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「めでたし、めでたし。」じゃ終れないっ!  作者: 律子
第3章:物語は舞台を変える
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14.雨降って

ラファエル領は自然が豊かな土地だ。

ほぼ一年中雪の帽子を被る北の山脈、その裾にある湧水で出来た大きな泉、泉から流れる領地を縦断する川、西の隣国まで広がる大きな森。

王都の有る南東に向かうにつれて、比較的平らな土地が増え、豊かな農村や栄えた街が有ったりするが、侯爵家は領地でも北西に位置する。

というのも侯爵家は元々、国境の守護を任された辺境の伯爵家だったからだ。

国境にほど近い屋敷で、代々隣国とにらみ合いをしてきた家系なのだ。

爵位は先の戦争の功績により引き上げられた。

爵位の引き上げと一緒にもっと王都に近く肥沃な領地への変更も検討されたらしいが、アデルバートたっての希望で領地はそのままにされた。

「私にとってはここが故郷であり、守りたいと思う土地はここだけだ。」

領地中央よりやや南に有る比較的険しい山の中で、どうしても避けられず野宿をした夜。

そんな話をしてくれた彼の上には満天の星空が広がっていた。


今回の視察では私が同行していることも有り、穏やかな道程が選ばれていたが、当然山を越える事も森を抜ける事も有る。

あと2日で視察も終了という日の午後、私たちは次の町を目指して、ある山を越えていた。

比較的はっきりと山道が有る、以前野宿した山より小さい山だった。

この先にある小さな町が旅の最終目的地だ。

「アデルバート様、少し空が怪しくなってきました。先を急いだ方が良いかもしれません。」

護衛隊の隊長のデュークが、アデルバートの馬に自分の馬を並べると木々の隙間から空を指す。

「わかった。ティア、大丈夫か?」

「もちろんです。」

乗馬は一通りできると言っても、山道を馬で歩くのに慣れていない私に合わせてくれていたのだが、アデルバートの合図ですこしスピードが上がる。

「頑張ってね。」

私は馬の首を一撫ですると、周りと同じように速度を上げた。


山の山頂を超えて、少し下りはじめた頃。

何やら前方から慌ただしい気配がする。

首をかしげていると、

「狼の群れだ!」

と護衛の声が聞こえた。

デュークはアデルバートと私に3人の護衛をつけると、山頂まで戻るように言い、残りの護衛を連れて前線に走っていった。

もちろん、アグリも私達と共にいる。

「ティア、行こう。私から離れるな。」

少し厳しい顔つきになったアデルバートに促されて山頂に戻り始める私の頬に冷たい滴が落ちてきた。

「雨…。」

私のつぶやきにアデルバートの舌打ちが重なる。

アグリに促されて、私は馬の腹を蹴った。



山頂の少し開けた場所に着くと、雨除けのマントを被らされた。

雷のような空の鳴る音がするので、木の下で雨を避けることができない。

通常、視察団は途中で会った害獣の駆除や盗賊団の解体なども行うことがある。

だから、狼の群れに後れを取る様な護衛ではないとわかっていても、何が有るかわからないと不安な気持ちになる。

心なしか馬もピリピリと緊張しているようだ。

次第に強まる冷たい雨の中、どうか、誰もケガなどしないで…私にできるのは祈る事だけだった。

「ティア。」

「アデルバート様…。」

「大丈夫だよ。すぐ終わる。」

馬を隣に並べて、彼が微笑んでくれる。

雨はかなり水量を増していて、彼の微笑みも滲んでしまっている。

それでも、私も微笑んで見せた。


と、その時だった。


空気が引き裂かれたかのような激しい音を立てて雷が落ちた。


その音に驚いた私の馬が、急に走り始める。

「だめっ、止まりなさい。」

慌てて手綱を引こうとするが、雨で滑ってうまくいかない。

下り坂を駆け下りる振動に体が揺られ、落ちないように馬の首に抱きつくようにつかまるだけで精一杯だ。


「ティア!」

アデルバートの声が聞こえるが、反応する余裕はない。


私は草を踏み、小枝を折り、泥を跳ね走り回る馬にしがみつく。

頭が揺られて、怖いだの、死ぬかもだの、そんなことを考える余裕は無かった。


―アデルバート―


彼の名前だけしか浮かんでこなかった。


どのくらい翻弄されていたのか、長くも感じたし、短くも感じた。

すぐ側でアデルバートの声がしたと思ったら、体が一瞬ふわっと浮き、次の瞬間には彼の左腕の中にいた。

かなり無理な体制で私を抱き上げたらしく、アデルバートと私は抱き合う恰好のまま地面を転がった。

私の乗っていた馬も、アデルバートの乗っていた馬もそのままどこかに走り去ってしまう。


「ティア、無事か?」

馬の足音があっと言う間に聞こえなくなり、辺り一面を雨の音が埋め尽くす中、アデルバートがそっと問う。

「はい。…あなたも?」

「あぁ。」

そういうとゆっくり腕をほどいて起き上がる。

雨除けのマントだけでなく、中の服までドロドロだ。

「なんて無茶な…ケガしてないっ?」

目の前の泥だらけの人を見て思わず非難の声を上げた。

先程は置いてけぼりだった恐怖がじわじわとせりあがってくる。

「すまない。怖い思いをさせてしまった。」

申し訳なさそうな彼がほほを撫でるので、その手を取って首を振った。

「違う!あなたがっ!」

「…?」

「アデルが怪我でもしたら、どうするのよ…。」

彼の手を両手で握ったまま、私はそこにおでこをつけて顔を隠した。

雨が目に入る。…決して涙などではないはずだ。

「すまなかった。」

もう一方の手で肩を引き寄せられ背中を撫でられる。

笑ってしまうほどあっさりと、恐怖が消えていくのがわかる。

泥だらけの腕の中で、ほっと溜息をついた。

「君を助けなくてはと、無我夢中で。」

そういう彼の声がかさついているのに気が付いてハッと顔をあげる。

「私もティアに何かあったらと…気が気でなかったのだ。」

彼の目には涙は無いけれど、彼がとても切ない顔をしていたから、私はそっと抱き返した。


雨の降りしきる山の中、周囲には深い緑の木々が立っている。


内容は変わってませんが、少し表現等を変更しました。

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