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第059話 『魔法』④

 治癒(リカバリー)


 治療(ヒール)の上位魔法であり、使用する魔力量に応じて四肢欠損すら元通りにできるという、回復魔法としての最上位階梯。

 ちなみに死すら克服する蘇生魔法は回復魔法とはその系統を異にしており、フィアの『白の魔導書』ではその系統を使用することは不可能である。


 治癒(リカバリー)の効果は劇的であり、受けた傷が深ければ深いほどちょっとした恐怖モノ(ホラー)めいた光景を現出せしめることになる。


 剥がされた爪が生え、折れた骨が異音と共に元通りの組み合わせに戻ってゆく。

 砕き、引っこ抜かれた歯が一度すべて抜け落ち、新しいものが生え揃う。

 引きちぎられた耳が桃色の肉から再生され、切り裂かれた皮膚が傷一つない状態となってゆく。

 完全に破壊されていた眼球が大量の涙の分泌と共に眼窩に再生され、切断された視神経を再接続させてゆく。


 それがほんの十数秒間という短時間で一気に進む様は、『魔法』が無から生命を生み出すことすらできるのではないかと見た者に思わせるほど異質なものだ。


 感情が麻痺していてもおかしくないネモネや救われた三人の女性冒険者が、思わずペタンとその場に座り込んでしまう。

それほど、魔法による奇跡の光景はヒトの領域を外れているのだ。


 ほんのついさっきまで死を待つことしかできなくなっていた二人の男性冒険者は、ただ全裸に剥かれただけの状態になって倒れ伏し、意識を失っている。

 治癒(リカバリー)による欠損再生に伴う激痛を無効化させるため、一時的に神経を麻痺させる副産物として意識は睡眠状態へ移行するからだ。


 このあたりは『野晒案山子(スケアクロウ)』結成直後、カインが右手を吹き飛ばされるという大惨事の際に一通り確認できている。

 四肢再生すら可能だと()()()()()カインが、それがどういうものかを仲間たち、とくにその魔法を行使する役であるフィアに理解させるために半ば以上わざとその状況となったのだ。

 もっとも「二度とやりたいとは思わないですね」との本人の言葉通り、それ以降慎重第一となった『野晒案山子(スケアクロウ)』が()()()治癒(リカバリー)』を必要とする状況に陥ることはなかったのだが。


 体力回復やちょっとした負傷に使用する『治療(ヒール)』とは違い、四肢欠損すら再生する『治癒(リカバリー)』はその本質からして異なる。

 本来ヒトの躰が持つ回復能力を魔力によって加速、増幅する『治療(ヒール)』に対して、魔力そのものを使って対象の躰を最良の状況に創り直すのが『治癒(リカバリー)』の本質だ。


 よって女性陣などは定期的に髪や肌のお手入れ(メンテナンス)のために使用したりしているし、男性陣でも傷だらけとなった躰に対して一定期間ごとに使用する。

 ほぼ毎日『水の都トゥー・リア』攻略に明け暮れているフィアやシェリルの髪や肌が、深窓の令嬢も裸足で逃げ出すほどに艶やすべらかさを保っているのは、そういうカラクリである。


 『治癒(リカバリー)』一つを取ってみても、『魔法』とは現代の常識を根幹からひっくり返すには充分なシロモノであり、使い方さえ間違わなければ便利な道具ともなる。

 自らの健康を維持することや、より美しくなることに金を惜しまない貴顕との人脈を築き上げる際には、絶対的な武力よりも有用とさえいえるだろう。


 事実、カインはそれ()うまく使いこなしている。

 

「これが……魔法……」


 初めて魔法を目の当たりにした者はみな、今のネモネのようになる。

 知識でしか知らなかった『魔法』という御伽噺と、目の前で実際に繰り広げられた奇跡。


 現実を受け入れるために、その二つが無理なく紐づけられるのだ。


 腰が抜けたまま立てなくなっているネモネのところへ、空中へ浮いていた『№0(シロウ)』――『漆黒仮面舞踏団(バル・マスケ)』の党員(メンバー)たちは当たり前のようにしているが、空中浮遊(これ)だって相当にとんでもない奇跡ではある――がするすると移動してくる。


「っ……」


 さすがにネモネも「魔法を見られたからには死んでもらうしかない」などと言われると思っているわけではないが、我知らず腰を引きずるようにして距離を取ろうとしてしまう。


 理解できない力をさも当然のようにして行使する存在は、理屈ではなく怖いのだ。

 それが自分たちを助けてくれた存在なのだと、頭では充分に分かってはいても。


「貴女が行動したから、この結果になった」


 だからへたり込む自分の正面で膝をついた姿勢になり、優し気に響いた『№0(シロウ)』のその声がなにを言っているのか、とっさには理解できない。

 数瞬の沈黙を経て脳がその声を言葉として理解できた時には、怒られているのかと一瞬体が硬直してしまった。


 だが違う。


 聞こえよがしについた溜息とその身に纏う雰囲気から、『№ⅩⅢ(カイン)』は最初にネモネが想像した感情に近いのであろうが、それでもやれやれといった程度の軽いものでしかない。


 『№0(シロウ)』に至っては、ネモネの愚かでしかない行動をどこか称賛しているようですらある。


 事実、シロウはネモネの今回の行動をすべて否定しているわけではない。

 ネモネではない、シロウの知らないどこかの冒険者がやらかしたのであれば「いい人だね、馬鹿だけど」で済ませてしまっていたではあろうが。


 ネモネはただの冒険者ではない。


 それは長い経験を持つ古兵(ベテラン)という意味ではなく、シロウたち『野晒案山子(スケアクロウ)』と強い関りを持っているという点においてだ。


 シロウは――『野晒案山子(スケアクロウ)』は正義の味方でもなければ慈善団体でもない。


 いくらそれを知り得る位置にいたからと言って、新人(ルーキー)とはいえ冒険者と認められている者がとった行動がどういう結果になったとしても、自ら進んで関与しようとは思わない。

 ノーグ村の人たちが被害にあった、攫われたというのであればまた話は別だが。


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