若木は育ちて
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第109話公開です。
今回も閑話という割に結構な文量になってしまいました。
若木は育ちて
豊かな森はその青々とした葉を、もうすっかり赤や黄色に染め終わり、気の早い樹に至っては既にその化粧も落葉させて来たるべき冬へと備えるために、余計な力を消費しないよう休眠期へと入っていた。
山に囲まれたそんな森の中、ひっそりと質素に暮らす人々が集う里、ここファージの里にいくつもの声がこだましていた。
「よーし、一番柱たてろぉー」
「「せいやー!」」
「次二番柱いけー」
「「せいやー!」」
簡単に組まれた櫓の上に乗り、音頭をとる棟梁はエルフの里に居つくには珍しいドワーフの男だった。
ずんぐりとした体格に、逆三角形に生え揃った見事な口髭がトレードマークのドワーフだが、エルフと折り合いが良くない場合が多く、こうしてエルフの隠れ里に住んでいる彼は、ドワーフの中でも異色のものだろう。
しかし他のドワーフと変わらぬ情熱を注ぐのは、やはりモノヅクリに対してで、こうして新たに建てられる家の設計から監督までを二つ返事で承諾し、一手に引き受けているのだった。
今建てているのはラルフの家となる。ラルフは私が預かっている子供であり、その両親は既に他界している。
幼い子供を一人残し、無念にも逝ってしまった二人は、死ぬ少し前、我が子を病魔から守るため、里長である私に預けたのだ。
丁度目の見えない私の世話をしていた娘が結婚したこともあり、彼女の代わりと小間使いを任せていた幼子も、今やもう独り立ちの頃を迎えたと判断して、村の者に命じ、こうして今その家がまさに建てられている最中なのだが、その様子を眺めながら、私――この里の里長であるウィリアは、しみじみとラルフを預かった日の事を思い出していた。
◇ ◇ ◇
「それでは、父と母はこの手紙を持ち、私のところへ来るように、そう言ったのですね?」
「……はい」
四年前の土砂降りの雨の日だった。
もう夜も大分更けたころ、まだ幼さを強く残したラルフは着の身着のまま、両親が認めた手紙だけを持ち、私の家を訪ねてきた彼は濡れ鼠のように全身を濡らし、小さく震えている様に感じた。
「レミア。まずは濡れた身体を拭いてやりなさい。それと温かいスープを。このままではこの子まで病に侵されてしまいます」
「わかりました。ほら、こちらへいらっしゃい?」
数少ない若い純エルフである彼女は、そう言ってラルフを台所へと連れて行く。
ドアを数枚隔てた先で、何やら問答が行われている様なのだが、結局はレミアが論破したらしく、抗議の声を上げていたラルフの声はもう聞こえなくなっていた。
さて……では私は手紙に目を通さなければなりませんが――やはりですか。
手探りで封を開けると、微かに感じる魔力の波動。
この手紙を書いた人物は、私が目の見えぬこと、そして、魔力を通したエルフ文字なら今の状態でも読めることをしっかりと知るものだ。
丁寧に手紙を取り出し、膝の上で広げ、そっと指でなぞっていけば、乱れているものの、かろうじてエルフ文字で書かれたその内容が読み取れた。
ラルフの母はヒューマンで、ラルフの父はエルフだった。
恐らくその父が書いたであろうその手紙の様子だけで、彼が病魔に侵されて、もう幾何の命も残されていない事が覗われる。既に母親の意識は無く、熱も冷めぬまま、衰弱の一途を辿るばかり。
なんとか看病に尽くしたものの、その病の手は無常にも我が身を蝕み、せめてラルフだけはどうか頼みます。といった、死に瀕した夫婦が我が子を託す願いの手紙であることは間違いなかった。
人ならざる長命を持ち生まれてなお、愛する人と逝きますか。
考えようによっては、なんと幸せな事だろう?
元々エルフがヒューマンなどの亜人を交わるを良しとしないのは、その寿命の違いからである。
かたや永遠の青春の中を生き、かたや長くとも定命百年ほどの人生を、老いと言う変化と共に燃え尽きてしまう。
愛する者のその変化に耐えられず、または失った後の喪失感に耐えられず、後を追おうとするエルフは、過去少なからずいたのであった。
ラルフの両親は、その病魔を少しでも雨に流そうと、折よく降ったこの土砂降りの夜に、一人息子を着の身着のままでよこしたのだ。
せめて村のほかの者に、病魔が及ばぬようにと。
手紙の最後には、窓辺に置いた一輪の花が枯れたなら、もう二人とも生きていないから、そのまま家ごと火葬して欲しいと書いてあり、息子への愛の言葉で締めくくられていた。
「ラルフ。お前はハーフエルフである己を誇り、思うがままに生きなさい。種族の壁を乗り越えて、母と共に旅立つ父は幸せであった。だからラルフ、何も恐れることはない。心のままに愛すべき人を見つけ、その者の為に生きなさい」
不器用だけども、その真っ直ぐな想いを筆に乗せ、その部分だけはハッキリと魔力が鮮明に浮かび上がっているのが、新たな旅路へと旅立つ、自分より随分と若いエルフの歩んだ道だと、私は残されゆく者として、心の奥底に刻み込んだ。
薄れる回想の風景に、目の前の風景が重なると、私は皆が作業している場所へと赴いて
「ラルフ、こちらへ」
「なんでしょう? ウィリア様」
私の呼び声に、作業を手伝っていたラルフが駆け寄ってくる。
私は懐から、一通の封書を取り出して、ラルフに渡して告げるのだ。
「お前の父が、最後に託した封書です。最後はお前への言葉で終わっています。独り立ちとなるお前に、この封書を返すときが来ました。それをよく読み、その心の奥へ、しっかりと刻み込み力強く生きていくのですよ?」
渡された封書を胸に抱いて、ラルフは力強く頷いたのだった。
いつの時も、若木はいつの間にか大きく太く育っている。
光を取り戻した私は、これからまだ何人もの人々を送り出し、見送っていくのだろうか?
「……エリス様」
ふと、おそらく私が知りうる中で、最も若く、最も上位のそのエルフの姿を幻視して、彼女が取り戻したこの瞳の光の意味を、再び考えるのだった。




