表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気が付けばエルフ  作者: 味醂
第四章 厄災の緋眼
117/144

魔に愛されし者

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第117話公開です。

お楽しみください。

 魔に愛されし者



「いいか野郎共! なんとしても時化る前に補修を済ませるんだ! 部材が足りなきゃ積み荷の木箱を崩すなり内装材剥いでも構わねえ! とにかく中央デッキの接合部の補修を急げ!!」


「「「アイサー!!!」」」


 図太い声が響き渡り、騒然となる甲板の隅で、私はあの化け物がもたらした被害状況を確かめていた。

 やや細身の二艘の帆船を、横に並べて繋いだようなこの船は、双胴船と呼ばれる帆船だった。

 それぞれの船体の重要な骨格となる竜骨に組み込まれたややアーチ型をした頑強な梁に支えられ、二つの船体の間には頑丈なデッキが組まれている。


 大量の積み荷を効率よく運ぶために考えられたこの双胴船は、互いに互いを支える均衡装置スタビライザーの役割を果たし、高い安定性を船体に与えていた。

 その丁度中央のデッキ、船首側となる部分が大きく破損しており、伝説の海獣とも呼ばれるリヴァイアサンと並ぶ魔物、シーサーペントが行った、最後の反撃によるものだった。



 リオンの港を出てから数日、このリオンの暁号は順当な航海を続けていた。

 ノーザ王国東端、リオンの岬を南下して、内海と外海を二つに分ける自然の大堤防、ノーザ大湿地帯を進路右手に眺めながら、その険しく切り立った岸壁に沿うように進んでいた。


 およそ四百年前、内海と呼ばれるものが、まだ砂漠(・・)であった頃、この近海に出現したリヴァイアサンが大暴れして、大海嘯(だいかいしょう)と呼ばれる巨大な津波を引き起こし、陸の海を揶揄してつけられた内海は、まさしく水を湛えた海と変貌した。


 先日訪れたダーハラは丁度今いる辺りから、内海を隔てた対岸付近に位置するはずで、内海の大氾濫と呼ばれる大海嘯による大波で、多大な被害を受けたのだという。

 記録によればそれは天まで届くかのような、水の壁が迫ったともあり、多少大袈裟に伝承されていたとして、あの高い岸壁を易々と超えた事を考えれば、地に立てばまさに水の壁が押し迫ったように見えた事だろう。


 私は甲板からブリッジに上がるとこの船、リオンの暁号船長である船長に話を聞いていることにした。


「被害の方はいかがですか? 航海に影響は?」


「おう、黒いねーちゃんか。今のところ航海に支障はねぇが――」


 そう言いながらに無精髭だらけの厳つい顔を、天に向ける船長。


「天気が……崩れるのですか?」


「そうだ。みろ、あの西の空に浮かぶ雲を。この季節西の空にあの雲がでると、決まって海が時化やがる。もっともあんたの御主人様のおかげで、デッキと連結梁一本にヒビが入った程度で済んだんだが……なにせ船首を繋ぐ梁だ、交換するにしても、少なくとも船首部分の竜骨を露出させて抜き取る必要がある大改修に違いない。そんな状況で時化に遭えば、どんな事になるかわかったもんじゃねぇからな」


「見た目以上に被害は甚大、ですか」


「あぁ、まったくもって情けない話だが、お前さんの御主人様が居なかったら、海の藻屑となっていてもおかしくはない。なにせ相手はあの化け物、シーサーペントだ。竜骨一本逝かれたくらいで済んだのが奇跡だがな」


 そう、船長の言う通り、被害は甚大だった。

 西へと向かうエリス様にノーザ国王が手配した国有船、リオンの暁号。

 その中央船首デッキの崩壊と竜骨の破損――――そして、デッキの崩壊に巻き込まれ、海へと落ちたエリス様は、すぐに助け出されたものの、いまだ意識の戻らない状態なのだ。


 正直な話、船が大破しようが私としてみれば、エリス様が無事ならどうという事はない。


 しかし、突如襲ってきたシーサーペントに対して、冒険者としてそれなり(・・・・)には名を馳せた私やサラ王女はあまりにも非力であり、当然乗組員たちも船を守るため果敢に戦いを挑んだものの、彼らはあくまで船乗りで、戦闘員というわけではない。そんな彼らが伝説級の魔物に敵う道理もないことは、言うまでもない事だろう。


 そんな状況をひっくり返したのは、エリス様だった。


 あの死を呼ぶ黒い狼煙のかき消したときの様に、船を守ろうと奮闘する私やサラ王女、そして船員たちが吹き飛ばされる中、エリス様はまるで歌うかのように詠唱を開始した。

 この広い船上の中央甲板の上でのたうち回るシーサーペントを、船首に立ったエリス様は真っ直ぐに見据えながら――黄色に輝く三つの魔法陣を出現させながら、巨大過ぎる雷の球で打ち倒したのだ。

 空気を震わせ響く大轟音に、その長い尾から灰化を始めたシーサーペントは最後のあがきと、その鋭い牙を連ねた(あぎと)を大きく開けると、エリス様めがけて吶喊(とっかん)の如き叫びと共に突撃した。


 グングンと迫る瀕死のシーサーペントは、あわやというところでその支えであった胴を灰化させ、大きくバランスを崩すとエリス様からやや逸れて、デッキへと激突したのだ。

 直撃を免れたエリス様は、デッキの崩壊に巻き込まれ、灰となり海風に流されるシーサーペントと瓦礫共々深い海へと転落したのだ。


 その様子を見ていた乗組員の数名が、あっという間に自らの身を海へと投じ、やがて二人の船員にその両肩を支えられ水面へと戻ってきたエリス様を、急いで甲板へと押し上げると、ぐったりとしたままピクリとも動かないエリス様の呼吸は――既に停まっていたのだった。




「それで……黒いねーちゃんよ、お前さんの御主人様の具合はどうだ?」


 ばつの悪そうな表情で、控えめに容体を聞く船長は、客員に船と乗組員を助けられたばかりではなく、怪我をさせてしまったという事に、ただならぬ責任を感じている様だった。

 そんな彼に私は黙って首を振れば、彼は行き場のない憤りを抑えるように拳を握りしめ、迷ったように、もう片方の手でその拳を強く包み込むのが精一杯という様子なのだった。


「快方の報告が出来れば良かったのですが、生憎とまだ意識を取り戻しません。多少水を飲んでいた以外は、みたところ外傷もなく、念の為にポーションも使いましたが、まだ眠ったままの状態ですが……なにせ呼吸は止まっていましたので、息を吹き返したといえ、楽観する気にはなれませんね」


 そう、本当ならば一時だってエリス様のお傍を離れたくない。

 もしその間に、エリス様の身に何かがあれば、私は生きる目的そのものを失ってしまうかも知れなかった。

 サイダの湖上での事といい、どうも水の上ではロクな事が起きないらしい。


「そうか……とにかく俺らは出来る限りのことをさせてもらう。何か必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ」


「ありがとうございます」


 簡潔に礼を述べ、私は再びエリス様の寝ている船室へと足を向けた。

 今はサラ王女が看病についてくれている筈の、船室へ。




 ◇ ◇ ◇


 船室に続く狭い廊下を歩きながら、私はその時を思い返していた。


 響き渡る大轟音。

 そして激しい閃光に続くシーサーペントの断末魔の叫びは、未だ殺気を強く孕んでいる。

 灰化を始めたシーサーペントに安堵しながらも、次の瞬間猛然とエリス様へと向かうその姿に、私は(おのの)いた。


 それは本当に刹那の出来事で……全ての光景がゆっくりと動くように感じられ、百夜(ももよ)にも等しく感じるその胸の苦しみは、その突撃の結末を予感してのことだろうか?


「エリス様!!」


 その声が、届かぬ筈の想いを、僅かに変えたのか? 大きく揺れる船上で、シーサーペントを支えた身体の部分が灰へと帰した。

 大きく傾くに任せるように、シーサーペントは依然兇悪な咢を大きく開けたまま、エリス様へと向かっていき、とてつもない衝撃と共に、木々が裂ける音が響き渡る。

 そして突如至近距離に強い衝撃を受け、宙に舞った白金色の妖精はその髪を大きく広げながらに、海へと落ちていった。



「落ちたぞ! いそげ!!」


 誰かが発したその声に、船首付近にいた幾人かが未だ崩壊のさなかにあるそのデッキの隙間から海へと飛び込んでいき、ほどなくしてエリス様は船上へと引き上げられる。


 慌てて駆け寄る私が目にしたのは、ぐったりと力なく身体を横たえ、指先一つ、なにより静かに上下しているであろうその胸すら動かない彼女の姿だった。


「ヤバイぞ! 息をしていない!!」


 既に容体を冷静に検分していたサラ王女の声に、私は我に返ると――


 急いで身体を横臥させ、自分の胸元へと身体を後ろから引き起こすと、強く後ろから抱きしめた。


 ゴボリ――と水が吐き出されるも、依然戻らないその呼吸に、再び身を横たえると私は大きく息を吸い込み、エリス様のすらりとした鼻をつまむと、彼女の柔らかい唇に、自分の唇を押し付けた。

 次第に弱まる拍動に焦りを感じながらも片手でエリス様の舌を押さえつつ、幾度目かのそれをしたときに、突然せき込んだエリス様は漸く呼吸を取り戻したのだった。


「良かった……」


 静かに上下する彼女の胸を見て、私はその唇に、改めてそっと口づけをしたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ