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第054話 『死地』④

 だからこそカインは、シロウの理想の行きつく先を見てみたいと思っている。

 二人で『野晒案山子(スケアクロウ)』を立ち上げた、あの日の夜からもうずっと。


 そういう意味では今回の事態に一番慌てていたのは、実はカインだといえるだろう。


 シロウの預かり知らぬところで、どうしようもない不幸が発生していたのであればまだいい。

 シロウも馬鹿ではない、突出した力を自身が得たからと言って、各々の意思で生きている大切なものすべてを守れるなどと思いあがってなどいないからだ。


 そういう思考をしているのであれば、世界の平和だの、市井に生きる力なき多くの民のためだの、やたらと主語が大きくなって自己犠牲的英雄行動をとりたがるようになる。


 カインは誰よりもそのことを知っている。


 シロウには今のところ、そういった悪しき兆候は見られない。

 大事なものを護り、自分たちが楽しく生きていくためにこそ力を欲している。


 だが自身の手の届く範囲でコトが起こり、そのうえで守れなかった場合は要らぬ傷を負うことになる。

 今回の場合で言えば、ネモネを救えなかった場合がそれにあたるだろう。


 ――それはまだ早い。


 その可能性がなくなった時点で、カインにとっては今回の件は落着したようなものである。

 とはいえカインとて、無駄な惨劇を望んでいるわけではない。

 全員の救出が間に合うのであれば、それに越したことはないと考えているのもまた事実ではあるのだ。


 あっというまに坑道を駆け下り、案の定存在した最奥の広場、そこへ螺旋状に降りる入り口のようになっている場所にたどり着く。


 ――想定通りですね。


 一瞬たりとも遅れずについてきている隣に立つヴァンとともに、状況を正確に把握する。


 螺旋状の通路を降り切った見下ろす位置にネモネ。

 抜剣状態で、広場のほぼ中央に集まっている小鬼(ゴブリン)どもと対峙している。


 見る限り無傷で、まだ一度も小鬼(ゴブリン)との戦闘をしていない。

 カインとヴァンであれば一足で詰められる間合いの範囲にネモネを確保した時点で、最優先事項は完了している。


 ネモネは冒険者として、冷静かつ無謀だったのだろう。


 おそらくネモネは、新人一党(ルーキーたち)小鬼(ゴブリン)どもと戦闘に入る前には間に合わなかった。

 だがそれはおそらくほんの少しの差であり、新人一党(ルーキーたち)小鬼(ゴブリン)に倒され、それでも殺されずに巣穴に引きずり込まれるのを確認することはできていたと推測される。


 そして歩哨(みはり)が巣穴に引っ込んだのを見て、自分なら隙をついて助けられると踏んで侵入を決断したのだ。


 無謀ではある。

 だが一概に責めるのも酷だともいえるだろう。


 地上の魔物領域(テリトリー)湧出(ポップ)する魔物(モンスター)は、迷宮(ダンジョン)遺跡(レリクス)のそれよりも弱いとされている。

 ネモネにとって小鬼(ゴブリン)が初見の魔物(モンスター)であっても、その常識に捉われてしまうのはある程度仕方がない。

 小鬼(ゴブリン)はその見た目までもが罠のようなもので、醜悪で卑小、いかにも弱そうに見えることも大きい。


 また王立学院を卒業したばかりの新人(ルーキー)たちが後れを取ったからと言って、経験も成長(レベルアップ)回数もずっと上である自分もそうなるとは思えなかったのだろう。


 シロウたちのように事前に総数で19体もいることがわかっていればその限りではなかったのだろうが、ネモネが確認できたのはおそらく歩哨(みはり)の1、2体程度であったはずだ。


 それくらいであれば不意を打てば倒せると考えた。


 だが慎重に巣穴を進んだ結果、その最奥で複数の小鬼(ゴブリン)接敵(エンカウント)してしまっているのがまさに現状というやつだ。


 一番賢い選択は、数を確認できた瞬間にすっ飛んで逃げることだった。


 迷宮(ダンジョン)の最上層に湧出(ポップ)する最弱の魔物(モンスター)が相手であっても、単独(ソロ)でなんとかできるのはせいぜい3体まで。

それを越えれば数の力の前に、嬲り殺しにされるのは間違いないのだから。

 逃げたところで数体に追跡され、最終的には同じ結末に辿り着くとしても、それまでの時間で奇跡が起こらないとも言い切れない。


 もっともそんな賢明な選択をできるようであれば、新人一党(ルーキーたち)が監督官であるネモネの指示に従わずに行動した時点で自業自得、無事に戻ったとしても罰則(ペナルティ)を与える愚行として割り切れていたはずだ。


 自分の命を最優先するというのであれば、はじめからこんな場所に来てなどいない。

 それができなかったからこそ、ネモネは今この場所にいるのだ。


 だからこその先の絶叫である。

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