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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第四章 厄災の緋眼
115/144

黄昏の聖母

こんにちは。

味醂です。

気が付けばエルフ 第115話公開です。

お楽しみください。

黄昏の聖母




空から地上へと伸びる一条の光の柱。

私がそれに気が付いたのは、ほんの偶然だっただろう。

林の中の広場に生える巨木の近くに、貴重な薬草が自生すると聞いてここにキャンプを張って数日。

日々その薬草を探して歩き回るのが、ここへ来てからの私の日課となっている。


胸の病にも効くというその貴重な薬草は、なにより見つけるのが困難で有名だった。

松葉の様に細い葉をもつ薬草で、他の草に重なるように生えているため陰影のように溶け込んで、なかなか見つけられないのだ。

しかも不用意に刈り取れば、硬質の葉がガラスのように粉々に砕けてしまい、回収不能となる。


まったくもって厄介極まりない薬草にも関わらず、この稀有な薬草で命を拾うものもまた多いのだ。

天井知らずになる価格のおかげで諍いの種となることも多く、かつては戦争の原因にもなったことがあるらしい事から、現在では末端価格が上がりすぎないような保護がされており、購入は予約順。在庫さえあれば安価に供給されている。


そう、在庫さえあれば――。


まだ幼い頃、一国の王の妃であった私の母は、この薬が特効薬となる胸の病でこの世を去った。

その立場の権力を振りかざしたなら、おそらく助かったであろう彼女は、王権をそのように私的に用いることを良しとしなかったのだ。


「民の手本となるべき王が、秩序を乱しては、一体誰が秩序など守りましょう?」


夫である国王へ向けられたその言葉は、一人の夫として、また一人の国王として随分と葛藤に悩んだことだろう。

そして、その負担を少しだけ和らげるために、母は国民の前で、はっきりと自らを侵す病と、手順を守ることを宣言したのだ。


勿論順番を譲ると言い出す者もあったが一切取り合わず、結果として自主的にこの貴重な薬草の採集に励む者達も増え、常時より遥かに多く者達に、その恩恵がもたらされたのだった。


そしてその順番が、あと両手で数えられるほどになった時――


王妃はこの世を去ったのだった。


発作を起こして間もなく呼ばれた私を抱きしめながら、彼女は私の腕の中で息を引き取った。

最後にこんな言葉を遺して。


「サラ、まだ幼いあなたに寄り添ってやることの出来ない、不甲斐ない母でごめんなさい。でもどうか世の中を恨まないで欲しい。薬を心待ちにしていた多くの者が、私が病になったことで助かったということを、失われる命と等しく、救われる命もまたあるのだと。ブランドルの家に生まれた事を誇りなさい。私が王妃でなかったならば、ここまで多くの者が薬草を探し回ることは、残念ながら無かったことでしょう。人の命は伝承の女神へといずれ還るもの。秩序を貫いた立派な国王を夫とし、二人の王子と貴女に恵まれた私は幸せでした……どうか世界を恨まないで。貴女には父や、兄達がついています。城の者も手を差し伸べてくれるでしょう。困った時、辛い時は彼らを頼れば良いのです」


繰り返し世を恨むなと言いながらに息を引き取った母を抱きしめたまま、力尽きるまで慟哭し、重い微睡の中で私に芽生えた一つの決意。

冒険者となり、率先してこの薬草の供給に努めよう。

第一王女を捨てるわけでは無いけれど、時間の許す限りはそう生きようと、私は母の遺志に誓ったのだった。



そしてその日もその為に、こうして薬草を探していた時に、私のすぐ近くにその光の柱を目撃したのだった。

大木を包み込むその光はやがて地面の近くに収束し、次第に人の形を取ると静かに消えていったのだ。

何事かと思いながらも、私は大木へと駆けだしていた。

そして見つけたのだ。


――薄亜麻色の髪を持つ、心優しき地精霊ルーシア・ラスティ・ブルーノートを。



◇ ◇ ◇



――ルーシアはよく笑う。


屈託のないその笑顔に、何度私は救われた事だろう?

照り付ける強い陽射しがいよいよ夏の到来を告げている。彼女を保護してもうじき一年が過ぎようとしていた頃だった。


この一年の間に、彼女も冒険者となって、共に多くの場所をめぐったものだ。

保護した直後、しばらくの間は実家であるブランドル城に戻っていたものの、二か月もすると突然彼女は旅に出たいと言い出した。


その理由に気が付くまでにはもう少し私には時間が必要だったものの、ほどなく告げられるその理由は、私とルーシアの距離を加速度的に縮めていった。


異なる世界からやってきたルーシアに一切の記憶はなく、実家にあった身元確認用の水晶で名前を知ったほどだ。

そんな状況だというのに、彼女は地精霊(ノーム)の血がそうさせるのか、大いに慈愛を振りまいて、往く先々で困っている多くの者に手を差し伸べた。


時には罪人へと身を窶した者にまで、その手を差し伸べて。

死にゆく罪人が、その直前にあって、母なる慈愛に触れたとき、悔恨の涙に頬を濡らし、手に掛けた者への贖罪の言葉を残し、再び無垢なる魂へと生まれ変わることを祈りながらに処刑されていく。

そんな場面は何度あっただろうか?


「法により裁きを下すあなた方の邪魔は致しません。ただ死にゆく子供に母なる愛が向けられたとして、それを誰が咎められましょうか?」


とある処刑人に向けられたその言葉。

そして、ルーシアの慈愛を受けた罪人は、その業を肩代わりさせてしまう、処刑人までにも謝罪を言葉にして刑に処されていった。


そしてひび割れた心を抱えた処刑人へ、彼女の慈愛は向かうのだ。


秩序は守られねばならない。

しかし法の名の下に、断罪するものもまた、その命を刈り取る者なのだから。

実際に処刑人は心を砕いてしまうものも少なくなかったのだが、積極的に処刑場を巡り、処刑される者、処刑する者を癒して回るルーシアの行動を、咎めるものはやがて居なくなった。


いつしか彼女はこんな呼び方をされる様になる――黄昏の聖母と。



◇ ◇ ◇



仄暗い闇の中にあって、それは淡く光っていた。

病弱とも思わせるような蒼白な身体。純白の長い髪をもつそれは、すべての色を失ってしまったかのように、闇の中で淡く浮かび上がっていた。

かつての自分の姿というにはあまりにも幼いその身体はいまだ幼女の域を出ず、おおよそ女性らしさを窺わせるものは、わずかに柔らかく描かれる身体のラインだけだろう。


この星に流れるエッセンスの還流を僅かに切り離し、膨大な時間をかけて生成途中(・・・・)にあるそれが、かつての姿を取り戻すには、まだ莫大なエッセンスを必要とするだろう。

そして魂の入らないその人形を、虚ろな眼差しで見つめる漆黒の女性。


大いなる奇跡、悲願(サプリケーション)によりその身を転生させた成れの果て。

霧散し、昇華してしまった心と魂が、彼女をイリスでありながらリーリアであるという状態へ、魂の変質をもたらしてしまったのだ。


人の身にあって、長らく常闇として魂の大半を封じられていたアルの影響を受けた彼女は、魂を保持する器が(いびつ)なのだ。

結果的に心と魂を浸食されながら、イリスの僅かな記憶と魂に、リーリアとして過ごした、常闇――復活しないよう、封じ込められたアルの半身の発する瘴気が交じり合い、夜霧の力を以て無理矢理引きはがしはしたものの、本来の彼女の在り方に戻るには、複雑な純化の手順が必要となる。


その為にも私は一刻も早く、元の身体を取り戻し、リーリアを吸収することでイリスを残し、溢れる魂を移したリーリアとアルの娘から、イリスの魂を抜き出さなくてはならないのだ。


その魂と身体をエナジードレインで同化させた私には、かつての身体が破壊されてしまった理由を奇しくもその後に知ることになった。

よもやラスティの神子であったこの身体でなければ、私の身体が砕かれることは無かったというのに。


「さて、どうしたものかしら?」


「まだ期が熟しておりません。ここで焦ればすべては水泡と帰すやもしれません。今は忍耐の時かと」


「じきに役者は揃うはずかしら。でもそれは確かに、もう少し先の話になりそうね。アル、二~三体、土地神を堕とせるかしら?」


「お望みとあらば、即座に」


「そうね……簡単に見つかるような場所はダメよ?」


「では西風の竜でも堕としましょう。かの巣穴はそう易々と入り込めるものではありませんので」


「任せるわ。上手くやって頂戴」


「御意」


そう返事をすると、アルはその身体を闇へと溶かし、この場から消えていった。

私は日毎に疼きを増す胸を押さながら、イリスを呼んだ。


イリス……早く戻ってらっしゃい? そしてまた――――


胸元の紐を緩めながら、近寄ってくるイリスを(いざな)って、私は思案に耽るのだった。





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