花屋の娘
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第101話公開です。
お楽しみください。
花屋の娘
フレバー子爵城館に、グローリー男爵家の紋章旗が掲げられたその翌日。
サイダの街は、至る所でその話題で盛り上がっていた。
若様のところについに姫様来たる!
成人の儀よりおよそ十年、なかなか訪れないその春に街の者は何処か落胆し、もうその気がないのでは? と諦める者もちらほらと出てきていた矢先の事だ。
子爵邸より街の世話役を通じ市井にもたらされた、花嫁決まるのその報に、人々は大いに期待していたのだった。
そしてついに昨日、花嫁の到着を報せる合図と共に、迎え入れの合図が街に轟いたのだ。
まだ成人前ということで、正式な結婚の儀は夏前となる見通しではあるが、結納の儀とは事実上の結婚の儀であることをよく知る街の者達は、坊ちゃんでかした、若様万歳と自主的に祝杯を掲げる者達が大勢出たほどだった。
幼い頃よりハッカーは、街の人気者であった。
子爵家の跡取り息子というわりに、気取ることなく、礼儀も正しく街の者によく大きな声で挨拶をしたものだ。
ここ成人の儀から五年が過ぎたころより、ここ五年ほどは特に領地の経営の勉強に励み、よく市井の声にその耳を傾けては、熱心に聞き取りや、分からぬことなどは恥じることなく聞いて歩いていたのだ。
現子爵婦人のミント様が嫁がれて来て以来、およそ三十年ぶりとなる結納の儀は、儀式事態に参加することは出来ない物の、その準備や披露の為のパレードが行われるために、街を上げて盛り上げようと、皆心を一つにしていたのだった。
「なんでもえらく可愛らしい姫君らしいぞ?」
「この結納の儀には、なんと仲介人がつくらしい! まさか国王陛下がおいでになるのか?」
などと、どこから聞きつけたのか、割と正しく伝わるその情報を肴にして、あちらこちらの酒場で繰り広げられる、自主的な前祝は更なる熱気を帯びていた。
なにせ綺麗が取り柄の山に囲まれた湖の街。
娯楽と言えば仲良く楽しく酒を酌み交わすくらいなもので、ほかにあるとすれば、たまに訪れる吟遊詩人の詩にどこか遠いかの地の事を、夢想すること位だったのだから。
「そういえば、供を連れたえらく美人のエルフが、見たこともない王家の紋をその豪華な服に付けていたのだ」
と、酒場の中で誰か言い出した。
数日前より出始めたその噂の人物は、どうも山百合に当初逗留していたものの、今は子爵城館に逗留しているのだと、違う誰かが声を上げる。
「間違いねえ! なにせ俺は子爵様の館で祝福の舟を作っていたんだ。そこで声をかけられたんだからよ」
もう情報の漏洩もいいとこで、機密などあったものではなかったが、この街に暮らす人々には、わざわざ激励にまできたというその人物が、ただ身分の高いだけの冷酷な貴族ではないと証明していると、再び大いに喜んだのだ。
どこまでもおめでたいその街の人々は、やはりおめでたい話を肴に、大いにめでたい酒を楽しんだのだ。
◇ ◇ ◇
街の中で、多くの者が、突如もたらされたその吉報に盛り上がる一方で、そう広くない店内を慌ただしく駆け巡る一人の少女の姿があった。
母親譲りの明茶色の髪を無造作に後ろでアップにまとめているのは商品に引っ掛けて痛めてしまわない為の配慮だった。
「母さん大変! やっぱり数が足りないわ!!」
「参ったね、コフの街からの便はまだなのかい? これじゃ店中の花を集めたって、足りるかどうか怪しいものじゃないか」
「コフからの便は夕方には届くけど、違うのよ! いつも花を卸しに来る人達が、みんなお祭り騒ぎで浮かれちゃって誰も売りに来やしないのよ!」
「やれやれ、領主様ももっと早くに言ってくれればいいものを、ミント様の時には一月前から準備したっていうのにさ」
「でも受けちゃったんでしょ? どうしよう?」
「今更断るわけにはいかないからね、そうだ、パレット。お前ペートのとこに行って大至急花を摘んでくるように伝えておいで。人手がいなきゃお前も一緒についていって、一緒に摘んでくるんだよ?」
「あの馬鹿朝から広場で飲んでるらしいのよ。大丈夫かしら?」
「なに、いつもの五割り増しで色つけてやるから、なんとかうまい事言いくるめて行ってくるんだよ?」
「わかった。どうなるか分からないけど、行くだけいってみるね。それじゃあ行ってきます!」
慌ただしい会話を終えると、彼女は矢のように店を飛び出して、広場の方へと駆けていく。
そんな娘を見送りながら、母親は「あの子にもそろそろ、そういう相手がでてこないものかねぇ?」などとしみじみと思うのだった。
◇ ◇ ◇
店を飛び出した私は広場へと続く道を駆けていた。
道の両側に建ち並ぶ民家の前にはまだ昼前だというのに、テーブルや椅子を引っ張り出して、酒盛りをしている姿が目についた。
目的の人物がいる広場まで歩いても五分ほど。私はほどなく、あっさりと目的の人物――ペートを見つけることが出来たのだった。
まだどことなく、少年の輝きを残すその彼は、広場の隅のベンチに座り、数名の悪友を伴って酒瓶を傾けていた。
「ペート! そこに居たのね」
「ようパレット。店の手伝いはもういいのか? だったら一緒に飲もうぜ?」
その声の主に気が付いた彼は、手に持った酒瓶を掲げて、機嫌よく一緒に飲もうと誘ってくる。
「それどころじゃないのよ! 大変なの!! 結納の儀に使うお花がちっともあつまらないんだから!」
「なんだよ、でも昨日摘んだものはみんな昨日のうちにお苗のとこに持っていっちまったぞ?」
「そうよ、今日はみんなして仕事もせずに飲んで騒いでいるから、誰一人お花なんか売りに来ないんだから」
「はは、それは大変だな」
「ははっ! じゃないわよ!? あなたはこれから私と一緒に、花を摘みに行ってもらうんだからね?」
「馬鹿、冗談はよせ、こんなお祭り騒ぎの中仕事だなんて、そんな勿体ないことをしてられるかよ」
焦茶色の髪を無造作に短く切り揃えたその青年は、凄い剣幕でまくしたてる私を見て、何かおかしな者を見るように、おどけてみせた。
幼い頃より交流のあった彼は、所謂幼馴染というやつで、山の手入れをする仕事のかたわら、山に咲く花をよく店に売りに来ているのだった。
「そのお祭り騒ぎの大本の、結納の儀がみすぼらしくなっちゃったらどうするのよ? 折角こんな田舎町に来てくれた姫様を、歓迎するためのお花でしょう?」
「それはそうだが、なんだよ、花摘みしてる奴なんか、他にいくらでもいるじゃないか。そいつらに任せてお前も一緒に騒ごうぜ?」
「馬鹿ペート。それが出来るくらいならとっくにやっているに決まってるじゃないの。それにあなたの縄張りの花こそ、お姫様を迎えるに相応しいものだとは思わないの?」
「それは確かにそうだけど、でもなあ?」
踏ん切りがつかない彼は、まだ結構残る酒瓶の中身が気になるのか、その酒瓶を揺らしながらは傾けて、まだ迷っている様子であった。
「ねぇペート? 今日なら特別に、いつもの一割増で買い取ってもいいって、お母さんが言ってるのよ? 何だったらもう少しだけ、そうね、二割増しまで私が頑張って交渉してあげるから、一緒に摘みに行きましょうよ? なにかお金が必要だったんでしょ?」
「なに!? あのケチなおばさんが一割増しだって!? それを掛け合って二割増しか、くそ、迷うな」
「またそんな事言って……お母さん地獄耳だから、どこからともなく聞きつけてまた拳骨が飛んできても知らないわよ?」
「それに、どうしても嫌だというならそうね、私がこの間貸した二銅貨、すぐこの場で返して貰おうかしら?」
「おい、それは汚いぞ! 売り上げの中からちゃんと返してくれれば良いって言ってたじゃないか!?」
「だって、ここでも領主様に見放されて、お花を買ってもらえなくなったとしたら、うちなんかあっという間に潰れちゃうじゃない。そうしたらあなた達が積んでくる花を、一体誰が買い取るって言うのよ? 買い取ってもらえなくなったら、私が貸したお金も戻ってこないじゃない。」
流石にそこまで言われて、じゃあ、返してやるよ、なんて。貸している二銅貨をすぐさま彼が返せるわけがないこと位、長い付き合いなので百も承知だった。
そんな様子を黙って見ていた彼の悪友たちは――
「おい、ペート。諦めろ。お前の負けだ……行ってこい。俺たちはお前のいない寂しさを、代わりにその酒瓶に慰めてもらうとするから、心置きなく行ってこい」
その台詞と裏腹に、ニヤニヤとしながら彼らはペートから酒瓶をむしり取ると、彼の首に腕を回して私の前に引きずってきた。
「パレット、ほら、連れてけよ。俺らはこいつの縄張りに入ることは出来ないから。でも気をつけろよ?」
一体何に気を付けるのだろう? と思いながらも見送る彼らに手を振って、私はペートの手を握って彼の家へと歩き出した。
「ちくしょう! お前らあとで覚えてろよ!」
その手をしっかりと掴まれながらも、きちんと自分で歩いてついてきてくれる彼は、悪友に呪いの言葉を吐きつつも、その場を去るのだった。
さあ、早いとこお花を摘んで、お母さんを安心させてあげないとね。




