三章エピローグ
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第107話公開です。
第三章 エピローグ
波乱に満ちた結納の儀から丸二日。昏々と眠るように過ごし、三日目には普通に動けるまでに回復した私。
どうやら使い果たしたのは、気力だけでなく、魔力も相当消耗していたようだ。
あの場にサラがどうやって駆け付けたのか、その方法を目にした時、流石に私の顔は、激しく引き攣っていたのではないだろうか?
フレバー子爵城館の中庭に丸まって寝ているのは、飛竜と呼ばれる大型のワイバーンだった。
私たちとシリウスで別れた後、サラは西の大陸にある実家に行って、このワイバーンを連れてきたのだという。
……おかしいでしょ? ナニソレ。ワイバーンを飼ってる実家とか、なんなのよ。
その答えをくれたのは、フレバー子爵その人だった。
サラ・ブランドル。それがサラの真名だった。
西の大陸にあるサイラス公国、その六家に数えられるブランドル家に二人の兄を持つ長女として生まれたという彼女。
どういう訳かその一族のものはワイバーンを手懐けることが出来るのだという。
数日前に厄災の緋眼が突如現れて、もう追いかけるなと言ってきたのだそうだ。
でも、そのことを聞いた私は少しなにか矛盾に似たおかしな違和感を覚えた。
だってそうでしょ?
ナラシーに現れた厄災の緋眼は、私たちに、サラを追うから、追って来いって言ってたようなものなのだから。
勿論そのことをサラに話したけれど、結局のところその答えは見つからなかったのだ。
しかし、厄災の緋眼について、不可解な事はそれだけではない。
あの時緋眼は「イリスの娘」「妹」という単語を使ったのだ。
その時の様子を思い出せば、イリスの娘とは、リーリカを指して、妹とは、私の事を指したのだろう。
もしその通りなら、と前置きしてサラはこんなことを言ってた。
厄災の緋眼は、サラをダシにして、私とリーリカをおびき出したかったのではないか?
という事を。
そしてそこから考えられる、最もそれらしい答え。
仮説:厄災の緋眼はラスティの神子である。
その仮説を強く支持したのは、意外にもフレバー子爵だった。
子爵も子爵なりに、狙われた子爵の血脈について考えたのだそうだ。
子爵家が興されたのはおよそ八〇〇年ほど前。
西の大陸の東の国、ゾーン王家。
えっと、ちょっと混乱しそうだから整理するね?
西の大陸には、さっきも言ったようにサイラス公国と言うのがあるのだけど、正式にはサイラス地方六公国というそうなの。
その六つの公国をひとまとめにしてサイラス公国って呼んでいるらしいのだけど、それって共和国でもいいんじゃない?とか思うのは私だけかしら?
とにかく、その各公国の王家、実際には六公爵らしいのだけど、その六つの国に差がなく、どの侯爵も他国や他家の王と同じ立場という事で、もうそれぞれを王家と呼んでいるらしいのよね。
そして、その六王家が六家ということだから……事実上は
ゾーン王国、ブランドル王国、トクラ王国、リタニア王国、アクラ王国、ワストラ王国。
この六国の集まりという事になる。
そう、ここまで説明したらわかるわよね?
サラって正真正銘のお姫様なのよ!?
道理で妙にドレスだって着なれていたし、何かにつけて色々な作法にだって詳しかったわけだ。
普段はぐでっとしていたけれど。
と、随分と説明が長くなってしまったけれど、とにかく、その六公国のゾーン王家に端を発するのがこのフレバー子爵家だというので、真相は西に在りそうだってことは判ったのよ。
ふう、なんだか話がどんどん拡がっていくから疲れちゃったわよ。
そんな事を考えていると、ノックの音が聞こえてきた。
「エリス様? よろしいでしょうか?」
問いかけるリップルさんに頷いて、訪ねてきた人を招き入れてもらう。
訪ねてきたのは赤髪のメイド、ソルティさんだった。
「皆様にお話しておかなければならない事がございます。まずは話せないフリをしていたことを、お詫びしなければなりません」
そういって、彼女は私たちに深々と頭を下げた。
「アクアが理由だったのですね?」
そんな言葉を発したのはリーリカだ。
リーリカはソルティさんを警戒していたから、もしかしたら彼女が話すことが出来るのを、気が付いていたのかもしれない。それを裏付けるように、ソルティさんはリーリカに、なにやら合図を送ったようにも見えたから。
「およそ十年ほど前の話になります。リップル様は、ご存知ですね? 私がかつて普通に話していた事を」
「当然ね」
「その、成人の儀のその日、ハッカー様はアクアの泉でアクアに求婚されたのです。その、申し上げにくいのですが、身体に染み付いた、リップル様の匂いに、アクアは何かを感じたようです。儀式からなかなか戻らないハッカー様を心配し、私は泉へと向かいました。そこで見たものは、ハッカー様に言い寄る……一糸まとわぬ姿のわたしくしでした。」
「「「……」」」
「アクアは言いました。水の子の匂いをさせる者よ、我が腕の中で永遠の夫となれと。ハッカー様は勿論断りました。心の中の仮初を写したとて、我が妻は汝にあらず、と。アクアは怒り、ならばそなたの心を占めるこの女のほかに、心より愛する者を見つけたのなら、その時は諦めようと。ただし、このことをそなたか、そこなる女が口にしたならば、そなたの身体も心も水となり、我が元に還るのだ、と。」
「アクアがそんなことを言うなんて……」
「エリス様、水というものは、怖いものなのですよ?」
私の声に、答えてくれたのはリップルさんだった。
「その日から、私はハッカー様の秘めた思いと、そしてその思いを紛らわすことも出来ない自分の無力さに、何よりハッカー様の命を守るため、言葉を捨てたのです。叶わぬ恋とわかっていても、心のうちに想ってくれていた、私にはただそれだけで十分だったのですから。それが、ひと時の錯覚であったとしても。心残りがあるとすれば、その、お目覚めをお手伝い申し上げたかったということくらいでした」
恥じるように顔を赤らめて、でもはっきりとそう言った彼女の葛藤は、いかなるものだったろうか?
身分差というものに阻まれて、想いあう二人はその真なる想いの為に、引き裂かれたのだ。
「ソルティ。ハッカー様は、繰り返されるお目覚めの儀の間、ずっとあなたの名を呼んでいたわ……それを知りながら、ごめんなさいね」
「いえ、リップルさんでなければ、問題になりすぎます。この屋敷に騒動を起こすなど、とても許されることではないのです」
「それから十年、ミリア様により、その呪縛がとかれたのですね?」
「はい。あとは皆様も聞いた通りですミリア様を我が身を顧みず庇ったハッカー様の愛がアクアに認められ、私は呪縛より解放されました」
「……」
リーリカの問いに答えるソルティさんに、私は思わず、――それでもいいの? と言ってしまいそうになった。
それは彼女を間違いなく茨で縛る一言だろう。
想い合えば願いが叶う――ことはない。
それがこの世界の現実なのだ。
「私はその後身籠って、この屋敷を去ってしまったから、貴方には随分辛い思いをさせたわね。」
流石にリップルさんも、ソルティさんの失われた十年に思うところがあるようだ。
いや、アプサラスのソルティさんだからこそ、その時の重みを知っているのだから。
「はぁ。なんだか重い話になってしまったわね。でも、ありがとう。おかげで少しスッキリしたわ」
「いえ、騙すような真似をして、本当にすみませんでした。」
「エリス様。重い話で思い出しましたが……前に途中になってしまいましたが、ミーシャの件どうされるのです?」
「え? ミーシャがどかしたの?」
突然振られた印象のミーシャの話題。
一体何がと思っていれば、リーリカの口から告げられたのは、確かに重い話であった。
「やっぱり気が付いてませんでしたか……ミーシャ、あれは――妊娠していますよ?」
「えええぇえええええええ!?」
重い話というか、身重な話だった。
「もしかしてあの異常なまでの眠気って」
「勿論妊娠による影響でしょう。」
「とにかく、お披露目のパレードが終わったら、考えなくちゃいけないわね」
「そうですね、動けるうちに里に帰すのが良いと思います。少々私たちの周囲が血なまぐさくなって参りましたし……」
――――。
かくして翌日改めて行われた結納の儀と、その後のパレードは実に素晴らしいものだった。
ハッカーさんにしっかりと肩を抱かれたミリアちゃんは、とっても幸せそうで、パレードを見守る街の人から湧き上がる祝福の言葉に、にこやかに手を振って応えていた。
気が付けばエルフとなって随分と経つけれど、そのめまぐるしい日常に、我が身に起きた大事より、周囲で起きる大事に振り回されて、自分は一体何が変わったのだろうと、考えていた。
私の目に映っているリーリカや、ミリアちゃんは、間違いなく変わったと思うのだ。
そんな変化に乏しい自分に、どこか焦りを覚えながら、居所無く壁にもたれ掛かれば、そっと左手をリーリカに握られて、そっと右肩にはサラが手を掛けてくれるのだった。
私たちが追わなければならない薄亜麻色の地精霊、つまりは厄災の緋眼。彼女を追う旅は、まだこれからが本番なのだから。
湖面に映る山々は、いつしか色鮮やかに色づいて、その峰を赤や黄色に染め上げていたのだった。
気が付けばエルフ 第三章 『薄亜麻色の地精霊』 完
気が付けばエルフ 第三章 薄亜麻色の地精霊 をお読みいただきました方達に尽きぬ感謝を。




