約束は誰が為に
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第112話公開です。
約束は誰が為に
ミーシャの故郷であるというリンクスビレッジ。
その名前から村のようなものを勝手に想像していたいたものの、実際にそれを目にすれば、その考えが随分とかけ離れたものだという事が良く判る。
周囲の山に続く、なだらかな丘陵が広がるこの付近は、東以外をぐるりと山に囲まれて居るのだけれど、その距離感がおかしくなってくるほどだ。
街道の分帰路からリンクスビレッジへと続く道の先、いくつか商店がある以外、そこに住む人々は周辺の丘陵地帯に家を建て暮らしているのだという。
広さの括りが曖昧過ぎて、とりあえず山に囲まれた内側はリンクスビレッジだというものの、中心から山までの距離は恐らく軽く数キロはあるほどだろう。
イメージを例えるならば、高原丸々一つ牧場にしたような、そんな印象を受けるのだ。
「ミーシャはどのあたりに住んでいたの?」
「北の山の斜面なのにゃ。でも馬車の通れる道はないから中心の商店のところで十分なのにゃ」
住んでいたとこを聞いたところで、この反応。
なんでもここはどこの領にも属していないそうで、かといって自治が行われているかと言えば、甚だ疑問が残るところだ。
なにせリンクスビレッジは、取りまとめ役がいない。
流れ着いた獣人たちが、暮らしてるうちに、なんとなく付近一帯が獣人たちの住処になっているというのが正しい処で、皆それぞれに住まいの近辺などで狩猟を行ったり、採集を行う事で日々の糧を得ているのだという。
勿論それだけでも賄えない物を、この先にある商店で買うそうなのだが、現金をあまり持たない獣人たちは、もっぱら物々交換が主流なのだという。
そう言う意味ではこの里に帰ってきたミーシャは、かなりの現金持ちの部類になるだろう。
これまでにもかなりの額を日々支払ってきているし、退職金と言うわけではないけれど、生まれてくる子猫たちの為にも心ばかりの、とはいっても、一金貨相当の銅貨――百銅貨を先程お祝いとして渡してある。
決して、銅貨を全然使わないのでいい加減邪魔になっていたとかいうわけじゃないのだけど。
いや、多少は無くもない気はするけれど、それだけあれば成長の早い猫人の子猫がある程度大きくなるまでには十分な足しとなるだろう。
懐かしさにはしゃいでいたミーシャだったけれど、先程からはその言葉も少なくなり、何やら元気がないようにも見える。
「ミーシャ、大丈夫? 体調でも悪いんじゃないの?」
「そ、そんなことないにゃ」
「でもさっきから様子が変よ?」
「……」
黙ってしまったミーシャの口を再び開かせたのは、私の隣でそれまで静観していたリーリカの一言だった。
リーリカは片目だけを開けるとミーシャを見据え――
「本当に仕方のない猫ですね。思うところがあるのなら、早く言ってしまいなさい。でないともうすぐ着いてしまいますよ?」
遠くに見え始めた建物に、ミーシャは意を決したように
「いっぱい……いっぱい親切にしてもらったのにゃ。王都で捕まっていた時。旅の間も。でも、わたしはヤクタタズで――それでもこうして送ってくれて……」
なにから話したらいいものか、彼女なりに必死に考えていたのだろう。
まとまらない言葉を並べ立て、それでも足りない言葉は涙に代えて、彼女は胸の内に抱えていた想いを吐き出した。
「まったくエリス様もエリス様なら、猫も猫ですね。大方優しすぎるエリス様に、どう接していいのか分からないといったところでしょう」
そんな事を言いながら、リーリカの先程の視線は今度は私に向けられてしまうのだった。
そんな目でみられても、ねえ?
別に二度と会えなくなると決まったわけじゃない。
確かに私はあちこちと移動しているけれど、おそらく山百合に手紙を預けておけば、いずれかのタイミングで届く事だろう。
私はミーシャの横に移動すると柔らかい耳をむにむにと触りながら
「そうね、春になればきっと可愛い子が産まれているでしょうね。それまでこの魅惑の感触はお預けだけど、きっと元気な赤ちゃんを見に、会いに来るわ?」
「そうですね、産後の体力回復に、何かいい土産をもってきましょう。だから猫、無理をせずに元気な子猫を産むのですよ? きっとエリス様も喜ばれます」
涙を流しながら、何度も頷くミーシャの頭を、私は馬車が止まるまで撫ぜていたのだった。
ミーシャとの約束を守るため、これから生まれてくる彼女の子供の為に、私が出来ることがある筈だ。
その約束は、私にとっても大事なものとなるだろう。
◇ ◇ ◇
ミーシャをリンクスビレッジに送った後は、私たちは逃げ出すようにそこを後にした。
決意が揺らいでしまわぬよう、彼女を引き留めてしまわぬように。
豊かな自然に寄り添い暮らす彼らの里にも興味はあったけれど、今の私たちは厄災の緋眼に目をつけられている。
そんな物騒なものを、あんな平和な場所に持ち込んではいけないのだと、自分に言い聞かせ、その気持ちは馬車の速度にもあらわれて、今馬車はグングンとその速度を上げているのだった。
サラに代わり御者をかって出たリーリカは、なんやかんやとミーシャの面倒をよく見ていたのだ。
彼女だって、思うところはあっただろう。
速度を上げる馬車は、今の彼女の心の内そのものなのだ。
「見えなくなっちまったな」
「えぇ」
サラは車窓から、来た方角を振り返り、なんとなくそんな話を切り出した。
「まあ、なんだ。無事にルーシアの件を片付けて、また会いに来ればいいことだしな」
「そうね。そのためにも、今出来ることをしなくては。まずは王都で報告をしなければならないけれど同時に色々情報が欲しいところだわ」
「そうだな……仕方ない。あまり堅苦しいのは気が進まないけれど、アタシもノーザ国王に会うとするよ」
「ちょっと意外かも。サラが素性を隠して行動していた理由は知らないけれど、てっきりそのまま押し通すのかと思ったわ」
「それはそうなんだが、流石にアレを連れているしな。ブランドルの名前を隠しても飛竜を見れば一目瞭然だ。なによりただのサラではできない事だってあるからな」
つまりはそれは、彼女の決意の表れでもあっただろう。
利用できるものは、最大限利用するという決意表明だ。
それほどまでに事態を重く捉えているという事らしい。
「ねぇ、サラ? 前にも少しだけ聞いたけれど、厄災の緋眼は吸血鬼だと言っていたわよね?」
「そうだな……そう。厄災の緋眼についても少し詳しく話をしなければならないか。ただその話は少しばかり長くなる話なんだ、ノーザ国王にも説明するから、その時に一緒に説明するという事でいいかい?」
「勿論それで構わないわ。きちんと話してくれるなら、構わない。きっとそれは、私が知らなければいけない事だと、私の直感が告げているの」
「直感か……よくルーシアも、そんな事を言っていたっけ」
どこか遠くを見るようなサラの鳶色の瞳の中に、かつてのルーシアの姿が浮かんでいるのだろう。
サラが歩く厄災、緋眼から取り戻したい、ルーシアの身体。
それが例え彼女の死を決定づけるものであっても、彼女の身体で闇を撒き散らし闊歩する、その行いが許し難いといったとこなのだろうか?
いずれにしても、現段階で私がどうこうと言えることではないわね。
サラが遠からずそのことを説明してくれるのだというなら、私はそれを待つだけだ。
それにしても、厄災の緋眼が本当にラスティの神子であったなら、なぜ彼女? は世界の敵となってしまったのだろう?
するりと薄皮一枚下へ、潜り込んだ小さな棘の様に、僅かな違和感として私の心に刺さっていたのだった。




