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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第四章 厄災の緋眼
110/144

四章 プロローグ

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第110話公開です。

お楽しみください。


 第四章 厄災の緋眼


 プロローグ



 朽ちた巨木のウロの奥、瓦礫と化した社に隠される様にその階段は地底深くへと続いていた。

 この世を超えて、地獄までも続くかと思わせる、長い長い階段は、不規則に曲がりくねり、それはあたかも巨大なアリの巣を進んでいるかのような錯覚をもたらしている。

 ただ、その階段に分岐は無く、ひたすら不規則な、ただ一本の階段が下へ下へと続いているのだった。



 唐突に開かれた視界。

 一瞬上下も左右の別も見失うほどの空間で、所々に浮かぶ光球が朧気に照らし出すその空間の輪郭がそれを増長させているようだった。


 かつて世界樹と呼ばれ機能していたこの大木の下に、このような空間が広がっているなどと、一体誰が思うだろうか?


「お待ちしておりました」


 いつの間にか目の前に現れた長身の男から、恭しく声が掛けられる。

 男はその背に巨大な戦斧槍(ハルバート)を担いでおり、全身は闇に溶けるような黒い外套で覆われている。

 当たり前の様に前を行くその背から、時折聞こえてくる硬い響きだけが、外套の内に着込んでいるだろう甲冑の存在を控えめに主張していた。


 どうせ目的地はまだしばらく先なのだ。ならば時間は有意義に使うほうが良いだろう。


 ――たとえ私が無限に等しい時を生き長らえる事ができる吸血鬼(ヴァンパイア)だとしても。


 早速私は確認しておきたいことを、目の前を行く男に問いかける。


「首尾はどうなのかしら?」


万事悉(ばんじことごと)く順調に――とは参りませんが、概ね順調。まずまずといったところでしょう」


「切り離しの進捗はどうかしら?」


「およそ一割といったところです」


 成程成程。

 確かに順風満帆とはいかないものの、一つの星の還流の一割ならば、決して悪い数字ではない。

 もっとも、それだけの莫大なエッセンスを吸い上げてなお、未だ成し得ない目的を考えれば、あの身体がいかなる魂の強度を以て作られたのか、呆れ返るほどだった。


「そうそう、アル。貴方とイリスの娘と会ったのよ。それと私の妹ちゃんにも」


「親の心子知らずとはよくも言ったものですな。折角蒔いた種をまんまと潰してしまった者が、よもや自分の娘だなどと、運命とは斯くも試練を与えたがる」


「イリスは何をしているかしら?」


「マリス様のお身体を守っております。その必要もないでしょうが、眺めるうちに、思うところがあるのでしょう」


「人の身にして願う奇跡(きぼう)にしては度が過ぎたといったところかしら?」


「さぁ? しかし……それもいずれ。我らが過ごした辛酸の一四〇〇年の時を思えば、もう悲願は目前となりましょう」


「そうね。わたしの不注意で、貴方達には余計な時間を浪費させてしまうのよ」


 その言葉に目の前を行く男――アル……かつてアルフレッドという名の騎士だった彼は、歩みを止めこちらへ向き直る。


「なにを仰いますか、貴女と言う方が居なければ、とうに輪廻の環の中に戻されていた身。マリス様の為すべきことこそ、眷属たる私が為すべきことにございます」


 ……眷属、ね。

 例えそれしか道が無かったとしても、アル……私が貴方に望むのは――――。

 ――やめよう。目的が果たされれば、些末な事に過ぎない私の感傷など、ただその途中にあった過去の杞憂でしかないだろう。結果だけがあれば良い。ただそれだけだ。


「…………行くわよ」


 一言そう答え、私は歩き出した。


 世界の東の果ての地の底で、二人の影はさらに奥へと消えていくのだった。



 ◇ ◇ ◇



 白を基調としたその部屋の壁は緩やかな弧を描いていた。

 真上から見れば卵にも似たこの部屋は、それに因んだ別名で呼ばれることも多いものの、私は自分の執務室という認識しかなく、その別名で呼んだことは今までに一度もない。

 もっとも就任早々に、こうも世界を震撼させる事態になるなどと、一体どこの誰が予想できただろうか?

 あんなもの宇宙開闢に匹敵するほどの天災と呼ばずして、一体何と呼べばいいのだ。

 目下私を悩ませるその問題は、昼夜を問わず私を追い立て、笑い話の如く私の睡眠時間はガリガリと削られている最中なのだ。


 全く以て遺憾である。

 睡眠不足は美容の大敵だというのに――。


「フザケンナバカヤロウ!」


 と、声を大に叫べたら、一体どれほど胸の内がスカっとするのだろうか?

 許されざるその光景を、頭の中に押しとどめているうちに、四つあるドアのうち、左手奥のドアより来訪を報せるノックの音が響いてくる。


「どうぞ」


 そう声を掛けると、ドアだけが開けられるものの、ドア前に佇むその人影は、部屋の中に入ろうとしない。

 その行動に思うところがあった私は、すぐさま目の前のマホガニーの机の引き出しの中に隠されている、そのスイッチを操作した。


「記録は中断しておりますよ。お入りになられたら?」


 改めて発したその言葉に納得したように、入ってきたのは()()()()()()()()男だった。


 どこにでも売っていそうなスーツ姿。

 この国では至極ありきたりな髪色と、その髪型。

 背格好に至ってもこれといった特徴はない。

 一見して得られる印象とすれば、別に? 何も。というところだろう。

 年齢だってそうだ。二〇代と言われればそうかも知れないと思だろうし、四十代だと言われれば、そうかもねと思うだろう。


 不自然なまでにその特徴の薄い男は、ドアを閉めるとぬけぬけと口を開くのだ。


「いやぁ、ご配慮痛み入りますなぁ。」


「何をわざとらしい。嫌味のつもりじゃないでしょうね?」


「いやいや、この国を、いや世界を背負って立つ、大統領に嫌味だなんて、ボクはそこまで腐った人間じゃぁありませんよ」


「そのいかにもな口調が嫌味でないというのなら、普通に入って来れば良いじゃないですか」


「そうしたいのは山々なんですけどねぇ? 迂闊に記録に残るとどうでしょう? 逆に貴女が困ることになる」


「本当に減らない口だこと。まったくどうしてこんな組織を作ったのだか。小一時間は問い詰めたいところだけれど……」


「まあ、そいつは無理な相談でしょうねぇ。なにせ結成より軽く百年はくだらない。()()()()()その創設がいつからなのか、把握できてませんので」


「あなたと話していると本当に頭が痛くなる。せめて少しは気分の良くなる話くらいは持って来てくれたのでしょうね?」


「気分が良くなるかは、甚だ疑問ではありますが、そうですね――いっそ投げ出して諦めるってのは、どうですか?」


「生憎とこの椅子に座ったその日から、そういう方法とは縁を切りましたの」


「そうですか……それはそれはご愁傷様です。前任者であったなら、きっと喜んでなかったことにしそうですが?」


「あんな屑みたいなのと一緒にしないで頂戴。あの男のせいで、我が国がどれだけ世界的に信用を失ったことか。今や同盟国であろうとも、いちいち過敏に反応する始末。時代遅れの政治ショーなんて、独裁国家ですら今時行うものですか」


「だが、彼を選んだのもまた国民だ。ビジネスと政治は似て非なるもの。むしろ相容れぬ水と油と言ってもいいかもしれない。そんなことも分からないのが、今の国民の――大多数の認識だ」


「嘆かわしくも興味深いお話だけど、そろそろ本題に入ってもらおうかしら?」


「では……結論から言いましょう。()()()()となってしまった部分は、もう無いものとお考え下さい」


「何ですって!? そんなことできる訳ないでしょう? 近くで見れば、向こう側だって見えるというのに、それを無いものと言われて国民が納得するはずないでしょう」


「ですが、我が国においても、既に国土の八割以上が()()()()。その先に見えるものは、見えるが存在しないもの、それが有識者の見解です」


「悪いのだけれど、もう少し具体的に説明して頂けないかしら?」


「具体的に、ですか。そうですねぇ……至極極端な例えではありますが、ブラックホールの境界線で、何が起きているかご存知ですか? 勿論一般的な見解で構いません」


「シュバルツシルト面。もしくは、事象の地平線。と言いたいのかしら?」


「その通り。まあ、ボクもその目で確かめたことは勿論ないのですが――外から見えるものは、既に引き返し可能域の外にある。もっともこれは例えであり、有識者によればあの内側は、既に次元の異なる世界だと。そういう認識だそうです」


「次元が――異なる!?」


「まず、物理的に侵入を試みますと、まるで最初からなかったかのように、消滅します。あ、もちろん観測ロボットを用いましたので、人であった場合はどうなるかなどは判りませんが、実際に入ろうと試みた者は、あちら側に到達する前に、消滅したそうです」


「そんなバカな!」


「そうは言われましても、事実だけを伝えています。とある学者によれば、他の次元から、地球へと重なるように落ちて(・・・)きたのだろうと。それに、その可能性だってもう既に考えてはおられたのでしょう?」


 特徴のない男はそう言うと、マホガニーの机の上に置かれた一枚の写真へと視線を落とす。

 高軌道静止衛星から地球を撮影したその写真に写るのは、青く輝く地球ではなく――

 赤く輝く謎の天体が青く輝く地球に半分以上めり込んでいるような不気味な写真であった。



「つまりこの写真は……」


「そうです。それは、地球と異なる位相の時空間が衝突した結果です。物理的に衝突している様にも見えますが、そんな事が起きればとっくに地球は吹き飛んでいる。であれば位相の近い、2つの異なる世界が、重なった。専門家はそんなことを言ってましてねぇ?」


「そんなもの一体どうしろと言うのだ!?」


「だからぁ、言ったじゃないですか? 投げ出して諦めるってのは、どうですか? と」



 事態は最悪だった。

 いや、最悪だったが、いいだろう――認めよう。

 まずはゆっくりと寝るとしよう。

 全てはまずそこからだ。ゆっくりと寝て、起きたら考えればよい。一体国土の八割以上を失った我が国が、何を為せるのか? 国ごと呑まれてしまった国だって、少なからずあるのだから。そんな呑まれてしまった国よりは、出来ることは多いだろう。


「おやぁ? なんだか急に吹っ切れた表情になりましたね?」


「なんだ、まだいたの? そうね。まずはゆっくりと寝ることにするわ。そんなわけで記録を再開するから、はやいとこ退室してくれるとありがたいのだけど」


「そうですか。ではボクは失礼するとしましょう。そうそう、ホットラインは限定的ですが、復旧しておきました。御用の際はなんなりと」


 言いながら手を振り出ていく彼を見送って、私は再び執務室の記録を再開するのだった。


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