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40:紫色の果実

文中に「妊娠中にする(食べる)と良い事(物)」についての記載がありますが、特に根拠等はありませんのでご了承下さい。

ティアは懐妊が分かってすぐに、クランドール伯爵と森の中の母にはすぐに手紙で伝えた。2方ともすぐに喜びの言葉と共に、温かくて軽い布団だとか、妊婦に食べさせると良い木の実や果物だとかを送ってきた。ティアはクランドール伯爵の手紙を気恥ずかしそうに読んで大事にしまいこんだ。その様子を見て母からの手紙も渡したくなったが、それは止めて置いた。母が森に篭る理由を妊婦のティアに話すのは憚られたからだ。母の手紙にも無事に生まれたら会いに行きたいと思うが、それまでは今までどおり自分の存在は隠しておけと書いてあった。出産が済めば多少の驚き戸惑いつつも、彼女はきっと笑って受け入れてくれる。しかし、妊婦の今は少しの憂いも感じさせたくなかった。母の送ってくれた果物は他の物に混じって食卓に上っている。

ティアは友人達にも知らせたかった様だが、この地方の古くからの慣習で6ヶ月を無事過ぎるまでは知らせてはいけないという決まりがあるとニーナに言われ、しぶしぶ納得していた。エレノアにくらい教えたって良いじゃない…としばらく口を尖らせていたが、慣習を守ろうとするニーナの頑なさは良く知っているのか、すぐに諦めた。しかし、ティアは友人と情報交換でもして、もう少し妊娠についての知識を知った方が良かったのではないかと思う。彼女はあまりにも自分の体調に無頓着だ。

つわりがあったころはまだましだった。食欲も無い代わりに、外をうろうろしたりする事もない。誰が言わなくてもゆったりとした部屋着でのんびりと過ごしていることが多かった。しかしつわりが治まるにつれて、次第に活動的になる。自分が身重だというのを忘れているのでは無いかと思うくらいだ。散歩ひとつとっても、彼女は以前とかわらぬ早足で、躓いたりしないかとひやひやする。それに部屋を出る時の格好もいけない。妊婦は冷やしてはいけないというのに、女性の服はなぜあんなに布の量が少ないのだろうか。体に張りつくシルエットはいつみても納得がいかない。あまりにも厚みがないからこれできちんと冷気を遮っているのかと不安になる。私やニーナがあれこれと気を付けてもティアはいつでも大丈夫と言って遠慮する。いつでも、大丈夫とか必要ないと返事するので、ティアの返事は基本的に無視することにした。無視してさらに勧めると彼女は申し訳なさそうに礼を言うので、案外本当に遠慮しているのかもしれない。


2週に一度のダニエルの定期健診では順調な様子が確認されているらしい。私は顔を合わす事は無いが、ダンテスやティアから逐一報告がある。

「適度な運動をするようにって言われたわ。」

夕食の席でティアがそう言った。もうつわりはほとんど無いと言っているけれど相変わらず彼女は食が細い。

「たとえば、どんな?」

「散歩とか階段の上り下りとかですって。あと体を伸ばしたりするのもいいらしいわ。やり方を教わったの。」

彼女の言葉を聞いて思わず眉をひそめる。階段の上り下りだなんて足でも滑らせたら大変だ。ダニエルは良い医者だが、妊娠出産に関してはあまり詳しくないのかもしれない。

「そうか。でもあまり無理しないで。階段の上り下りは止めときなさい。危ないからね。散歩もゆっくり疲れない程度にね。」

「それじゃ、運動にならないわ。」

「なるさ。君には赤ん坊の分常に負荷がかかってるんだ。」

「まだお腹ほとんど膨らんでないのに…。」

不満顔のティアを宥めて、デザートの紫色の果物をティアの口元に運んだ。すると彼女は苦笑してその実を食べた。彼女は機嫌を直したのか、すぐ後に階段で運動はしないと約束した。食べさせたのは妊婦に良いと言われてい果実でなので一石二鳥だなと私も眉間のシワを伸ばした。


夕食後、湯浴みを済ませて私室で残務処理をしているとニーナがやってきた。ティアが妊娠してから、ニーナが私に相談事を持ち込む事が増えた。女主人が不在だった時でも彼女は多くのことを自分で判断し、屋敷を仕切ってくれていたけれど、今はそうはいかないらしい。ティアの食事や生活に関することなど以前は細事として報告するまでも無かった事が、今や「跡取り」の健康やひいては生命に関わることになったのだ。

「ドクターから、散歩させないと難産になると言われてしまいました。」

「あぁ、ティアからも聞いた。どうなの?」

「はい。よくよく思い出してみれば、パトリシア様の時も勧められてお散歩されていました。」

「そうなのか。ちなみにニーナ自身はどうしてたんだ?」

「私の時は産む3日前まで働いていたので参考になりません。」

たくましい乳母の話に思わず目が点になった。そういう妊婦もいるんだろうか?兄嫁のティファニーや知り合いの奥方など、私の知っている妊婦はそれはもう家中から大事にされていた。

「そうか、まぁ、散歩して体に悪い事は無いだろうからね。ティアの体調を見ながら回数を少し増やせばいいよ。風邪なんか引かさないようにしっかりと暖かい格好をさせて。あと、万が一蹴躓いたりした時に助けられるよう、必ず誰か隣に付けること。それに天気の良い日を選んで…風があまり冷たかったり強かったりする日はダメだ。ゆっくりと慎重に移動すること。」

「承知しました。」

私の言葉を聞いてニーナはしっかりとうなずいた。心なしか表情が明るくなった。

「頼む。」

「勿体ないお言葉です。」

私達はしっかりとうなずきあった。



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