閑話:単独の捜索
今回はカナン視点です。
その知らせを聞いた時、私は思わず知らせを持ってきた仲間の胸倉をつかんでいました。
「やめなさい。」
静かな命令の声に従う理由はありませんが、私はしぶしぶ手を外します。胸倉をつかまれていた仲間は小さなセキをして、息を整えます。しかし、奥様を攫われるとは、なんという体たらくでしょう。私は侍女として顔が知れているから潜り込むのは別のものが良い…もっともらしい言葉に頷いた自分が悔やまれます。私の隣では普段は温厚そうなラファエル家の執事が報告の続きを聞きながら静かに静かに怒っていました。それは私に向けられたものではなく、もちろん知らせを持ってきたものに向けられたものでもなく、まだ見ぬ敵へ向けられたものです。
「私は、単独で行動させてもらいます。」
執事に向かってそう告げると彼は一瞬眉を顰めた後に頷きます。この男が信用に足る人物であることは分かっています。彼の部下も同様です。ただし、足手まといは必要ありません。
部屋を出ようとした時に、仲間からウィンズレッド侯爵夫人かターラント伯爵夫人が関与している可能性が高い事を知らされて、衝撃が走ります。どちらも奥様と仲良くされていた方です。特にウィンズレッド侯爵夫人は後宮の中からのおつきあいで、奥様も心を許されているご友人です。私の調べでは特に不信な点などありませんでしたのに。いつから関係が変わってしまったのでしょうか…。いずれにせよ、今私がすべきは原因の究明ではなく、奥様救出です。私は情報に礼を言って部屋を出ました。
私はすぐに行動を開始しました。王都の捜索、王都から外へ出る者の確認は執事らが行なうでしょう。王都に付いて来ている者の数はそれほど多くはありませんが、公のルートは私兵が、裏のルートは陰者がと総出で当たればなんとかなるでしょう。人数が必要な事は彼らに任せておけばいいのです。私は、別の方向から奥様を探します。
まずは、今回の実行犯である陰者達がどこの者か調べます。公爵家に忍び込むと、中に残っていたラファエル家の陰者達と情報交換をします。襲われた時の人数や得物の特徴、連携の習熟度など敵を特定するヒントはたくさんあります。それで目星を着けた3つの陰者のグループに接触を図りました。
別行動を開始してから2日後、カランと乾いた音を立ててうらぶれた飲み屋に入ります。思いの他実行犯グループの特定に時間がかかりました。目星をつけていた3つのグループが空振りだった所為です。3つのグループの関与が無いと結論付けた時、私の頭にもう一つのグループが浮かびました。同郷の隠者達が集うこのグループを無意識に対象から外していたのは、私の甘さでしかありません。カウンターしか無い店は、いつもがらんとしていて静かです。普段は愛想の無い店主が、ぶっきらぼうな接客をしています。
「ひさしぶりだな。」
開店前の店に入ると、店主がそういいます。もし客が居たなら店主の挨拶に驚いたかもしれません。ここの店主はいつも、必要最低限の会話もしないのですから。私はそれに頷きを返します。彼はこちらを見ずにコップを拭いていましたが、私の行動など手に取るように分かっているでしょう。
「情報を貰いたい。」
私の言葉に店主がはじめてこちらを向きました。
「なんだ、やけに焦っているな。」
「主の奥方が拐かされた。陰者が絡んでいる。」
「おいおい、もしそれに俺達が絡んでいたとして、仕事について部外者に教えられるわけが無いだろう。」
「別に依頼主まで教えろという訳では無い。」
「それでも、だ。この仕事は信用が第一だ。そして第二は完璧な結果を出す事。お前が関わると仕事に差し障る。」
「…心当たりがあるんだな。」
私は店主の表情から小さな焦りを読み取ってそう尋ねました。店主は一瞬息をつめると私から視線を外して、入ってきた時の様に木のコップを拭き始めました。
「金は払う。情報を。」
「まだ準備中だ。出て行ってくれ。」
急に無愛想な店主に戻ってそう言った男に一瞬殺意が芽生えます。
「…殺気を飛ばすな、息苦しい。」
「あぁ、つい。金が要らないなら、女でどうだ?房中術には定評がある。」
「ガキに興味は無い。」
「誰も、私が相手するとは言っていないんだが…?」
「…。」
黙りこくった店主に、あと一歩だと確信します。
「まぁいい。この店が絡んでいるなら、『シャムねこ』辺りに聞けば何か分かる。」
「お前、ぼったくられるぞ…。」
「奥方が無事に戻るならかまわない。なに、いくらあいつでも3日程で満足するだろう。」
私は店主に背を向けて、出口を目指します。私の背後では店主が唇を噛んでいることでしょう。カランと入ってきたときと同じようにドアを開けると後ろから大きな手が伸びて、そのドアを乱暴に閉めます。ドアに付けられた小さな鐘はガシャリと大きな音を立て落ちました。腕の中に閉じ込められて私は頬が緩みそうになるのを必死で抑えます。
「今日はコウセイが仕事でいないんだ。泊まっていけよ。」
「そうか。コウセイはどこで仕事?」
「・・・・・・東の森。」
「そう。残念だけど、夜は忙しい。」
「そうか。また来いよ。」
私は身をよじって店主に顔を向けます。店主は憮然とした表情をしていますが、そこに怒りはありません。私はチュッと音を立てて頬に口付けを落とします。
「出来るだけ早く来る。」
「あぁ。」
頷いて腕を解いた店主に微笑みかけてから、店を出ようとしてもう一度振り返ります。
「ひとつ。」
「何だ?」
「依頼はもう少し慎重に選べ。少なくとも対象は選べ。今回たまたま私が居なかったが、その場に居合わせたらいくら同郷と言えどもただでは済まない。」
「今回はキヨウが勝手に依頼を受けたんだ。チームの名で受けられては放棄できない。しかし、さも、カナンが勝つような言い方だな。」
「お互い手の内知っている分、泥沼化するだろうし、力が拮抗していれば手加減は難しい。」
「言ってろ。」
「じゃあ。」
今度こそ外へ出る。東の空には夕闇が迫っています。
「女神の樹海とは厄介ですね。」
私は長く伸びた影に紛れて走り出しました。
カナンの本性が見えました。
R15でいいのでしょうか?
会話がきわどい・・・。
店主との関係はご想像にお任せします。




