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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第四章 厄災の緋眼
119/144

目覚めの波紋

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第119話公開です。

お楽しみください。

目覚めの波紋




高い山々の峰に木霊する、苦悶に満ちた咆哮が収まる頃、彼は満足そうにその光景を見回した。

眠りに入った火山の火口の中は、未だに所々に溜まる汚泥のような沼の底からボコリ、ボコリと熱気を帯びたガスが漏れ出ていた。


灰色のその沼の中に流れ込む幾筋もの赤い血が、趣味の悪いマーブル模様を描いており、その流れの元をたどって行けば、幾体もの竜種の躯が積み上げられており、躯が積み上げられているその奥に、一際大きい竜が、その翼を、体を、尾を、首を……身体中の至る所を武骨な槍で貫かれ、更には岩盤へと縫い留められていた。


既に光を失いかけているその双眸に映るのは、漆黒の甲冑を身に纏い、ボロボロに引き裂かれた外套を、火口内に渦巻く風にたなびかせる一人の男の姿だった。


「おのれ人間め……我が眷属をよくも……」


「眷属? 風竜というものは、随分と軟弱な眷属を従える脆弱な者なのだな。弱き人々より神と讃えられ、火口(狭い世界)の中で強き王にでもなったつもりだったか? これは滑稽。井の中の蛙どころか、火口の中の羽根蜥蜴(はねとかげ)だったか」


眷属を罵られ、弄ばれて、惨殺されたその眷属の主の瞳が、その侮蔑に満ちた男の表情に、怒りの色を灯す。


「この恨み忘れぬぞ、人間。わが命が尽きようとも、いずれ貴様を呪い殺してくれるわ」


「そのような体で良く言う。アクラ山の竜神・風竜というからどれほどのものかと思えば、とんだハズレだったようだ。その幾何もない命の残り火が尽きるまで、精々貴様の無力のおかげで散っていた眷属たちに詫びるんだな」


男のその言葉に風竜は口を開くものの、そこから言葉が紡がれることは無く、その様子をみて男は興味を失ったとばかりに黒い霧となりその場から消え去ったのだった。


男が消え去ってからほどなくして、竜神はその長い生涯に幕を閉じたのだった。



◇ ◇ ◇



真っ白な世界がある。

ここはラスティの領域(セカイ)だ。


何度目か忘れてしまったけれど、私は時折この世界へとやってくる。

ラスティの姿は見えないというのに、その存在はそこかしこに感じられ、その感覚を例えるならば、吹き抜ける風の中に立っているかのようだ。


見ることが出来ないのに、それに触れている――擁かれている感覚はあるのだから。


この白い領域で、私の目に映るのは、世界の俯瞰。

くるくると支え合うように安定していたはずのその三つの世界は、もはや安定とは程遠い。

青い世界と赤い世界が交じり合い、その動きを停めてしまっている。


「あの二つの世界はどうなってしまうのかしら?」


意を決して私が問いかけたその疑問。

たとえ二度と戻ることができないとしても、やはり自分がいた世界がどうなってしまったのかは、非常に気になるところなのだ。


「わかりません。それが新たなセカイのカタチとなるか、或いは消えてしまうのか」


「……」


「ただ一つ言えるのは、エリス? 貴女を私が構成できたのは、セカイの揺らぎがぶつかり合った為。ブルーノートに集められていたエッセンスは、ブラッドノートをその場に墜としましたが、その時セカイを超え凝集されたエッセンスは、そのまま貴女を形作っているのです」


「?」


ラスティとの問答に、大分慣れたと思っていたけれど、どうやらそれは私の錯覚らしいということが、改めて身に沁みる。


"エッセンスが私を形作る"


その言葉は一体どういうことなのだろう?

それに、ブルーノートに集められていたというエッセンス。

あの世界で一体、そのようなオカルトな事象は認められていただろうか?

そういった考えは勿論あったけれど、どれも想像や空想の域を出ることは無く、精々宗教的な概念の中に姿を見せる程度だっただろう。


私がエルフとなってから、魔法というものが使えるようになった。

かつては夢物語だったその魔法(ちから)は、魔力(マナ)と呼ばれる輝きを、形作ることで顕現される。

それは自分の内だけでなく、セカイのの至る所に満ちているのだ。


そしてマナも瘴気も極性こそは違うものの、その本質は同じものだという事も、感覚的にわかっており、それらが純化されたものこそが、エッセンスだという事を、世界樹たちは語っていたし、朧気ながらに自分の内に、エッセンスの存在を感じることも出来るようになってきているのだった。


「エリス、貴女はセカイの可能性というものが生み出した、セカイの希望の光。光とは、自ら考え他を照らすものではありません。光であるが故に、その周囲は照らされるのです……どうかそのことを忘れないで」


私を包むその言葉は、とても暖かく、それでもどこか悲しげで、本当は、この先にどのような結末が待っているのか、それを見越しているような、説明し難い印象を私に強く与えるのだった。



――――。


「……リス……エリス様」


朧気に聞こえた愛しい声と、突如襲われた浮遊感とその喪失に、私はクラクラとしながら目を開けた。

私はどういう訳か、猛烈な息苦しさと、激しい動機を感じながら大きく身体を震わせた。

同時に全身を波紋の様に広がる倦怠感に包まれて、見慣れない天井を見上げながら、その波紋の中心(・・・・・)に手を伸ばすと、ふわりと柔らかく、なじみ深い癖毛の感触に行きついた。


「エリス様、よかった……気が付かれたのですね。もう少しで綺麗になりますので、そのまま力を抜いていてください」


再び目を閉じて、柔らかく温かいその感触を感じながら、幾度となく押し寄せる波が起こすその波紋に耐え切れず、私は再び身体を大きく震わせるのだった。


◇ ◇ ◇



「大丈夫ですか?」


僅かに揺れているように感じるのは、ここが船の上だからなのか? あるいは別の何かによるものなのか。

そんなことを考えながらも、私はなんとか身なりを整え直し、サラの使っている寝台の上に座っていた。


「大丈夫、だけど……リーリカ、一体何をしていたの?」


「海に落ちたエリス様を拭いて、綺麗にしていました。ここは船上ですので、湯で拭う位しかできませんので、あとは私が――」


「あ、その先は言わなくていいや」


「――はい」


リーリカがどのように私を綺麗(・・)にしていたか、はおいといて、私はまだ混乱する記憶のピースを頭の中で整理していた。


そう、船。船だ!


 北の大陸にあるノーザから西の大陸に行くために、再びコフの先を目指して西方へと陸路をとって、西の断崖を大きく迂回してのち南方の港町から海路を取るよりは、リオンから北の大陸の南側の外海を西へと進む方が楽だろうという事で、ノーザ王国の持つ国有船、リオンの暁号が用意されたのだ。


この船であれば、西の大陸へと馬車も持ち込めるため、便利だろうという事だったけど、リオンを出発して数日後、突如現れた怪物に、私はまたしてもやらかしたらしい。


シーサーペントと呼ばれるその魔物はかの有名なリヴァイアサンやクラーケンと並ぶ海の伝説の魔物らしい。

蛇というよりは、もう少し海竜のソレに近いシルエット。


胴の中央部分は他の部分に比べて三倍程度太く、その周辺はトゲトゲとした多くの突起が付いていた。

リヴァイアサンも割と似た姿らしいのだけど、その大きさと全身を覆う強靭な鱗と棘、顔の周りにあるという片側三本の角髭がシーサーペントとは大きく違うらしい。


その姿を思い出しながら、私はある生物を巨大化させて、魔物としたらシーサーペントによく似ているのではないか? という事に思い至る。

そしてその生物とはウツボ。


もっとも体色といえば、もっと美しく、まるで太刀魚のように輝いては居たのだけどね。


「そういえば……海に落ちたエリス様を引き上げた後、船員の方がこんなものを回収してきました」


回想に浸る私の前に、リーリカが取り出し置いたのは――その一本が三十センチはあろうかという、シーサーペントの牙だった。


「もう少しドロップしたようなのですが、流石に全部は回収できなかったようです」


そう言って置かれる六本の牙。


うわー、こんなのに噛まれたら、ただじゃ済まないわよね!?


しげしげと手に取って、眺めるその牙が、ほんの一時間ほど前には自分に向けられていたものだなんて、私はすっかりと頭から抜け落ちていたけれど、こうして無事にリーリカの元に戻ってこれたのは、人工呼吸で命を繋ぎ止めてくれた彼女のおかげだろう。


「ねぇ、リーリカ?」


「なんでしょう? エリス様」



呼びかけに首を傾げ応えるリーリカが――愛おしく感じる彼女に私は顔を寄せ、小さくも柔らかいその唇に口づけをした。


拒む事無く私を受容れるリーリカは、なんとなく深海の味がして――深い水底へと沈んでいくあの夢の先、彼女に紡ぎたかった言葉を自然と引き出した。


「リーリカ……ありがとう」




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