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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第四章 厄災の緋眼
120/144

ブランドルの港

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第120話公開です。

お楽しみください。

ブランドルの港




大きく張られた帆に追い風を受け、リオンの暁号は力強く波を切りながらに進んでいく。

二つの船首に付けられた衝角は、体当たりの為というよりは、波を効率よく切り裂くためのものらしい。

双胴船という珍しい形のこの船は、この世界ではそう数のあるものではないらしく、僅か数隻しかその存在を知られていない。


そういった事情の中で、このリオンの暁号は間違いなく最も知名度の高い双胴船で、古くから海に近しい民として、培われた高い造船技術と操船法が、その運用を可能としているのだという。



リオンを出発しておよそ七日。これまでずっと右手に見えていた北の大陸がその姿を途絶えさせるといったところで私はリーリカに聞いてみた。


「あの辺りが北の大陸の南海岸での西端かしら?」


私が指さす先を見てから、周囲をぐるりと確認したリーリカは何かを思い浮かべるよう、空中に何かを描くと


「そうですね、丁度あの岬の影になっている辺りがリグレットの港の筈です。順調なら今日中には西の大陸に到着できる筈ですよ?」


つまり現在地は、リグレット伯爵領にあるリグレットの港の沖合で、そこから半日もすれば西の大陸との海峡を越えることが出来るのだとか。


あくまで個人的な感想として、"リグレット" なんて、少し可哀想な名前の気もするけれど、それは私が元居た世界での話。この世界のそれは単純に名詞として、他に深い意味があるという事はないのだろう。


この航海の主軸が通常業務であれば、船体に損傷を受けたリオンの暁号はリグレットの港で修理を受ける運びとなっただろう。しかし今回の航海は、あくまで国王の使者に近い立場であり、なにより馬車を運ぶのが目的の為、このまま西の大陸、ブランドル公国の港を目指すこととなる。


今私たちが目指しているのは、ブランドル公国の中で、最大の貿易港のある港街でおよそ二十年前に改名されたその港の名前はサラという。


……そう、なんでも後継ぎというわけではないものの、王と王妃が渇望していた姫君の誕生を祝し、その街の名前を娘と同じ名前にし、その領有をも娘のものとしたという、住民たちにとってはそれまで馴染んだ名前を急に変えさせられて、いかにも迷惑そうな事ではあるが、むしろそれは行幸と喜んで、領地の返還と都市の改名は行われたのだという。


今頃はサラの港にあるドックでは、サラの飛竜がもたらした封書によって船体の修理準備に右や左への大騒ぎになっている事だろう。


それにしても、他国の船、それも国有船なんか直させてしまっていいのかしら? なんて疑問は浮かぶものの、サラ曰く、私も乗っていてその被害に遭ったんだ。その乗っていた船が命の恩人の為に運行されている船というなら、なおさらの事。きちんと責任をもって直してやるとサラは言い切ったのだった。


随分と高い船代になった気もしないではないけれど

サラの港を介して入ってきた品に課せられる関税の八割は、領主――つまりはサラのものとなるらしい。

サイラス公国の六つの国の内、海に面するのはそのうち四つ。トクラ、ゾーン、ブランドルの三国には港があるらしいけれど、ブランドルの南、アクラは断崖と岩礁地帯らしく、港がない。


そして海のないリタニアとワストラの二国の内、南側のワストラは地形上の理由から、ブランドルからアクラを通り、ワストラへと抜ける街道が主軸ということで、事実上三国分の海路での貿易がブランドルの財源を豊かにしているのだった。


その事を説明するサラは、いたずらのばれた子供が渋々その全貌を打ち明ける時のように若干顔を引き攣らせ、乾いた笑みを張り付かせていたけれど、この状況となればこちらも、もうその位の事では取り乱すことも無くなっていた。


◇ ◇ ◇


石畳の狭い路地をサラに先導されて歩く事しばし。

サラの港に入港したリオンの暁号は、荷下ろしにしばらく時間が掛かるという事で


「ならその間にメシいくか」


なんて言い出すサラに引き連れられて、一軒の料亭へと足を運んだ。

当初昨日の間に到着できると思っていたものの、風と潮の流れが悪く、結局予定より半日強遅れての到着で、お昼ご飯というには少々早すぎるこの時間では、その店もまだ店を開けている様子はなかったのだけど――


「ついたよ」


なんて言いながら、サラは構わず店の扉を開けるとズンズンと中へと入って行ってしまった。


「おっちゃんいるかい!?」


まだ窓の開けられていない薄暗い店内に、ハリのあるサラの声が良く響くと、バタバタと店の奥のほうから出てきた人物は、やけに上半身のがっちりとした、丸太のような太い腕の店主だった。


「姫様!?」


「こんな時間に悪いんだけど、到着が遅れちまってね。この街に来たらまずはおっちゃんと女将さんの料理を食べないと、どうにも落ち着かないんだ。いいかい?」


「良いも悪いも、姫様にそこまで言われて――お引き取りください。なんてこた言えるわけがないでしょう!?」


慌てた様子で店主と思しき人物は、店の奥側の扉を開けると私たちをその扉の奥に案内する。


「うわぁ、テラスになっているのね!?」


「良い眺めだろ? ここで海を見ながら食べる料理が、たまらないんだよ」


「暫く保存食ばかりでしたからね。船旅では仕方のない事ですが」


テラスの上には一応屋根が掛かっているものの、僅かな柱と柵だけの、開放的な木のデッキの上には大きなテーブルが置かれており、吹き抜ける風が気持ちよかった。


私たちを案内した主人はいそいそと厨房のほうへと駆け込んでいったけれど、代わりにやってきたのは背の高い奥さんだった。


「姫様! 前もって言って頂ければお待たせすることなく用意しておきましたのに、ほんとにいつも急なんですから」


「女将さん悪いな、なんたって今さっきついたばかりなんだ。丁度荷下ろしに時間が掛かるんで、その間にメシにしようと思ったら、やっぱりここしか思いつかなかった」


「そういって頂けるのは嬉しい限りですけど……」


「あの、こんな時間に押しかけてしまってごめんなさい」


お店の人のなんだか申し訳なくて、私が慌てて立ち上がって謝罪すると、いつの間にかリーリカもそれに倣っていた。


「ああ、そうそう、エリス達(こいつら)にもここの料理を食わせてやりたかったんだよ」


「まぁ? こんなむさ苦しい店ですが、どうかこの店――ブルート亭の海賊料理をたんと食べて行ってくださいね」


結果的に私の行動は、サラにダシとして使われて、却って追い打ちをかけてしまったようだった。

それにしても海賊料理。

一体どんな料理なんだろう?


「とりあえず飲み物は、アタシはエールを。えっとエリスは何がいい?」


「私はエールはあまり得意じゃないから、葡萄酒をもらおうかしら? リーリカは?」


「わたくしはエリス様と同じものを」


「そんなわけで女将さん、エール一つと葡萄酒は……そうだな、白の発泡のものがあればそれを二つ頼むよ」


「エールに白の発泡ですね。すぐにお持ちしますよ。先付けに何か適当なものを用意しましょう」


「ああ、それで頼む。料理はおっちゃんにお任せでいいから、じゃんじゃん持って来てくれ」


そんなやり取りのあと、用意された先付は――うん? なんだこれ??

やや透き通った乳白色の、トロリとしたそれに私は首を傾げながらも少し匙ですくって食べてみる。

独特の旨味の濃縮された、ほんのりと発酵臭のあるコリコリとした食感の食材に、首を傾げているとリーリカは


「これは貝の()れものですね。貝柱と身を薄切りにして、叩いたワタとともに塩で漬け込んだものです」


と教えてくれた。

熟れもの――つまりは発酵食品で、このコリコリしているのは薄切りに漬けた貝らしい。

私が食べたことがあるといえば普通のイカの塩辛だったけど、あそこまで強い匂いがあるわけでもなく、もっとさっぱりとしたこの塩辛は、噛みしめるごとに滲む甘味が拡がって、食欲を掻き立てる。

勿論塩漬けなので塩気はあるものの、イカの塩辛なんかに比べれば、はるかに優しい味だった。


料理が出来上がるのを待ちながら、グラスを傾けとりとめもない話に興じるのもいいものだけど――


色々と大変な時に、こんなにのんびりとしていて良いのかしら?



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