第060話 『魔法』⑤
だが愚かかもしれないが、ネモネは自分よりも弱者である新人一党を助けようと行動した。
実績に基づく警告を無視されてもなおだ。
それが監督官としての責任感からなのか、生来ネモネが持っているお人好しからなのか、シロウにとってそこはわりとどうでもいい。
その結果、シロウたちはネモネを助けるために即座に行動し、結果としてついでとはいえ新人一党も助けられることとなった。
もちろんネモネは、シロウたちが『野晒案山子』を自称する冒険者擬きであることも、その実力が『漆黒仮面舞踏団』のフリをしても疑われないほどのものであることも知りはしない。
知らぬままに行動を起こし、この結果を導いたのだ。
少なくともシロウにとって、ネモネが動いていなければこの結果になっていないという確信がある。
そして命のかかった状況において、結果こそがすべてだというのがシロウの考え方だ。
愚かであろうが狡猾であろうが、善意であろうが悪意であろうが、今のこの結果を導いたのは最初のネモネの行動なのだ。
もしもネモネが老練な冒険者として極まっとうな、正しく無慈悲な判断――バカな行動を取った新人一党を自業自得として見捨てる――をしていたらどうなっていたか。
今頃シロウたちはノーグ村でいつものように迷宮攻略で疲労した躰の回復をはかり、ネモネは監督官としての責任を正しく果たすために迷宮都市への帰還の途についていただろう。
それは正しいのかもしれない。
老練を気取る冒険者であれば、それこそが唯一無二の答えであり、それ以外は甘えだと断じてみせるだろう。
だがその正しさが導く結果は、玩具にされて殺される二人の男性冒険者と、嬲り尽くされた上で苗床にされる三人の女性冒険者だ。
確かに自業自得と言ってしまえばそれまでではある。
その上もしもシロウたちがいなければ、その悲劇に上乗せしてネモネ・ハーヴィンという貴重な有力冒険者も犠牲者の列に並ぶだけだったのも事実だ。
普通はそうだからこそ、正しい行動こそが是とされる。
だが現実ではシロウたちが動き、考え得る限り最小の被害で事を収めることができたといっていいだろう。
男性冒険者二人に間違いなく刻まれたであろう心的外傷についてまでは知らん。
さすがにそこは冒険者たるもの、自力で何とかしてもらいたい所存である。
思えばそういうネモネの甘さに、冒険者としての実力が伴っていたからこそシロウやシェリルが育った孤児院は救われたのだ。
だったらそのネモネの甘さ――優しさをフォローするくらいはお安い御用だとシロウなどは思ってしまうのだ。
カインからは甘いだの温いだの散々な言われようをする考え方なのだが、シロウは今のところ自分のそんな考え方を変える気はないようだ。
そして口ではどういっても、カインもシロウのその在り方をよしとしている。
たださすがにネモネがここまでお人好しとなると、シロウやカインが介入する余地もないところでえらいことになる可能性が高すぎるので、何らかの手を打たねばなりませんね、というのがカインの正直なところである。
一方それどころではないのが、今のネモネだ。
生まれてから27年間の女としての人生の中で、間違いなく今の自分が最も赤面しているという自覚がある。
馬鹿なことをした自覚はある。
狡くも縋った羞恥も。
なによりもたった今、自分が女として生まれて来たことを後悔することになる悲劇から救われたのだということも理解できている。
その上で、あろうことか褒められたのだ。
愚かかもしれないが、貴女の善意があったから最悪の結末は回避できたのだと。
ネモネは別に褒められ慣れていないわけではない。
というよりも古兵の冒険者として、しょっちゅう褒められているといった方が正しい。
ただしそれは冒険者としての功績に対してであり、ヒトの域を凌駕した戦闘能力を以て成した実績を強者として讃えられているという、至極当然のものに過ぎない。
称賛されるネモネも、称賛する冒険者ギルドや市井の者たちも、利益という共有価値で結ばれ、互いに納得できている。
だがたった今、ネモネが褒められたのはそれらの日常的に繰り返されているものとは、その本質を全く異にしている。
結果はもちろんのこと、それを成そうとした意思を、善意を――厳しい現実の日々においては甘いと切って捨てられて当然の、ネモネの優しさをこそ褒められたのだ。
まるで「いいこと」をしようとした子供に対して、理屈ではなくその想いを全面的に肯定してくれる親のように。
ネモネをそんな風に扱う者などいはしない。
迷宮に潜り魔物を倒し、そこからあらゆる利益を持ち帰る冒険者であるネモネは、男だとか女だとかいう以前に圧倒的な強き者として扱われる。
同じ冒険者仲間からでさえ、12年の歴戦を誇るネモネは頼りになる仲間、先輩として扱われることがほとんどで、一人の女性としてみられることなど今ではとんと絶えて久しい。
それが女性どころか、まるでいいことをしようとして失敗してしまった子供のように扱われたのだ。
そしてそう扱ったのは嘘偽りなくネモネの力を子ども扱いできるほど強く、その力を以て窮地から救ってくれた大げさではな命の恩人と来ている。
さすがのネモネも、一人の女の子として赤面もしようというものなのである。




