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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第三章 薄亜麻色の地精霊
106/144

集いし者達

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第106話 公開です。

お楽しみください。

集いし者達




「キャアァァァ!」


小さく可愛らしい口から、こぼれ続ける悲鳴。

白い首にかけられた、その首飾りから爆発するかのように溢れ出た光は、やがて黒い瘴気となり、大渦となって小柄なミリアをあっと言う間に包み込んだ。


「ミリアちゃん!」


「「ミリア!!」」


「ミリア様!」


声を出せた者は口々に、その身を案じる言葉を叫び、出せなかった者達はその様子を瞠目した。


「うぉおおおおおおお!」


ただ一人、叫びと共に飛翔して、その渦の中に飛び込むと、瘴気に絡めとられた彼女を放すものかと抱きしめたのはハッカー・フレバー子爵公子、彼女を妻とし、夫となろうというその人だった。

しかしまとわりつく瘴気共々彼は彼女を抱いたまま、水面に落ち、その深きサイダの水底へと沈んでいく。


――このままではいけない! 助けて!!


その時頭に浮かんだのは、ただ助けを求めるような、祈りにも似た考えだけで――その後の事を私はあまり覚えていない。


気が付けばエルフの唄を――私は風の中に在って唄を歌っていたらしい。


いつの間にか宙に浮かんでいたのは朧気ながらに覚えているものの、霞がかった記憶の中で、私がどんな唄を歌ったのかは、結局上手く説明できた者は居なかった。

歌詞と言うよりハミングに近いらしいその歌は、銀色に輝く魔力の波となって、湖面いっぱいに拡がったそうだ。


そしてその歌声に応えるように、湖の奥底から金色の光が溢れると、湖全体が梅花藻に似たそれで埋め尽くされたのだという。


短い失神から目覚めると、私の身体はリーリカに抱き留められており、滂沱の涙に歪めた顔が、黒い瞳が、私を覗き込んでいた。


「エリス様……エリス様!! よかった、ほんとうに、もう――」


後から聞けば、このときリーリカは、私が奇跡の代償に、溶けて消えてしまうのではないか?

そんな印象を受けたのだと教えてくれた。


「おはよう。リーリカ。可愛い顔が台無しよ――二人、は?」


「グスッ、気を失っていますが、大丈夫。です。」


誓いの舟に横たえられているのはミリアちゃんの身体をしっかりと抱きしめたまま、失神しているという二人。

しかし、その身体は湖に落ちたというのに、不思議と濡れた形跡がないのは、何を意味していたのか。

その答えは、誓いの舟の傍らに姿を現していた者により――


「あれは、アクア!?」


透明な人型をとったアクアは、随分と大きくその姿を顕現していたのだけど、湖の底から沈んだ二人を救い出し、誓いの舟へと連れてきたのだそうだ。

そしてアクアは意識を取り戻した私に気が付くと、いつの間にか寄ってきて


「ハイエルフの子、助かりました。あなたが世界樹を託してくれていなかったなら、この湖は死の湖と変わり果てたでしょう。」


その言葉に私は、湖面が水藻となった世界樹で覆いつくされているのを目にしたのだ。


「うわ、なにこれ、こんなに増えちゃったの!?」


「それをエリス様が言いますか?」


午後の陽の光を受けて、宝石のように反射する水面の奥に、色鮮やかな一面の緑となった世界樹は、おそらくあの膨大な瘴気を一気に食い尽くして成長したのだろう。

水面からやや下に所狭しと生える世界樹で、随分とこの湖の様子を変えてしまったわけだけど、その事はあとでゆっくり考えればいい事だろう。


その美しい光景に見入る私の横をするすると滑るように移動するアクアは、一人の女性の前に進み出て立ち止まった。

燃えるような赤い髪を揺らすその女性は、子爵付きのメイドであるソルティさんだ。


「赤髪の人の子。賭けは私の負けのようです。あの者は水の誘惑を断ちながら、正しき心を持ち、自らの命を顧みず、護るべき愛する者を見つけました。十年前そなたに掛かった水の制約は、既に水に流れ、そなたの奪われた声は、取り戻された。もうその声があの者を殺すことはないでしょう。」


アクアはそう告げて、静かに湖水へと還っていった。



一体何の事だろう?

当然抱えるその疑問は、のちに彼女自身から説明を受けることになるのだけれど。


そうというのも、この直後、私たちには更なる危機が迫っていたのだから。


そこで聞いてる暇なんか無かったのよね。



◇ ◇ ◇



「なんですの? せっかくわたくしがお膳立てして差し上げた、破滅へのプロローグを台無しにしてしまうなんて」


突如投げかけられたその声の先、リーリカに抱えられたままの私はその姿をみて確信した。

それはリーリカも同じだったようで、その緊張を急速に高めたのを強く感じる。

咄嗟に立とうと試みるも、私の身体は意に反し、足一本動かすことが出来ないほどに、私は疲弊しきっていた。



その者はまるで、歩けるのが当たり前と言わんばかりの様子で湖面を歩き、私たちのいる誓いの舟へと到達した。

集める視線など関係ないとばかりに、見下すようなその瞳は血のような緋色を湛え、緩やかに波打つ薄亜麻色の長い髪には二本の弧を描いた頭骨を生やしていた。


まだ十代にも見えるその彼女こそ、間違いない。


――私たちは遂に薄亜麻色の髪の地精霊に出会ったのだ。


「わざわざ見に来ることもないと思っていましたのに、本当に興ざめですわね。フレバー子爵家は結納の儀に際して後継者とその妻を亡くし、めでたく死に飾られた湖沼を擁いて衰退の一途を辿り、その呪われた西方の血は、めでたく潰えるはずだったというのに……一体わたくしが何をしたというのか、どうして皆さん邪魔ばかりするのかしら?」


その言葉と共に吹き荒れる殺意の波動。

真っ黒に吹き荒れるその嵐の中、ハッカーさんとミリアちゃんは依然気を失っており、私は恐らく気力を使い果たし、リーリカに抱えられたままだった。

子爵はミント夫人を庇うように背に隠し、その子爵の前にはソルティさんが毅然と主である子爵を庇っていた。


「何奴だ!」


鋭く問う子爵の声に、彼女はさもつまらなそうな顔をして


「わたくし貴方などお会いしたことはないのですけれど、貴方に流れるその血だけは許せる気がしないんですの。それはもう、プンプンと臭いますのよ?汚らわしい! その偽善者の血の匂いが!」



「一体なんの事を言っておる!? 儂に恨みがあれば、儂を狙えばいいだろう!」


「まぁ、メイドに庇われながらにそんな虚勢を張ったとて、情けないことこの上ありませんわよ?」


ソルティはそれでも尚子爵の前に立ちはだかって、ぐっと唇を噛み恐怖に耐えている様だった。


「…………まあ、おいぼれ子爵など別に今どうこうしなくてもいい事ですわね。それよりも――」


声を止めたと思った、次の瞬間には、彼女は私とリーリカを視線で射止め、全てを見透かすようなその緋色の目で遠慮のない値踏みをするかのように、ゆっくりと私とリーリカの方へ向き直り――


「……ふーん。イリスの娘に、妹……ね。――流石にイリスの娘は殺してしまう訳にもいかないけれど、だから、ごめんね? 妹ちゃん。貴女ちょっと邪魔なのよ?」


そういって彼女はおもむろに振り上げたその手を振り下ろす。

迫りくる何かの気配。

身体を掴むリーリカの手に一層力が入るものの、その足はまるで縫い付けられるように動かないようで、私は何となく悟ってしまったのだ。

これは私を殺しうる、一撃だ、と。


大音響を伴って、激しく揺れる誓いの舟。

宙に舞う大量の花が、その時を止めたかのようにゆっくりと舞い散る様は、走馬燈を連想させて、静かに私は死を覚悟した。


そして、痛みも何も感じない私はと言えば――死んでいなかった。


一体何が起きたのか。

彼女(・・)は何処からやってきた?



薄亜麻色の髪の地精霊、推定、厄災の緋眼であろう彼女と私の間に割り込んだ、ほのかに立ちのぼる柑橘の香水の香りと、灰茶色(アッシュブラウン)の髪を揺らす、長身の麗人――サラ。


「私の妹分達に随分な事をしてくれるじゃないか、え? 厄災の緋眼。ついでにもう一人のその可愛い妹分、ルーシアの身体も置いて行ってもらおうか?」


「なんですの? また貴女なのかしら? どこまでもしつこい女だこと。」


「一方的に押しかけて、やってきたと思ったらまたすぐいなくなるとは、随分じゃないか。アタシにはお前からルーシアの魂を、その身体を取り返すという使命があるんだ。たとえ地獄の底でもおいかけるさ」


「わたくし貴女のようなヤンデレ女に好かれる趣味はありませんの。……いえ、確かにこの体の持ち主は、そういう趣味があったかしら?」


「そう思うならさっさとその身体を置いて闇に還るんだな、ヴァンパイア」


「だって、仕方ありませんのよ? この娘(・・・)が、わたくしの身体を台無しにしてしまったのですから。とにかくとんだ邪魔が入ってしまって興覚めね。今日のところは引くけれど、借りはいずれ返しましょう。」


自分勝手にそう言って、厄災の緋眼はその姿を黒き煙へと変えその場から消え去った。


どっと噴き出る汗に、色々思うところはあるけれど、こうして私たちは、サラとの思わぬ再会を果たしたのだった。



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