第057話 『魔法』②
だからネモネは救われる。
だが人質となっている女性冒険者三人と、壊しつくされた男性冒険者二人は見捨てるしかない。
どちらにせよ勝てもしなければ逃げられもしないネモネであればこそ、ありもしない万が一、奇跡に縋って時間稼ぎをするという選択を選ぶしかなかったのだ。
勝てる強者にとって、弱者のために己を犠牲にする選択肢などありえない。
それを酷いと言い放てる者など、少なくとも冒険者である以上いるはずもない。
弱いことを盾に、強者に当然のこととして犠牲と庇護を要求する。
それは戦場では成立などしない。
余計なことを全て削ぎ落として、己の力のみがすべてを決定するシンプルな場が戦場というものなのだとすれば、そこで通用しない理屈はやはりどこか歪なものなのかもしれない。
歪めた理を理想と呼ぶのであれば、それを実現するには圧倒的な力が必要となるだろう。
それこそ自然の摂理を覆し得るほどの。
だが『№ⅩⅢ』がどれだけ凄まじい戦闘能力を有しているとしても、一瞬で二桁の小鬼どもすべてを無力化することなどさすがに不可能だ。
その間に無駄であろうとなかろうと、小鬼たちが人質を人質らしく扱うことはまず間違いない。
たとえ死を免れたとしても、無事で済む可能性はほぼゼロ。
『№ⅩⅢ』ほどの力を以てしても、理想の体現にはまだまだ足りないということだ。
それでもなんとかならないか。
自分でそれを成せない者が、自分より力ある者に縋った身勝手な言葉。
ネモネは『№ⅩⅢ』に問い返された瞬間に、自分の卑怯さに気付いている。
本能的に、今のこの場が自分よりも圧倒的な強者でも救えない状況であることの言質を取ろうとした。
だから自分程度に成す術がなかったとしても、仕方がない。
要は自分だけが助かることに対する、言い訳を欲したのだ。
それでも人質となっている女性冒険者三人の目に浮かんでいるのは安堵の表情。
最悪でも即死、上手くすれば深手を負う程度で済むかもしれないのだ。
つい先刻まで確定していた女として最悪の未来や、今目の前で取り返しがつかないことになっている男性冒険者二人よりもはるかにましな終わりを迎えることができるとなれば、一瞬安堵してしまうのは止めようがない。
だがひとたび「助かるかもしれない」という希望を持った心は麻痺状態から機能回復し、それはより一層の恐怖を喚起する。
希望を与えられてからの絶望の方が、より辛いことを知っているが故に。
一方ネモネにとって、『№ⅩⅢ』の言った「最悪の事態は回避されている」という言葉は、自分という二次被害が発生する前に間に合ったという意味にしか取れない。
この期に及んで甘っちょろいことしか問えない自分に怒声を浴びせないというだけでも、相手の度量を認めるべき状況なのだ。
だが。
「連携や救援を前提としない時間稼ぎは悪手だが……そうでなければ有効な手ともいえる」
ネモネが俯いていた己の顔を思わず跳ね上げるほど、意外な言葉を『№ⅩⅢ』が口にした。
それだけではなく漆黒の長外套を払い、両手を上げて見事な剣を投げ捨てて見せる。
それは投降の表明としか取れない行動。
それを見て能天気にげたげた嗤っている小鬼どもとは違い、ネモネには『№ⅩⅢ』がそうする理由が理解できない。
当然のことだが、『№ⅩⅢ』の表情には絶望もなければ苦悩もない。
今自分が取った行動が最善手であり、この場をもっとも冴えたやり方で納めるための一手なのだと確信している。
まさか先刻呼びに行ったらしい増援が、『№ⅩⅢ』による殲滅よりも安全にこの場を制圧することが可能だとでもいうのだろうか。
ネモネが望んだ、甘い夢物語のような理想を体現できるとでも。
――そんなこと、それこそ『魔法』でも使えなければ……
あっけにとられるという見本のような表情をしているネモネと、同じような表情を浮かべている人質の女性冒険者三人。
だから『№ⅩⅢ』が上げた右手の指を、三本立てていることには気付けない。
だがネモネは思い出した。
『漆黒仮面舞踏団』は、『魔法』すら使いこなすのだという眉唾モノの、しかし冒険者であれば一笑に付すこともできない噂のことを。
そして『魔法』を使うのはさっき見たとおり剣士である『№ⅩⅢ』ではなく、たった二人で不落といわれた階層主を撃破したその片割れ――
『そのとおり』
ネモネと『№ⅩⅢ』、小鬼の群れと人質たち、そのちょうど中央くらいの何もない空間、それも天井付近から突然声が聞こえた。
落ち着いたその響きは、すでにこの場を制圧してしまっているかの如く響く。
それは『№ⅩⅢ』の言葉を、当然とばかりに肯定するもの。
噂に聞く、現代には存在しないはずの『魔法』を使いこなすといわれている英雄。
『漆黒仮面舞踏団』の党首と看做されている『№0』も、この場にいるのだ。
成長を経た聴力は、ヒトがいられるわけもない高い位置からその声が響いていることを確信させる。
だが同じく成長を経た結果、常人とは比べ物にならない視力を持つに至っているその目を凝らしても、その空間にはなにも見つけることができない。
ヒトよりも五感に優れる小鬼どもも動揺して天井付近に視線を走らせているが、結果はネモネと変わらない。




