14.夕暮色の花々
ティアと過ごそうという決意もむなしく、私は忙しさになかなかそんな時間を紡ぎだせずにいた。相変わらず、週数回の夕食の時間が彼女とのほとんど唯一の接点だ。
「今帰った。」
「おかえりなさいませ。アデルバート様。」
夕食を共にする日は、帰宅するとティアが出迎えてくれる。使用人達を引きつれて恭しく礼をする彼女が可愛くてつい触れたくなるが、触れると歯止めが効かなくなりそうなので我慢するしかない。
「変わり無いか。」
「はい。お蔭様で、恙無い1日でございました。」
「それは良かった。」
いつものやりとりも彼女と交わす大事な会話だった。そう思っているのは私だけで、彼女は退屈なやり取りだと思っているかもしれないけれど。一旦私室に向かおうとして、ふと廊下に飾られた花に目が止まる。
「これは、ティアが飾ったのかい?」
「はい。庭の花が見頃でしたので。」
「キレイだね。…そうだ、日没までまだ少し時間がある。一緒に庭を見ないか?」
「今からですか?」
戸惑う彼女にダメかな?と尋ねると彼女は首を横に振って微笑んだ。私はダンテスに目配せをしてから、彼女の手をとりエスコートの体制になると、彼女を連れてゆっくりと庭に出た。
優秀な使用人達はつかず離れずのいい距離を保っている。彼女の指が遠慮がちに私の腕に触れる。そのぎこちない仕草がじれったくもあり、くすぐったくもある。
「屋敷には慣れた?」
面と向かっては聞きにくいそんな質問も、隣り合って並んでいると自然と口をついて出てくる。
「はい。皆、よくしてくれます。」
「今日は、何をして過ごしたの?」
「図書室の本を読んでいました。」
「そう。好みの物はあった?最近あまり新作を入れていないんだ。何か欲しいものがあれば用意させるよ。」
「いえ。今ある蔵書をまだまだ読みきれていないのです。興味深いものばかりで目移りしてしまいますわ。」
「そう。」
夕暮れの庭をゆったり歩く。春の花は終わりかけ、夏の花はまだ咲いていない。色を濃くした緑の中をよく見るとたくさんの蕾がぷっくりとふくらんでいる。咲き誇る瞬間を今か今かと待っているその様は、クスクス笑いながら隠れて遊んでいる子どものようだ。その成長を見守りながら、季節の架け橋となる花々が柔らかな色彩で庭を暖めている。その合間を縫うように、所々に配されたマーガレットがひときわ庭全体を明るく照らす。日が傾いだ今は、真っ白な花がオレンジ色に染められていた。
「夕日に染められてガーベラみたい。」
ティアがふと呟いた。かすかに聞こえる程度の呟きは、その声の調子から私に宛てられたものではないと思われた。彼女の顔を盗み見ると、穏やかにやわらかく微笑んでいる。彼女はガーベラが好きなのだろうかと思う。来年の春にはこの庭いっぱいに色とりどりのガーベラを咲かせるのもいいかもしれない。
いよいよ日が落ち辺りが暗くなりはじめたので、私達はつかの間の散歩を終えることにした。庭に出てきたのとは違う場所から屋敷に入ろうとして、見慣れない花を見つける。見慣れないけれど、どこかで見たことがあるような花だった。表の庭からは隠れるような位置にあるそれに目を止めるとティアは一瞬だけしまったと言うような顔をした。
「これは?」
「えっと…なすの花ですね。」
紫色の小さな花を指差すと、彼女が戸惑いながら答える。そう言われてやっと思い出す。観賞用の花ばかり思い返していたので出てこなかった。言われてみればナスの花だ。
「ということは、こっちがトマトで…へちまもあるのか。」
私がそういうとティアはばつが悪そうに身を縮こまらせた。こんな場所にこんな菜園は無かったはずだ。
「ティアが植えたの?」
「…はい。」
怒られるとおもっているのだろうか、目をそらす仕草が面白い。
「たくさん実るといいねぇ。」
私が極めてのんびりと言うとティアは驚いてこちらを見る。いつもはあまり表情を変えない彼女の変化を私は存分に楽しんだ。
「うまく育ったら私も食べさせてもらえるのかな?」
「え、えぇ。もちろんです。」
「では、楽しみにしておこう。」
私はそう言ってティアを室内に促そうとして、思わず見とれた。
ティアが笑っていた。
いつものどこかよそよそしい微笑みではない。嬉しさをおしげもなく溢れさせて笑っている。夢に見た彼女の笑みだった。出会ったあの日は、遠くから見つめるしかできなかったそれが、今私に向けられている。夕暮れに染まる彼女はさながら一枚の絵の様だ。背景がなすの花では少々締まらないけれど、私にはいくら払っても惜しくない最高の一枚だと思われた。
ティアが心を開くきっかけは色んなところにあったというお話しでした。
最近、更新遅くてごめんなさい。
なんとか頑張りますので、お付き合いよろしくお願いいたします。




