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気が付けばエルフ  作者: 味醂
第三章 薄亜麻色の地精霊
100/144

虜となるは幸

こんにちは。

味醂です。


気が付けばエルフ 第100話公開です。

虜となるは幸



眠りの淵から這い出すと、しきりに何かを、リズムよく打ち付ける音が響いていた。

その音は屋敷の前庭から聞こえるようで、聞けば結納の儀に使う、大事な大道具の一つなのだそうだ。


「祝福の舟ですか?」


「そうです。フレバー子爵領で昔から伝わる、まあ、言ってみれば浮き舞台みたいなものですね」


私の疑問に答えてくれた、アプサラスのリップルさんはその概要を教えてくれる。

結納の儀とは、大きい(はしけ)のような(いかだ)のような、とにかく木組みで舞台を組んで湖上に浮かべ、湖の中ほどにて儀式を執り行うのだそうだ。

ちなみに、参加するものは、受け入れる家の両親が存命であれば取り持ちを行い、国王、またはそれに準ずるものが立会人となる。


結婚をする新郎と新婦は勿論のことだけど、他には進行の裏方を務める使用人が数名乗るのみだそうだ。

無事儀式が終了し、成人をへて改めて結婚の儀を行うときには、今度こそ娘の晴れの舞台へ送り出す役として、新婦の両親が加わるのだとか。


なぜ結納の儀に新婦の両親が参加しないのか不思議に思うものの、その理由は諸説あるようで、いずれにしても参加すべきでないという事で落ち着いているのだとか。


まあ、うっかり出戻りでもしたら、お互いに立つ瀬がないからというのが、現在最もそれらしく、信憑性のある理由なのだとか。


しかし十人以上が乗っても沈まない筏だなんて、随分大掛かりなものを作るものだと、私の興味はそちらの方に向けられていた。


少しだけ作業しているところを見学させてもらったところ、どうやら祝福の舟は組み立て式となっているようで、幾つかのパーツを予め組んでおき、それを湖畔で大きく組み立てるようだった。


葦の籠船をイメージして作られているという形は、長細い楕円形に近いものの、実際には長方形の筏の上に、籠船を模した飾りが取り付けられて、意外にもその上は安定性が高いのだとか。

なんでも、かつて忌み子は葦の籠船に乗せられて流されたそうで、その彷徨える哀れな魂を、自分たちの元へ、今度は祝福された子供として生まれ変わって欲しいという願いから始まったそうだ。


そう言うところが地母神信仰の根強く残るこの地方らしいと、私は妙に納得してしまった。



◇ ◇ ◇


陽も高くなったころ、フレバー子爵の指導のもと、結納の儀のリハーサルが行われた――のだが。


ちょっとまって、立会人って実質、神父さんみたいな役じゃない!

そんな責任ある役なんてできません! と声を大に言えたなら、どんなに楽だった事だろう。


ハッカーさんもミリアちゃんも、当然緊張しているわけで、この儀式の練習こそが、ある意味最初の共同作業となることだろう。

歩み寄り、手を取って、立会人の元に来た後に、立会人たる私が夫婦の理を説き、両親へその誓いの許しを請う。

その後再び立会人の元で、立会人の宣言の元に、贈り物が贈られて、誓いのキスが交わされるだ。


そんな流れではあるのだけれど、その贈り物、今回の場合は首飾りだけど、どうにもそれが上手くない。

男女の別を問わずに、ネックレスを着けたことがある人ならば、初めてつけた時を思い出してほしい。

案外とそれは難しく、まして普段そのような物に慣れ親しんでいないとすれば、何度も取り落としそうになってみたり、髪が邪魔して上手く着けれなかったりと、慌てふためくその風景が、頭に浮かばないだろうか?


「これは後で予定の衣装と髪型にセットして練習しないと難しいかもしれないですね」


別に変な意味で言ったわけでは無いけれど、その場にいた誰もが強く頷いた。


「ハッカー様、大丈夫でございますか?」


冷や汗を流しながら、休憩の間もしきりにネックレスの留め具と格闘しているハッカーさんに、ミリアちゃんが優しく問いかける。


「お恥ずかしい所をお見せして、面目ないの一言に尽きますミリア様」


「ハッカー様……どうかミリアと呼び捨ててくださいまし」


なんとも甲斐甲斐しいその姿は、一体なんと表現したらいいのだろう?

以前の世界であったなら、ミリアちゃん萌え~、とか言っただろうか?

そんなことを考えながら、自らの語彙やボキャブラリーの乏しさを密かに嘆きつつ――


「その、みみ、、ミリア、どうか今少し練習に付き合ってはもらえないだろうか?」


「はい。わたくしの為にも頑張ってくださいまし」


色々と壊れるハッカーさんは、それはそれで初々しくて、案外好意的に受け止められた。

半面ミリアちゃんのその様は、なかなかに小悪魔的な香りを漂わせ、彼女がどの様に成長していくのか、興味は尽きることはない。



◇ ◇ ◇



彼女が動くたび、揺れるその飾り布(ドレープ)は、蜘蛛の魔物からとれるという大変貴重な糸を丁寧に編んで作ってあるのだという。

羽毛の様にゆっくりと、ふわりと揺らめくドレープが、そのドレスの各所にあしらわれていて、その様はあたかも生き物の動きを感じさせるほどだった。

そのドレスはショート丈の純白のワンピースドレスで、湖上で行われる結納の儀の為に作られた特注品とのことだった。

勿論このドレスはベロニカさんのデザインで、腰回りは蜘蛛糸のレースで多重構造となっていて、比較的起伏の少ない首回りには、その分意匠を凝らした編み上げレースで、なんと子爵家の紋が編み込まれていた。

腰回りの飾り布もスカートの淵も連続したスカラップを組み合わせ、どこまでも精緻な刺繍が施されているのだ。


彼女の可憐さを象徴する、ゆるりと波打つ金色の美しい髪は、頭部の後ろで一部を結い上げてやや小さなシニョンを作り、ハーフアップとして残りは美しい首筋に優しく流れ落ちていた。


いつの間にか随分と女性らしく成長したその胸は、まだまだその発育の途上ながらにしっかりとした膨らみを見せ、そのドレスを着たミリアちゃんは、なんだか随分と大人びて、本当に素敵な花嫁といった風にしか、形容の例えがなかったのだ。


「ミリアちゃん、本当に素敵よ!」


刺繍によって浮かび上がっている花々の上には、妖精が飛び回り、手にしたシンプルなクラシックブーケが、更に可憐なミリアちゃんを際立たせている。


どちらかと言うと真珠色に輝くそのドレスとお揃いの真珠色の小さな靴も、祝福の舟の上で歩きやすい様、ヒールは控えめな高さとなっていた。


「ふふ、お世辞でも嬉しいですわ、エリスお姉様」


「お世辞なんかじゃないって! 本当に素敵としか言えないくらいなの。もっと他に褒め称える言葉があるならば、今すぐにでも教えて欲しい位だわ?」


ちょっと興奮気味の私の言葉に、ほんのりと頬を染める彼女は、どこまでも清廉であり可憐な、花の妖精の様だった。

本来ならば、当日のお楽しみとしたかったところなのだろうけど、衣装合わせをしたうえで練習しておいた方が、本番はやっぱり安心だろう。


そして、準備が終わった彼女の元にやってきた未来の夫、ハッカーさんは、ミリアちゃんのその姿を見るとその碧眼を大きく開き、何かに魅入られたようにゆっくりと歩み寄ると――なんと彼女を抱きしめた!


「ミリア……こんなにも美しい貴女を娶れる私は、なんという幸せ者だろう?」


普段なら歯の浮きそうなそんな台詞に、抱きしめられた本人はといえば、最初こそ驚いたように目を見開くも、やがて目を静かに閉じると、ハッカーさんの胸に顔を寄せ


「嬉しゅうございますが、少しばかり気が早いようです。今しばらくお待ちくださいね」


と、見つめる二人の瞳は潤みを帯びて、もうすっかりと周囲は蚊帳の外であり、随分長い事抱き合っていたのだった。


なんだか周囲の呼気が、皆荒くなっているような気もしないではないけれど、私は思ったんだ。

この調子なら、大丈夫よねって。



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