうか?
その国王は、私とリーリカの話す緋眼の話を頷きながら聞くと、先に渡しておいたノーザ国王の親書に再び目を通し、全面的な協力を申し出てくれた。
公の謁見としては特段変わったことは無く、また後程ということになり謁見時間は極短いもので終了した。
「思った以上にブランドル王は淡白でしたね」
そんな事を言うリーリカの感想ももっともと思いながら、私達は城のプライベート区画へと案内されている。
前を行く兵士から、階段前で給仕に案内が引き継がれ、絨毯の敷かれた階段を上っていくと、なんとなく調度品や、内装の雰囲気が柔らかくなり、絨毯を通して伝わる床の感触もまた、違ったものへとなっていた。
「もしかして、この辺りの床は木材かしら?」
「よくお分かりになりましたね。この城は居住区は後から増築されているために木造なのです」
私の疑問に答えてくれた、先程階段で案内を引き継いだメイドさんは、確か……マルチナさんか、マチルナさんか、申し訳ないけれどまだ判別できない双子のメイドのどちらかだった筈。
確か髪の分け目が違うのよねと思い出しながらも、今一つどちらがどうだったとか、詳しく自己紹介を受けたわけでは無いので分からないので、そこは早々に諦めて、ここは率直に名前を聞いてみる事にした。
「ごめんなさい、まだお二人の区別がつかなくて、マルチナさんかマチルナさんか、私には分からないのだけど」
「いえ、皆様そうですのでお気になさらず。わたしはマチルナ。マルチナが姉となります」
あまり表情を変えずに説明する彼女に、出会ったばかりの頃のリーリカをなんとなく重ねていると、客間へと到着した。
「よう、謁見はもう済んだかい?」
と手をあげ迎えてくれたのは、勿論サラで、服装も菫色のドレスが実によく似合っていた。
そんなサラに対して、マチルナさんは
「姫様、折角そのようなお召し物を着ているのです、もう少し言葉遣いを正していただきませんと……」
なんて苦言を呈するものの、サラは一向に気にした様子も無いのがなんとも彼女らしいといえば彼女らしかった。
「ほら、アタシの言葉遣いはどうでもいいから、客人を突っ立ったままにしてらダメだろ? マチルナ」
それどころか、思わぬ反撃にやや頬を膨らませつつ、私達に向き直ると
「大変失礼しました、こちらでお寛ぎください。じきにアーレス様とブレスト様もいらっしゃいますので」
と、深々と頭を下げると早々に退散してしまった。
「サラは二人の区別がすぐにつくのね?」
「ああ……あの二人、マルチナとマチルナはそれぞれ兄付のメイドだけど、姉のマルチナは金の髪留めを、妹のマチルナは銀の髪留めをしているのさ。耳飾りも同じだから後で見比べてみると良い」
「そんな違いがあったのね。リーリカは気が付いた?」
「いえ、そこまでは。まだ面と向かって紹介を受けた訳ではありませんので。ただ……妹のほうがやや声が高いようですね」
そんなリーリカの返答は、正直予想外で……確かに気持ち声のトーンに違いは感じていたものの、どちらがどうなのかとは、私は全く判別が出来ていなかった。
まあ、とにかく金は姉、銀は妹ってことなのね……おぼえとこ。
心の中で呟いて、宛がわれている客室を改めて見分すれば、既に私とリーリカの荷物も運び込まれており、奥の部屋を覗けば寝台も既に綺麗に整えられていた。
どちらかというと、やや可愛らしい内装と調度品を眺めていると、白磁のティーセットがサイドテーブルの上に用意されているのに気が付いた。
どうみても桜の花が染め付けられているその白磁のカップを見て、この世界にも桜があるのかしらと疑問に思っていると……
「なかなか可愛い柄だろ? 御伽噺の中に出てくる木に咲く花らしいけど、亡くなった母の趣味なんだ。そういうものは」
「お母様の……あのね、サラ。私がいた世界では……いいえ、特に私がいた国では、とてもよく見るサクラって木に似てるの」
「名前までは知らなかったけど、そうかサクラか。どんな木なんだ?」
「そうね、あまりにありきたりな木だったけれど、ややつるっとした木肌で、ほんのり赤味を帯びた木で、春になると綺麗な花を咲かせるわ。それを見ながら飲み食いするのが良くある春の行楽だったけれど、風に舞う散り往くサクラの下を歩くのは、とても好きだったなぁ」
桜。私も大好きだった桜の花。
家族で良く行った公園は桜が沢山植えられていて、春の休みの日ともなればその樹の下で花見に興じる人が沢山いたものだ。
「でも、そっか……この世界では空想上の木なのね。ちょっと残念だわ」
もう見れないと思えばこそ、余計に恋しくなるのが人の心というもので、割と普通にヒノキやらスギがあるこの世界で、桜の木もあるのではないかと、どこか楽観的に見ていただけに、なんとなく寂しさを余計に感じてしまうのだった。
そう、このとき私はまだ気が付いていなかった。
この白磁に描かれた桜の柄が、どこよりもたらされたものだったのか、その可能性というものを、もう少し私に観察力と洞察力があったなら……。




