第058話 『魔法』③
「お願いします『№0』」
『承知』
『№ⅩⅢ』がいつもどおりの口調に戻って、『№0』にこの場の処理を任せる。
言うまでもなく『№ⅩⅢ』が指を三本立てていたのは、間違いなくこの場に到着して不可視のまま最適な場所に陣取っているであろう『№0』に、ヴァンと共に自分たちが始末した小鬼の数を伝えるためである。
19-3=16
『№0』の目とそれに連動した魔法は、この場に存在する16体の小鬼どもすべてをすでに捉えている。
つまりこの場にいる小鬼どもがその残存総数であり、もしも新人一党の総数が5人ではなくそれ以上であったとしても、この場以外で害される可能性はないということだ。
ただしそれは、ここで小鬼たちを一網打尽にすることさえできればだが。
余人ならいざ知らず、その程度のことは『№0』にとって児戯ですらない。
小鬼どもがその気になれば、即座に人質たちの頸動脈を掻き切れる状態。そこからでも、それをさせる時間すら与えずに一方的に制圧するなどという絵空事。
それを奇跡と呼ぶのであれば、その奇跡を成立させてしまうものこそ『魔法』という、今では失われてしまっているはずの力なのだ。
『多重目標補足完了。累追尾閃光起動』
なにもない虚空から響く『№0』の声。
その次の瞬間、その声の発生点を中心に眩い光が16個生まれ、不可避の光速で指定された敵――小鬼どもに着弾する。
多重目標補足。
攻撃増加・補助系の魔法であり、累派生が可能な攻撃魔法を『黒の魔導書』が保有する魔力上限まで同時発動させることが可能になるもの。
ただしそれは術者が己の視界にその対象を捉える必要があるため、これあるを想定してシロウは初手で『浮遊』と『不可視化』を使用して備えたのだ。
幸い今回は障害物などはなかったが、人質を可能な限り発見時の状態で助けるためには、魔法による敵全数同時の無力化が必須なのは言うまでもない。
だからこそ死角を可能な限り消去できる『浮遊』をつかい、その位置取りを気付かれないように『不可視化』を使用した。
因みに『黒の魔導書』も『白の魔導書』も、各魔法の使用上限はそれぞれに設定されているわけではなく、魔導武装として保有している魔力総量に従う。
便利な魔法を何度も起動させることも、魔力残量が許す限りは可能なのだ。
閃光。
累系――攻撃系魔法を多重起動できる要素――の攻撃魔法であり、その殺傷能力よりも攻撃速度が最大の特徴である。
中でも追尾能力が付与された上位魔法である『追尾閃光』は、目標補足した敵以外を一切傷つけることなく一瞬で着弾する。
多重目標補足から追尾閃光に繋げるのは、今回のような場合に使用するには最も適した光系の魔法連携といえるだろう。
事実、一瞬で放たれた16の光が去った後の空中に、攻撃魔法を使用したことによって『不可視化』が解かれた『№0』の姿が現れた時点で、生きている小鬼は一体もいない。
すべて閃光の一撃に貫かれて、人質を道連れにすることすらできずに絶命している。
どの個体も間違いなく、自分が今殺されたことにも気付かぬままに逝っただろう。
相手がヒトであれば己のやったことに相応の報いを得てから死ぬべきだというのが『№ⅩⅢ』本来の考え方だが、小鬼どもであれば必要に応じて排除できればそれでいい。
わざわざ蘇生してまで報いをくれてやろうとは思わない。
それに他の冒険者たちならいざ知らず、シロウ率いる『野晒案山子』にとって現状はまだ取り返しがつく段階でもある。
最初にカインが言った「最悪の事態は回避されている」というのはそのままの意味であり、ネモネの解釈とはまるで異なったものなのだ。
「え? ええぇ!?」
ほんのつい先刻までこの場を、ネモネと人質の女性冒険者三人を支配していた絶望は、文字通りたった一撃で跡形もなく消し飛ばされている。
素っ頓狂な声を上げることができたのはネモネだけで、救われた三人の女性冒険者は呆然としたまま声もない。
だが間違いなくその四人は、望む限り最高の状態で完全に救われたのだ。
さすがに取り返しがつかないのは壊しつくされ、それでもまだ死ねていない二人の男性冒険者か?
いやその覆水すらも、あっさりと盆に還してみせるのが『魔法』という奇跡だ。
「累治癒、起動」
『№Ⅹ』に呼ばれてきた『№Ⅴ』の声が、回復系魔法の起動を宣言する。
対象の側にまでいかなくとも、この空間の入り口となっている高い位置からの発動で充分その効果範囲に含まれている。
それと同時、死を待つだけとなっていたはずの二人の男性冒険者が魔力の光に覆われた。




