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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第三章 薄亜麻色の地精霊
105/144

捧げられる者

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第105話公開です。


捧げられる者




湖上を滑るように、ゆっくりと移動する祝福の舟。

二人の結納を、天も祝福するように、秋の空は青く澄み渡っていた。

もう少し不安定なものを想像していたけれど、祝福の舟は思っていたより、はるかに安定したものだった。


次第に遠ざかる湖の(ほとり)には、サイダの街の人々が、儀式の邪魔をしないよう、静かに成り行きを見守っていた。

どこからともなく風に乗り、聞こえてくる鳥の声は、鶺鴒(セキレイ)の鳴き声だろうか?

こちらの世界にいる鳥はおろか、元の世界でも、判別できる鳥の声なんて、たいしてないけれど、日本書紀に触れた授業の中で、初めて聞いたその名前の鳥は、調べてみれば秋の季語でもあるという。


実際のところは分からないけれど、何かと男女の仲に関係の深いその鳥は、そうであったら良いなと思う、私の幻想が、そう連想させたのかも知れなかった。


やがて静かに動きを止める祝福の舟は、湖の中ほど、一番深いとされるその辺りに静かに漂い、私は厳かに、地母神を讃える祝詞(のりと)のような、おそらくは唄を詠いあげる。


昨日ほぼ丸一日をかけて暗記したその唄は、地母神信仰の中では有名な物らしいけれど、そこはもう察して欲しい。

私がそんな信仰に触れる機会など、全くと言っていいほどなかったのだから。

うっかり途中で止めてしまったならば、後に続ける自信などなく、最後は焦るように、やや早口にうたいあげる。


地母神に捧げる歌が終わったころだ。

私たちが、祝福の舟の端に、静かに儀式を見守る一人のアクアを認めたのは。


揺らめく水の姿のままで、透明なる人の形をとって、見守るそのアクアの視線の先に、ハッカーさんの姿があるのだった。


その視線に気が付いたのか、ハッカーさんはおずおずとミリアちゃんの手を握ると、そのアクアのほうへ微笑みかけた。


その様子を確認すると、静かにアクアは湖へと姿を消してしまったけれど、その表情は、どことなく寂しそうな、水の姿のままでは、ハッキリと見えた訳ではないけれど、とにかくそんな印象を私は受けたのだ。



その様子に騒ぎ立てる者もなく、儀式はついに大事な贈り物の儀へと場面を進めた。

贈り物の儀は、二つの段階からなる儀式で、まずひとつは、その魂へ新たな名前を刻むこと。

これには特殊な道具を用いることで行うのだけれど、冒険者ギルドにあるような、水晶玉とほとんど同じものだった。


遥かな昔、それこそ千年以上も前の話。

一人の賢者がもたらしたその技術は、魂に刻まれた真名や、その力を魔力を通して水晶に映し出す、そんな技術を世にもたらしたのだという。

改良を重ねながらに、読み取り専用のものもあれば、書き込みもできる物があり、通常これが用いられるのは、貴族や王族の結婚だけだった。


私やリーリカのもつ冒険者章だって、その賢者が広めたものだというし、今だ多くの謎に包まれたその技術は、どうやって生まれたものなのだろう?


私は儀礼台の上に、預かっていたその装置を静かに置くと、再び用意された台詞を口にした。


「ハッカー・フレバー。汝この者、ミリア・グローリーに新たな名前を刻み、妻として一族へと迎え入れ、生涯の愛を捧げると誓いますか?」



「はい。誓います」


「では汝ミリア・グローリー。古き名を還し、新たなる名をその魂に刻み、ハッカー・フレバーの良き妻となることを誓いますか?」


「はい。誓います」


私の問いに対して、二人は至って真面目な顔で、その誓いを立てた。

この後二人に水晶に触れさせて、私がその真名を心に描きながら、魔力を通せば、儀式は次なるステップへと進めるはずだ。


「それでは、汝らその手をここへ」


静かに水晶の上で、僅かに重ねられる二つの手。

あまりにも大きさの違うその手に、なぜだか私はドキドキしながら、強く新たな名を心に描くと静かに魔力を練り込んで水晶玉へと流していった。


魔力の波動が、淡く白い光となって水晶の中に渦巻くと、やがてそれは文字をとり、静かに二人の手へと沁み込んでいき、二人の身体もまた、淡く白い輝きを放つのだった。


光が収まったことを確認すると、私は二人の名前がきちんと書き換わったことを確認し、正確には、ハッカーさんにはステータス情報として、既婚の情報が書き込まれ、妻ミリアの名前が記載される。

ミリアちゃんには新たに、グローリーからフレバーへと氏族名が書き換えられて、勿論ステータス上にも既婚を示す情報が加えられたのだった。


あー、緊張した。

心の内で思うのは、その一言に尽きる。

ここまできたら、結納の儀はもう一息。


贈り物を受け渡す儀のあとに、誓いのキスが交わされて、晴れて無事終了となる筈だ。




「では、ハッカー・フレバー。汝が妻とする者へ、その幸を約束する品を捧げて頂きます」


ようやく来たその時に、なんだか二人の表情も大分和らいだように見える。

正確には、先程の名前の授与が終わった際に、その確認ができたときから急速に。


「それでは、二人ともよいですね?」


「「はい」」


「では、未来の妻へ、その愛を捧げる証を捧げるように」


私は、事前に教えられたとおりに、ちょっとばかり大袈裟なんじゃないの? って思う位に、その両手を頭上へ伸ばし、大きく天を仰いだ。


いやー、これはなかなか恥ずかしい……本人たちはいいけれど、うっかり客観視してしまおうものなら、恥ずかしくて仕方なくなってしまう。

でもこれも可愛いミリアちゃんの為だと思えば、それも救われるというものだった。


先程よりは、やや緊張を取り戻し、ハッカーさんは懐から、大事そうに一つの箱を取り出して、一度儀礼台の上に置くと静かに箱のふたを開け、美しい装飾の護りの首飾り(タリスマン)を取り出した。


二人は向き合って、ミリアちゃんは、やや屈むように、軽くスカートの裾をつまんで身を落とす。

一方ハッカーさんは、両端をそれぞれの手に持って、ゆっくりとミリアちゃんの首へと、それを近づけているけれど、ゴメンナサイ、その手が僅かに震えているのを、私は見てしまった。


それもそうよね、あれほど練習した位だもの。

一日二日で慣れるようなものじゃない。ましてこんな大事な儀式(セレモニー)の最中だもの。


それでも、意を決したようにその細い首に手を回し、ややうなじを覗き込むように、無事に首飾りを付けてあげることができて、祝福の拍手が送られようとするその時に――――事件は起きた。



バチっと音がしたと思った瞬間。

一瞬視界が明滅したような感覚に襲われる。

それは他の皆も同じようで、一瞬目を擦ったりしているのが視界の端々に映っている。


最初、きょとんとした様子のミリアちゃんは、ビクンと大きく身体を震わせると、彼女の首にかけられた首飾りが、その異常をあからさまに示していたのだ。


先程まであれほど美しかった宝石から、今は不気味な赤と青と黒の光が溢れ、訳も分からないうちにその小さな体が悲鳴を上げながら、後方へ大きく跳んだ。


祝福の舟の前方に作られた祭壇の前で、それぞれ横を向いて向き合っていたのだ。

その後方に何があるかと言えば、当然あるのは深い湖だったのだけど、なんとミリアちゃんは悲鳴を上げつつ、湖上の上、およそ二メートルほどの宙に浮いていたのだった。



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