妹に捧ぐ花
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第103話公開です。
お楽しみください。
妹に捧ぐ花
結局のところ、一輪の花のほかに持ち帰れた花は無く、私が素直になれなかったばかりにペートには随分と迷惑をかけた上に、その身まで危険に晒してしまった私は、そのどうしようもない愚かさを、嫌と言うほど噛みしめていた。
そんな中、澄んだベルの音が鳴り響きく店内に入ってきたのは二人の人影だったのだ。
ちょっとばかりいい雰囲気であったところに水を差されたという気持ちもあるけれど、そのペートの優しさが却って私の愚かさを際立たせてしまう今、場の空気が変わるだろう来客は、ありがたくもあったのだ。
「すみません。ここでお花を扱っているという話を聞いたのですが?」
涼し気に響く美しい声を発した女性のその姿を見て、私は声を失ってしまうほどの衝撃を受けた。
背が高く、腰まで伸びたさらさらとした長い髪は、白金色に輝いて、白い肌にはシミ一つなくどこまでも滑らかそうな肌だった。
ぱっちりと大きく開かれている瞳は金色で、その横辺りからは、長く尖った耳がすらりと伸びている。
飾り布たっぷりの襟元の白いブラウスに、履いているコルセットスカートは深緑色で、前面部分は白いブラウスと同じ素材らしきことから、白のワンピースにコルセットスカートを重ね履きしているような造りになっていると気が付いた。
ブラウスの上には同じく深緑色の袖付きのケープジャケットのようなものを羽織っていた。
深緑色の部分はどこも革のようで、淵は金糸で複雑な刺繍がしてあって、更によく見れば、コルセットスカートの留めボタンはどうやら本物の純金の様だった。
その異様に豪華な出で立ちに、誰もが口を閉ざす中、彼女は再び自信なさげに口を開くのだった。
「あの……お花屋さん、ですよね? 一応お花もいっぱいあるようだし」
その言葉に我に返ったのは、流石この店の店主であるお母さんだった。
「ぼーっとしてしまってすみませんね、いらっしゃいませ。確かにウチは花屋なのですけれど……」
「けど?」
「残念ながら今受けている注文ですら足りないありさまで、お譲りできるお花がないのですよ」
なんだかいつものお母さんじゃないみたいだ。
たとえばその話し方とか、或いは話し方とか、主に話し方とかが。
「それは困ったわね。もしかしてその注文って、ミリアちゃんの結納の儀に使われたりするのかしら?」
「お名前は存じませんが、そのお相手が若様であるならそうなります」
「そう、それは困ったわね。どうしよう、ねぇリーリカ?」
困った様子の彼女が振り向く先に、影のように控えていたもう一人の女性が歩み出る。
目の前のエルフの女性が陽の中の美であるならば、こちらの歩み出た女性は月光の美だ。
ほとんど見た事のない漆黒に潤む瞳と髪。
随分若そうにも見えるけど、その様子から正確な年齢を推し量るのは難しそうに思えた。
少なくとも私より、数歳は年上といった感じがするのだけれど、落ち着いた女性の雰囲気のそれを、間違いなく纏っていた。
そしてその女性が給仕服を着ているところを見れば、この女性は目の前のエルフに仕えているのだろうか?
「この辺りにはここしかないと、伺っておりますが、諦めますか? エリス様」
その考えを裏付けるような口調で静かに問い直すリーリカと呼ばれた女性。
私たちが、何とも言えない雰囲気に呑まれて、上手く言葉を発するタイミングを掴めないでいると、エリスと呼ばれたエルフの女性はこんな事を聞いてきた。
「つかぬ事を聞きますが、どのくらい足りないのでしょう? このままでは困るのですよね?」
なんだか良く判らないけれど、このエリスというエルフは儀式に使う花のほうを心配しだしたようだ。
その様子に思わず声が出る。
「あ、あの。横からすみません。私はパレット。この花屋の娘です」
「はじめまして、パレットさん。私はエリス。こっちはリーリカよ」
「えっと、今お店にある量の三倍くらいはやっぱり欲しいんです。このままだと祝福の舟が、ちょっと残念になってしまうというか……いえ、そんな事を言っても仕方ないのはわかっているんですけど」
エリスさんは、私の言葉を静かに聞いて、何やら考え込むと突然こんな事を言い出した。
「リーリカ、ちょっとお使いを頼まれてもらえるかしら?」
「それは勿論構いませんが、何をすればよいのですか?」
「えっと、山百合にいって、預けてあるあの鉢植えを持って来てほしいのよ」
「エリス様、また何か妙な事をなさるおつもりですか?」
「だって、ミリアちゃんとハッカーさんの結納だもの、お花が足りないなんてこと、そんなのはダメよ!」
「わかりました。とにかくお持ちしますから、くれぐれも自重なさってくださいね」
なんだか良く判らない事を言いながら、それでも納得したらしいリーリカと呼ばれる彼女は、店を後にした。
「さて、えっと……パレットさん、貴女にもお願いがあるのだけどいいかしら?」
「――はい?」
「鉢を出来るだけ一杯用意して、できれば植えこみ用の土も用意して欲しいのよ。勿論必要なお金は払うわ」
「あの、鉢を用意してもお売りできるお花がないのですけど」
「ああ、それはわかっているから。悪いようにしないから、私を信じて?」
初めて会ったばかりの相手を信じろというこのエルフ。
いつもならちょっとオカシイのでは? と、思ってしまう事だったけれど、私は不思議と言われるままにしようとおもったのだ。
「ペート、悪いけどちょっと手伝ってちょうだい。お店の裏からあるだけもってくるの」
「良く判らないけど任せとけ」
「二人ともお願いね」
そういって私たちは大量の植木鉢を店内に運び込んだのだった。
「あの、それで、えっと、エリス様、ですか? 一体何をなさるのでしょう?」
勝手に繰り広げられる光景に、お母さんは遂にそう切り出したようだ。
「ああ、そうですね。まだ説明してなかったですね。えっと……それじゃ、まず一つやってみますね。」
エリスさんはそう告げて、土だけが入っている植木鉢の横に、売り物の鉢を一つ並べた。
「お花ちょっと借りますね。」
彼女が売り物の鉢植えに手をかざし、目を閉じると「ブレッシング!」と声を発する。
次の瞬間、お母さんもペートももちろん私も、その目を疑う光景に言葉を失くしたのだった。
光に包まれながら、ものすごい勢いで成長し、新しい株となって再び花をつけた。
「増えた株をこちらの鉢に株分けしてもらえますか? 私にはよくわからないので」
その様子に驚いていたお母さんも、我に返ると慌ててその言葉に従う。
ほどなくして1つの売り物だった花は、二鉢になり、さらに今度はその二鉢に、同時に手をかざし、何やら魔法を使っている。
それぞれの鉢で繰り返される光景。
あっと言う間に四鉢となったその鉢植えをみて、私たちはこのエリスさんというエルフが何をしようとしているのか理解した。
「あの、もしかして、エルフの護りですか?」
「そうです。あの、多分、ですけど」
「でも、あれは成長をよくするという事で、これほど劇的に増えるものではないと聞きましたが」
「そう、らしいですね。まあ、今はとにかく数が必要でしょうから、その辺はあまり気にしないでください。あと、どの花を増やすかは、お任せしますので、できるだけ見栄えが良くなるように選んでもらえますか?」
「わ、わかりました」
どうもエリスさんはかなりの範囲にエルフの護りをかけることが出来るらしく、最初こそはそうでもないけど、途中からはどんどんとその数が増え、今や私とお母さんはその株分け作業に必死に取り組んでいた。
その作業の中、戻ってきたリーリカさんは、その光景を見ると、何やら眉間に指をあて、しばらくなにやらブツブツと言っていたけれど、ほどなくして元通りとなった。
「それで、エリス様? 状況はまあ、理解しましたが、コレを何にお使いですか?」
「ああ、これはね?」
そう言って、エリスさんは私の前に立つと
「パレットさん、その頭に飾っているお花をちょっと貸してもらってもいいかしら?」
「あ、これですか? さっき山でペートが付けてくれたんです」
「そうなの。ちょっと借りるけど、ペートさんもごめんね? すぐに返すから」
エリスさんはりーりかさんが持ってきた鉢植えに何かを袋の中から取り出して、エルフの護りをかけたようだった。
金色の光を放ち、その鉢に植えられている小さな木はその葉に何かキラキラとしたものをつけ、そこに私の頭からそっと引き抜いた、珍しい山百合の切り口を、葉の先にそっとつける。
次の瞬間、突如切り花にされていた筈の山百合は、むくむくと失った茎をのばし、ついには根や球根までもを付けたのだ。
「「「一体何を!?」」」
その問いには答えずに、エリスさんはまだ空いている大鉢に山百合を植えると、まだいくつかついているその雫を鉢の土の上に振りかけて、何やら呟きながらにエルフの護りを使うのだった。
ぼこぼことすごい勢いで成長する山百合は、どんどんとその株を増やし、あっというまに大鉢に溢れんばかりの山百合が咲き乱れる。
「やっぱり球根ものだから、簡単に増えそうね」
言いながらに掘り出した球根を、懐から出した短剣でいくつかに刻むと、新しい大鉢いくつかに植えこんで、あっという間に大量の山百合の鉢植えが完成してしまったのだ。
「ペートさん、彼女にまた一輪、返してあげてね?」
そう言われたペートはハッとしたように、ナイフで切り取った瑞々しい薄桃色の百合の花を再び私の髪に飾ってくれたのだった。
「大体これで足りるかしら?」
「はい、それは勿論。 なんとお礼を言っていいか……」
「これ、山百合って言うのね。私が思ってたイメージはもっと毒々しいものだったけど、これはずいぶんと可愛らしいわ。この山百合を、私からと子爵邸に納めてもらえるかしら?」
「わかりました。確かに承りました」
深々と頭を下げるお母さんに倣うように、私も、そしてなぜかペートも一緒に頭を下げる。
「それとね、明日から毎日、そうね、一年くらいかしら? 銅貨一枚分の花を子爵邸に持って行って欲しいのだけど。少し余計に渡しておくので、記念日の時には豪華にしてくれると嬉しいわ」
在庫の花を増やしただけでなく、トンでもない事を言い出すエリスさんは、懐から革袋を取り出すと、なんと四金貨をお母さんに手渡した。
「こ、こんなに沢山は流石にいただけません!」
「でも一日一銅貨でも、四〇〇日分よ?」
「在庫の花まで増やして頂いた上に、これでは……」
「ミリアちゃんはね、私の事を、エリスお姉様と呼んでくれる、私の可愛い妹みたいなものなの。だからせめて姉として、彼女に綺麗なお花を届けたいのよ」
そんなエリスさんの言葉に、お母さんは、深くお辞儀をして
「必ずそのようにさせて頂きます」
と、そう答えたのだった。
――それで終わりだと思っていたんだけど。
「なんだか、ここでもおめでたい話が、近いうちにありそうだしね?」
なんてお母さんに問いかけたあと、彼女は私とペートににこやかな笑顔を送ってよこしたのだった。
あれ?
つまりそれは、そういうふうに見えているって事なの??
私が、ペート、と――――――結婚するって?
混乱する私をよそに、気が付いたときはもう彼女はいなかったけれど。
私は彼女のその言葉が、暫く頭の中から消えなかったのだ。




